【第六話 カミングアウト】
俺は、とある情報系の企業に勤めている。この『クラリス』アプリを開発した会社でもあり、他のアプリの開発も順調に進んで業績は右肩上がり。来期は、提携企業と合同で新たな情報処理技術を盛り込んだ開発に取り組もうとしている。開発畑ではなく事務系の部署だが、一応管理職(課長ランク)だ。年功序列的なやつだが。
そういえば先月の話だったか、その開発プロジェクトの試作品ができたという情報が部内に入り、体験モニターを募集しているという話があったので名乗りを上げてみたのだが……残念ながら、俺は不合格だった。
職場の上司からは無理難題を課され、部下からは愚痴や不満を聞かされ、なんとなく今の立場に疲れを感じていた俺に、ちょっと刺激的な気分転換を与えてくれそうなモニター募集だったけど……まぁ、落ちてしまったものは仕方がない。それよりも今は、目の前でキョトンと可愛い顔を見せている祥子さんだ!
「七福神のご詠歌を教えてくれ」
御朱印に記されていた短歌に心当たりがあったので、俺は『クラリス』の検索機能を使って確認をしてみた。音声コマンドを受け取った『クラリス』は、しばし考えた後に「ピコーン!」という音を鳴らして検索結果を反映してくれる。
「うん。やっぱり、これはご詠歌ですね」
「ご詠歌……ですか?」
「この句の終わりに詠歌とあったので、もしやと思ったんですよ。もともとは、仏教の教えを五・七・五・七・七の和歌と成して、旋律に乗せて唱えるもので……それぞれ七福神の神様にもご詠歌があったりするんです。こんな感じで――」
俺は、スマホの画面を祥子さんに向けた。しかし、文字が小さくて見づらかったのだろう。祥子さんは、目を細めてジーっとスマホの画面に顔を寄せてくる。
「あぁ、すいません。肝心の部分だけ見せますね」
「すみません。もう私も老眼の歳でして……」
「そんなこと言わないで下さいよ。俺よりは若いでしょう。悪いのは、このスマホの文字の小ささですよ。俺だって読めやしない」
そう言って、俺は大げさにスマホの画面を自分の顔から一気に遠ざけたり近づけたりして顔を顰めた。祥子さんがクスっと笑っている合間に、俺はスマホのメモ機能を立ち上げ、必要な部分だけを打ちこんでからスワイプして文字を拡大し、横長に向きを変えて彼女に手渡す。俺が打ちこんだ文字は、毘沙門天をイメージした句を抜粋した部分だった。
――『魔を降す 猛き姿にひきかえて
「これが……ご詠歌ですか? 主人の記した句と似ていますね」
「そうですね。何を意図していたのかは謎ですが、毘沙門天のご詠歌をヒントに詠んでいるのは間違いないと思います」
「七福神のご詠歌という事は、この毘沙門天様以外の神様にも言い伝えられている句があるのでしょうか?」
「はい。他の六つの神様に対しても、それぞれのイメージを詠んだ句があります。たとえば――」
俺はスマホを手許に戻し、保留にしておいた七福神全てのご詠歌が載っているページに切り替えた。文字は小さくなってしまうが、言葉の中身ではなく他の六種類も存在している事を見てもらえれば良いので、気にせず祥子さんへ画面を向ける。
「こんな風に七種類あるんですけど……祥子さんの旦那さんが記した句は毘沙門天だけなんですよね?」
「まぁ、ほんと……他の神様にもあったのですね」
「どうして、旦那さんは毘沙門天の句だけをアレンジしたのでしょう?」
心当たりはないか……と、期待の念を込めて俺は祥子さんを見た。
「もしかしたら、私が毘沙門天様を愛しているからかもしれません」
「愛している?」
この人はヤバい人なのか? 和服の似合う美しさと淑やかさを持ち、たまに可愛い表情も見せて俺の心を奪う祥子さんは、毘沙門天を愛しているヤバい人……いや、ヘンな方向に想像するのは止めよう。俺だって、毘沙門天を崇拝している。そうだ、崇拝だ。彼女は「愛してる」と表現しているが、きっと俺と同じで崇拝しているだけなんだよ。同士だ! 同士!
「これが、その証です」
「……証?」
そう言うと、祥子さんは着物の左袖をまくり始めた。透き通るような白い腕が少しずつ露わになる。そこにはカラフルな彩りが施された像……って、毘沙門天?
「うぉっ! こ、これは……」
「毘沙門天様ですわ」
いや、それはわかりますって! 「ですわ」じゃなくってさ!
祥子さんの左腕……肘から下の部分だが、そこには立派な毘沙門天像が彫られていた。すぐに剥がせるタトゥーシールの類いではない、本物の刺青である。ヤバいやつじゃん! 何て言えばイイの?
「え、えっと……祥子さんって、そ……その道の人でございますでしょうか?」
「うふふ。違いますわよ。愛するが故の一心同体。これは、知り合いの専門の人にお願いして彫ってもらったのです。とても丁寧で繊細な仕上がりなので、感動のあまり術後の夜は痛みも忘れて眠る事もできませんでしたわ」
普通は痛みで眠れないんじゃないの? 知らんけど――。
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