☆ 大国寺にて(一月三日) ☆

【第一話 合流】

 ――『海からの 初東風はつこちに乗る 希望船』


 海風の心地良い季節ではないが、大福海岸に吹く初東風は、浮かれた気分を程よく冷やして、俺を俳句の世界へと誘ってくれる。


 初東風は、新年になって初めて吹く東風を意味する季語。東風という響きには春の訪れを感じさせるものがあるが、実際のところはまだ冷たい風だ。東から波と共に寄せてくる風は、これから起こり得る色々な希望を乗せて、宝船島全体で催されている七福神巡りを大いに楽しませてくれるだろう。


 俺が今立っている大福海岸は、宝船島の北東部に位置する島の玄関口だ。本土との連絡船が行き来する港町でもあるが、現在は『キール(竜骨)ライン』と呼ばれる有料の連絡道路が開通し、気軽に本土へ行けるようになっている。この海岸を含めた大福市一帯は、宝船島の三市の中でも一番の人口と活気に溢れた場所であり、昨日知り合ったばかりの祥子さんが住むホームタウンでもあった。それにしても――。


――「七福神めぐりの続きを一緒に行っていただけませんか?」

――「もう一つ見ていただきたいものがあるのです」


 躊躇することなく二つ返事をしてしまったが、正月三が日も明けてないのに、祥子さんは旦那さんを放って、俺と七福神巡りに行くとか大丈夫なのだろうか?


 もう一つ見て欲しいものというのは、背中の刺青ではなかった。いや、そもそも背中に刺青というのは、俺の勝手な妄想の産物である。話によると小槌だとか……毘沙門天とは関係ないけれど、七福神で小槌と言えば、大黒天が浮かんでくる。


 大黒天の持つ『打出の小槌』は、振ることにより己の願った様々なものが出てくるというチートなアイテムだ。俺も若い頃は、手にしてみたいと思った事がある。正直に言えば、昨日の話で再び欲しいという気持ちが芽生えていた。

 この歳になったら、やっぱり富と名声だよな。いや、まてよ? 名声って目に見える物体ではないから、この手の願いは無理なのかな? まずは富だな。現金とか車とか豪邸とか。名声は金でなんとかなるだろう……うひひ――。



 ――ビュウウゥゥゥ!



 俺のよこしまな妄想を冷やかすかのように、海からの突風が吹き抜けた。

 いかんいかん、まだ実際に小槌を見たわけではないし、その小槌がチートなアイテムだと決まったわけではない。というか、現代社会で小槌を振れば願い通りというのはあり得ないだろう。とりあえずは、祥子さんと待ち合わせている場所まで行くとしよう。そろそろ会う約束の時間だ。


 俺はスマホを開いて、時間の確認と、さっき閃いた一句がちゃんとメモしてある事を再確認し、色々な期待を込めて大福海岸を後にした。


 今日はレンタカーで移動している。

 この宝船島は、自転車でも周る事ができる大きさの島だが、車で移動した方が便利なのは間違いない。七福神巡りも車を使えば移動時間の短縮になるので、一日で複数の場所へ行く事が可能だ。


 マイカーも持ってはいるが……アラフォーのが乗るマイカーには蛆がわいてるのだ。実際に蛆はわいていないと思うが、それくらい汚い。昨日の今日で、洗車と車内清掃をする余裕も無かった。と、言い訳にしか聞こえないだろうが……わかっている! わかっちゃいるけど、この歳になると何かと理由が欲しくなるのだ。


 大福海岸から車で五分程度のところに、待ち合わせ場所の大国寺だいこくじが建っている。近隣には、連絡船の行き交う港町らしく、ちょっとしたビジネスホテルや道の駅みたいなショッピングセンターが並んでいた。


 大国寺の敷地内には駐車場が無かったので、俺はショッピングセンターの大駐車場に車を停めて、歩いて待ち合わせの門柱まで向かった。祥子さんの真面目そうな性格からしたら、既に到着して俺を待っているかなとも思ったが、門柱の周りには誰もいない。


 待ち合わせ時刻から十五分ほどがたったものの、いっこうに祥子さんの現れる気配は無かった。女の支度は時間がかかるというのはよくある話だが、祥子さんもそのタイプだったのだろうか。それとも、時間を間違えたかな?


 俺はスマホを取り出し、昨日もらった祥子さんの番号へかけてみる。これで「お客様の――」とか言われたら洒落にならんな……あぁ、かかった。まずは一安心。



 ――トゥルルルルルル。トゥルルルルルル。



 コール音が鳴り続くが、祥子さんは出ない。

 どうしたんだろう? ここに来る途中で何かあったのだろうか。


 俺はコールを切らずに、スマホを耳に当てながら門柱を離れた。門の辺りを見回しても、祥子さんの姿は見えない。寺の中はどうかと振り返ってみれば、ちょうど視界の正面から祥子さんが俺の方に向かって走ってくる姿が見えた。


「あぁ! 信治さん、すみません!」

「やぁ、祥子さん。どうしたんですか? そんなに慌てて」


 俺はスマホの通話を切って、走り寄ってくる祥子さんを受け止めた。随分と息が上がっているが、変な奴にでも追いかけられたのだろうか。ならば、また俺が毘沙門天に変身して、ひとつ退治といこうじゃないか……って、鬼以外でも通用するのかな?


「お見せしようと持ってきた小槌が……はぁはぁ」

「小槌ですか?」

「昨日とは違う鬼が現れて……はぁはぁ……持ち去られてしまいました!」


 何だって? 小槌が盗まれた……だと? しかも、また鬼かよ――。



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