【第七話 友と呼んでいいのかしらん?】

 注文した『毘沙門蕎麦セット』が運ばれてきた。なんて事のない、普通の盛り蕎麦にエビと舞茸天ぷらが付いたセットである。毘沙門天に因んだ何かが入っているのかと思っていたが、どの辺が毘沙門天なのだろうか?


「わぁ、見て下さい! 箸袋に毘沙門天様が! かわいぃぃぃ!」


 えぇぇ? そこ?

 箸袋を見れば、店名『さくら茶屋』の脇に、風の毘沙門天が小さくプリントされている。そういえば子供の頃から多聞寺には来てたけど、この店に入った事は一度もなかったな。家が近いから休憩や食事をする必要も無かったし……こんなみたいなものまであったとは知らなかった。


 祥子さんが言うように、こいつ確かに可愛いと言えば可愛い。祥子さんの笑顔も可愛い。でも、あの刺青はヤバい。


「どうぞ! 美味しそうですよ。召し上がって下さい」

「そうですね。では、お言葉に甘えまして……いただきます」


 祥子さんは、嬉々とした表情で蕎麦を食べ始めた。俺も続いて食べ始める。意識すまいと自分に言い聞かせてはいるのだが、一度あの刺青を見てしまうと、蕎麦猪口を持った祥子さんの左手の奥で、チラチラと見える彩りが気になってしょうがない。


「あの時、俺の事を毘沙門天だと言ったのは、その……祥子さん的には、俺が毘沙門天のような格好をしていたから……という事でしょうか?」

「はい。あの時の信治さんは、毘沙門天様の化身にしか見えませんでした。真言で宝棒を出した時なんてもう……何て言うか……私を好きにしてっていう……」

「ブハっ! ……ガハッ! ごふぅ」


 すすっていた蕎麦がヘンなところへ入ってしまった。このまま鼻から蕎麦が出てきたら、毘沙門天どころではない。ブハ門天だ。


「大丈夫ですか? ごめんなさい。私ったらつい……」

「がぁぁ、んぐっ! あぁぁ……あー、あー!」


 俺は水を流し込んで息を整えた。鼻から蕎麦は、なんとか回避できて助かった。


「あぁ、失礼しました。ただ、そう言われてもなぁ……自分じゃ見た目はわからないし。ただ、俺も毘沙門天は好きなんですよ。あの墓地にはウチの先祖が入ってましてね。子供の頃から参拝してた影響で毘沙門天と上杉謙信に憧れるようになって――」


 俺は、過去の生い立ちと映画の影響で、少なからず毘沙門天に憧れている事を告げた。そして、真言は憧れの成り行きで何かあるごとに唱えている事、何故か今回は宝棒と呼ばれる不思議な棒が現れた事、変な小鬼も初めて見た事なんかも、蕎麦を食べながらゆっくりと話してみた。


「そうなのですね。それと、信治さんが打ち据えたあの小鬼たちですけど……もしかしたら邪鬼と呼ばれるものだったのではないでしょうか」

「邪鬼?」

「えぇ。毘沙門天様が踏みつけている、あの鬼です」


 なるほど。俺は毘沙門天の像を思い浮かべた。

 天邪鬼とも呼ばれる、仏教の教えやそれを信じる人々に害をおよぼす鬼。それを毘沙門天が懲らしめ、成敗よろしく踏みつけている小気味の良い姿は、俺が今回の一件で経験した状況と似ているものがある。


 宝棒も邪鬼も毘沙門天に共通するものであるとするならば、俺の体に宿りし聖なる魂が共鳴し、その化身たる証を呼び醒まそうとしているものであったのではないだろうか……いかん、変な言い回しになってるぞ。


 それにしても、初対面の男女がする会話にしてはディープだよな。しかも、いい感じで盛り上がってるし……毘沙門天フリーク同士の出会いに運命を感じる。祥子さんに旦那さんがいなければ、もう言う事無しなんだけどなぁ。


 蕎麦を食べ終えた俺たちは、デザートの『お年玉ぜんざい』に手を付けている。やはり、祥子さんはスイーツ好きだと確信した。蕎麦を食べている時よりも、口に入れるペースが速い。しかもスゲー嬉しそうな顔してる。


 俺の視線に気付いた祥子さんは、スプーンに動きを止めて照れ笑いした。あんこが口元にちょっとだけ付いてるのを指摘しようと思ったが、その前に祥子さんの舌がペロリと拭き取って口の中へと吸い込まれていく。あぁ……あんこになりたい。


「すみません。甘いものに目がなくて……」

「いやいや、可愛らしいですよ。こちらこそ、見入ってしまって申し訳ない」


 可愛らしいという言葉に反応して、祥子さんの顔がほんのりと紅く染まっていく。全く……こっちまで顔が熱くなってきたじゃないか。


「あの……信治さんは、俳句や短歌に造詣が深いのですよね?」

「いやぁ、造詣と言うか趣味みたいなもんですよ。ただ好きってだけです」

「でも、ご詠歌の事もすぐにピンときてましたし、私は何も知らないから凄いなぁって……」


 祥子さんは、スイーツを愛でていた時のようなキラキラした目付きで、無言で俺を見つめている。何だ? 何と答えれば良いのだろう?


 返答に詰まっていた俺に痺れを切らしたのか、祥子さんは器とスプーンを置いて姿勢を正してから言葉を続けた。


「あの……良かったら、七福神めぐりの続きを一緒に行っていただけませんか?」

「え? 一緒にですか?」

「はい。実は、もう一つ見ていただきたいものがあるのです」


 見て欲しいもの? 背中にも刺青があるのです……とかだったらどうしよう――。



【第一章 毘沙門天様お願い☆――了】



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