【第二話 麗しの君】

 祥子さんは、右手で俺の肩を支えにしながら息を整えている。やっぱり既に到着して、俺を待っていたのか。嬉しさ半分、申し訳ない気持ちが半分。鬼よ……お前らを見つけたら、瞬殺だよ、瞬殺!


 今日の祥子さんは、着物姿ではなくカジュアルな服装だった。黒のニットにプリーツのロングスカート。そこに、白いフード付きのダウンベストを羽織っている。足元も白いスニーカーで、爽やかなコーディネートだ。髪は後ろで一本にまとめてるだけだが、さらりとした柔らかい質感が俺のフェチ心をくすぐる。


 祥子さんの息も整ったところで、俺は確認の質問を投げた。


「盗まれたのは小槌だけ……ですか?」

「はい。中身は見えないよう布に包んで、紙袋に入れておいたのですが……あの小槌が目当てだったかのように持ち去られてしまいました」


 そういえば、手持ちのバッグは無事のようだ。スマホも財布も盗まれていない。小槌だけが目当てというのも謎めいているが……まぁ、鬼のやる事だからな。奴らには小槌が一番の金目のモノなのだろう。


「で、その鬼はどちらに?」

「突き飛ばされた瞬間に、手から離れたところを持ち去られてしまったので、最後まで行方を見届ける事ができなかったのですが……この門の外からやって来て、お寺の敷地内に走っていったのは間違いないと思います」

「ふむ。では、まだ寺の中に奴らはいるという事ですね。鬼の数は?」

「わかりません。少なくとも二人以上は……すみません」


 祥子さんを突き飛ばす鬼、小槌の入った袋を持ち去る鬼、そして想定外の時に対応する予備。少なくとも三体から四、五体で襲ってきたと解釈するのが妥当か。


 この前のように、楽々と退治できるかはわからないけれど、探して小槌を取り返してみる価値はある。なんと言っても、祥子さんが困っているのだ。ここは、毘沙門天の出番だろう。


「じゃあ、寺の捜索といきましょうか」

「はい! お願いします!」


 俺に向かって「頼もしいわ」という目つきをしている祥子さん。しかし、素直に喜べない俺がいる。どうして、旦那さんがいるにもかかわらず……まぁいい。今は鬼退治に集中しよう。


 この大国寺は、七福神巡りの大黒天スポットだ。

 寺の中に入ると、奥から「よいしょおっ! よいしょおっ!」と、皆で合わせた威勢のいい掛け声が聞こえてくる。この寺の名物『大黒餅つき』が、奥の特設会場で催されていた。杵を『打出の小槌』に例えて、幸せいっぱいのお餅を食べようというイベントである。俺も、何度かお餅を食べた事があるが、普通に食べるお餅と比べて柔らかく、よく伸びる。そして美味い。


「今年も活気がありますね。信治さんも、ここのお餅を食べた事がありますか?」

「えぇ、ありますよ。あの餅は、つきたてのせいか柔らかくて好きなんですよね。鬼退治が終わったら、食べにいきましょうよ」

「そうですね。私がしっかりしていれば、こんな事にならないで、すぐに食べれたのに……すみません、私がドジでノロマな亀で……」

「何を言ってるんですか。鬼なんかに襲われりゃあ、誰だって手放しますよ。俺の方こそ、もっと早く来てれば怖い思いをさせなかったのにって後悔しています」

「信治さんは、優しいですね」


 それは、祥子さんだからですよ……と、言いたいところだが、ここは我慢だ。口説くシーンは多くても、告白はしないのがトレンディな男の鉄則。言葉なんかなくても通じ合う――これがアラフォー世代の恋の駆け引きだ。古いだと? いいんだよ。祥子さんは、俺と歳が近い。子供を相手に肩を並べているわけではないのだ。


 俺たちは、イベント会場から離れた釈迦堂や石仏群の辺りから捜索を始めた。人混みに紛れている可能性は薄いだろうと、二人の意見も一致している。前回も人の気配が無い墓地の区域で鬼と戦っているしな。鬼だって、あまり人に見られたくはないんじゃないかと推測している。


「いませんねぇ。境内のどこかに隠れていると思うのですけど……」

「そうですね。お堂の中に逃げ込んだりしていたら、ちょっと困るなぁ。勝手に中を開けて入るわけにもいかないし」


 結局、初詣の参拝で賑わう本堂やイベント会場へも行ってみたが、鬼を見つける事はできなかった。既に裏門から逃げてしまったのだろうか? それもあり得る。


「少し休憩しましょうか。喉も渇いてきた事だし」

「そうですね。あそこでお神酒を振る舞ってますよ。信治さん、いかがです?」

「お神酒かぁ。水とかソフトドリンクじゃなくても大丈夫ですか?」

「私は構いませんよ。お水よりかは、お神酒の方が喉もキュっと引き締まって潤いを感じますし、それに体も温まりますわ」


 祥子さん……スイーツが好きなのに、呑兵衛のんべえでもありましたか。お酒に対する食いつき方も、なかなか玄人っぽいところがありますよ。きっと甘いものばかりでなく、辛いものも好物なのでしょうね。


 いや、答えなくてもわかりますよ。言葉なんかなくても通じてますから――。



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