第二章 大黒天にまかせろ☆

【幕間】

 白い壁で覆われた部屋に、おいらは白髭の老人と並んで立っている。老人は「寿ことぶきさん」と周りから呼ばれていた。苗字なのか、名前なのかはわからねぇ。ただのニックネームかもしれねぇな。まぁ、おいらにとっちゃ寿さんで十分だ。おいらと寿さんは、後ろ手を組んで壁に据え付けられた大きなモニターを眺めていた。


 モニターには、男女がテーブルを挟んで会話している光景が映っている。男はシンジ、女は詳しく知らねぇ。ちょっと前まで、おいらも多聞寺にいたんだが、用が済んだらさっさとオペセンへ戻ってきちまった。大した用じゃなかったが、一応おいらの任務はやり遂げて帰っている。あとはシンジのお人好しに賭けるしかない。


 オペセン? あぁ、オペレーション・センターってやつだ。今は何でも四文字に略すのが流行ってるみたいだからな。おいらは流行に敏感なんだ。


「ご苦労じゃったな。どうじゃ? 信じたと思うか?」

「どうでしょうね。まだ半信半疑ってとこじゃないですか。でも、刺青たぁ恐れいった! おいらにはできねぇ」


 する必要もねぇ……とは声に出して言わねぇが、まぁそれぞれにってもんがあるのはわかっている。あの女は同業者だと寿さんから知らされていた。おいらたち七福神チームとは別で動いてるらしいが……まっ、俺には俺の、あの女にはあの女の矜持があるってもんだ。


「今は、己が毘沙門天である事を自覚してもらう時期じゃ。無理に急いても事を仕損じるだけじゃからのぅ。半信半疑でも上出来じゃろう」

「そして……おいらの出番ってわけですか。シンジの疑いをさらに薄めて、より深く信じ込ませればいいんでしょう? 任せて下さいよ」


 おいらは組んでいた後ろ手を解いて、寿さんに向かって敬礼した。軍に入ってるというわけではない。ただなんとなく……お遊び的なやつだよ。寿さんも、おいらの態度には難色を示さない。かといって、ニヤリと笑うわけでもなく、寿さんは能面のような表情で言葉を続けた。


「で、どうやるんじゃ?」

「なぁに、自分にも頼もしい仲間がいるんだって思わせりゃあ、信じる気持ちも深まるでしょう。おいらたちは名コンビだったって事でも思い込んでもらいますよ」

「ふむ」

「そこで! なんですがね――」


 おいらはピッと右の人差し指を立てた。


「今日の鬼たち、もうちょっと倒し甲斐のある奴らに変えてもらう事はできませんかね? あれじゃあ、数を増やしたところで意味がないですよ」

「そうじゃな。あれは、わしらにとっても収穫じゃった。すぐに知らせて、新しい鬼を造る話までは出てきたんじゃが……いかんせん、時間が足りなくてのぅ」

「まぁ、おいらの出番は明日ですからね。確かに間に合わないか」


 シンジに立ちはだかった二体の邪鬼。とっかかりとしては、ちょうど良い弱さのレベルだったし、面白いデザインだった。あいつも、やる気満々だったしな。でも、アレばっかりじゃあダメだ。


「もっと体感的にリアリティが欲しいですね。できれば、シンジが挫折するぐらいの強さがあっても構わない」

「うむ。特に手応えの部分は、すぐになんとかせねばならんのぅ。そこは、わしと嬢が何とかしよう。数はどれくらい必要じゃ?」

「三……から四。で、十分でしょう。多過ぎたら逆に逃げちまうかもしれん」

「わかった。細かい事は、後で伝えよう。少し無理させるやもしれんが……」

「任せて下さいよ。アドリブは得意なんでね」


 おいらの懐から「メールですわヨォー!」という声が聞こえる。おいらが行きつけのメカフェで働いているラリータちゃんの声だ。通い詰めているご褒美で、彼女の声で言ってもらいたいフレーズを何種類か録音させてもらった。そこからスマホの受信設定で着ボイスとして利用している。全く、便利な世の中になったもんだぜ。


 メカフェ? メディアカフェの略だと思っているだろう? ちょっと違うんだ。おいらにとっちゃあ、メカフェはメイドカフェだ。ちなみに、ラリータちゃんはインド系のハーフ美女で、カフェでもナンバーワンのメイドなのだよ。数あるインドの女神の中でも特に美しいとされるパールヴァティーに似ている。


 パールヴァティーを知らないだと?

 それならそれでいい。ファンは増えない方が、おいらには都合がイイからな。


 おいらはメールを開いて、届いたメッセージを確認した。


「例のやつも、バレずに回収できたみたいですよ」

「そうか。それは何よりじゃ。では、早速アップデートさせようかの」


 寿さんは、ゆっくりと右手を上げてモニターに向かい手を振った。その振りに合わせて画面がスライドしていく。いくつかスライドさせると、パスワードを求める画面に変わった。


「おいらは部外者だけど、見ていていいのかい?」

「構わんよ。このプロジェクトが終われば用済みじゃ。それにワンタイムじゃ。同じパスワードでログインはできん」


 ワンタイムとかって……推定で八十は超えているだろう爺さんが、それを器用に扱っている姿ってどうよ。ま、科学者に年齢は関係ないのか。


「よし、これでよかろう。あとは、あの娘の腕にかかっているのじゃが……お主と違って、少し危なっかしい感じがするのぅ。ちと心配じゃ」

「なぁに、素人じゃないんですから。ちゃんとやってくれるでしょう」

「だと、いいがのぅ」


 寿さんがアップデートさせたハプティって呼ばれている小道具。おいらの最初の任務は、気付かれる事なくシンジにハプティを取り付ける事だった。昔馴染みを装って近づき、シンジの肩をポンっと叩けば……おっと、おしゃべりが過ぎたようだぜ。


 これ以上、オペセンに滞在している必要は無さそうだな。どれ、ちょっくら次の会場に行って設営のチェックでもしようか。おいらのメインステージだしな。一応、準備に漏れが無いか確認しておくのも大事だ。準八本二。これがのモットーってやつだ。


「じゃ、おいらは失礼しますよ。明日の段取りに変更があったら連絡下さい」

「うむ。頼んだぞ、よ」


 さぁて、面白くなってきやがった。

 あん? 準八本二? 『準備八割、本番二割』ってやつだ。別の言い方でもあっただろ。段取りがどうこうって……。


 まぁ、んなこたぁ、どうでもイイか――。



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