☆ 多聞寺にて(一月二日) ☆
【第一話 参拝】
――『初夢は 毘沙門堂の 六地蔵』
年が明けて二日目。
初詣で参拝者が集う正月の多聞寺は、普段の寂れた雰囲気とは違って活気に満ちていた。俺は列を成す群衆の中に紛れ、本殿参拝の順番を待っていたのだが、その途中で、右手に建っている毘沙門堂と、その横に六体並んだ地蔵を見て一句閃き、忘れないうちにスマホのメモ機能へと打ちこんでいた。
初夢で縁起が良いとされている代表的なものに「一富士二鷹三茄子」がある。しかし、これには続きがあり「四扇五煙草六座頭」と縁起物のアイテムが挙げられているのは知る人も多いであろう。
座頭は、剃髪した盲目の按摩師のことを指す。俺は視界に入った毘沙門堂と六体の地蔵を見て、ふと「六座頭」と「六地蔵」を掛け合わせて詠んでみたのだ。座頭も地蔵も「毛がない(怪我ない)」ってな……。
俺は俳句を趣味の一つとしていた。俳句ばかりでなく、短歌や川柳も手広く染めている。何かの対象物に集中して向き合い、見たままのものや存在していないものに妄想を膨らませて、十七文字から三十一文字までの句を捻り出すという言葉遊びは、時と場所を問わず楽しいものだ。文字数が短いので、上手く詠めた時に沸騰する瞬間的な自己満足感がクセになる。
――
願い事に欲を出して「あれもこれも」と述べるのは良くないとされている。
しかし、とりあえず思いついた事を気が済むまで言い切っておく方が、気持ちも晴れやかになるものではないだろうか。四十代半ばの男は、誰しもが欲深く、その方が美徳であると信じている世代だと、俺は勝手に解釈している。
「あれ? シンジか? 久しぶりだなー」
参拝を終えて本堂の脇から石段を降りようとしたところに、恰幅の良い見知らぬ男が俺を呼び止めた。えーっと、誰だったかな?
「忘れちまったか?
「あ、あぁ……そうだったけ?」
カゲトキ……エイジ……少しだけ思い出した気もする。小学校の頃、俺を「ノブハル」ではなく「シンジ」と呼ぶ男が一人いたっけな……しかし申し訳ないが、お前と遊んだ事は一切思い出せないよ。ついでに、俺がお前の事を「エイジ」って呼んでいたという記憶も無い。
「今度、飲みにでも行こうぜ! たまには昔話でもしようや」
影時と名乗る男は、そう言い残して石段を昇り本殿へと行ってしまった。去り際にポンと肩を叩かれたが……昔話ねぇ。まずは、あいつを思い出すのが先だわ。
この多聞寺は、俺のご先祖様が眠る菩提寺でもある。つまりは地元だ。八柱市は宮国県に属する島の中にある。島とは言っても三市に区分され人口も多い。島の形が船に似ている事から『宝船島』とも呼ばれていた。
俺は高校を卒業した後、この島を出てしばらく本土で暮らしていた。三十手前で当時の職場で知り合った女性と結婚してからも本土暮らしは続き、島に戻るのは年に二回もあれば良い方だった。一度も帰省しなかった年もある。今は色々とあって妻と離婚し、島に戻って他界した両親の実家を継ぎ独りで暮らしている。四十を過ぎた男やもめは、近所付き合いも上手くない。
そんなもんだから、俺が育んできた小学校や中学校の記憶は、地元を離れていた空白の年月によってバッサリと切り捨てられ、当時の同級生たちとの交流もすっかり疎遠となっていた。
とてもレアな事だが、さっきのように『元同級生』を名乗る者たちから声を掛けられる事もある。しかし、特に遠い目をして懐かしむような心躍る記憶やエピソードも無いし、仕事においても周りに自慢できるほどの職や地位に就いているわけではないので、いつの間にか俺は適当な返事をして、避けるように立ち去る事を心掛けるようになっていた。
改めて一人になった俺は、影時とやらの捨て台詞を忘れる事にして、軒を連ねる露店を横目に寺務所へと向かった。寺務所では、家から持参した昨年のお守りとお札を返納し、続けて今年の分を購入する。ついでに、寺務所の横で巫女さんが振る舞う甘酒もいただいた。
「うーん。あったまるねぇ」
雲一つなく澄み切った青空が広がる多聞寺。ときどき吹く冷たい北風が、じわじわと俺の体感温度を下げていくけれども、そんな寒さの中でいただく甘酒の一杯は、やさぐれた男の心に、ほのぼのとした幸せを感じさせてくれる――。
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