【第三話 巫女の役目】

 俺と祥子さんは寺務所へと向かい、巫女さんの振る舞うお神酒の列に並んだ。お神酒をいただくまでには、少し時間がかかりそうだ。


「信治さん、そういえば、お寺なのに巫女さんがいるのは何故なんでしょう?」

「ん? んー……いい質問ですね」


 そういえば何故だろう? 巫女さんって神社のイメージだよな。

 本来なら何も頼らずにスラスラっと答えられれば好印象なのだが、残念ながら今の俺には知識が乏しい。巫女さんなんて、若い女の子のコスプレ的な目線でしか見ていないからね。こういう時はアレの出番だ。俺はスマホを取り出して『クラリス』アプリを開いた。


「ヤッホー、クラリス! どうして寺にも巫女さんがいるの?」


 しばらくすると「ピコーン!」という音が鳴り検索結果が画面に映し出される。


「…………」

「どうですか? 答えが出ました?」


 俺はスマホの画面をタップした。すると『クラリス』の導き出した答えが音声となって、スマホのスピーカーから検索結果が漏れだす。



 ――ソレハ、オモシロイ質問デスワ、ノブハル・オジサマ!



 以上だ。肝心の質問の答えが無い。


 ウチの会社が開発した『クラリス』アプリの強みは、豊富な音源を選べるところにある。数ある芸能プロダクションと太いパイプを持っている会社と提携し、所属するタレント陣の声を被せて検索結果を反映させる取り組みに力を入れているのだ。


 少ない声のバリエーションに無機質な語り口、おかしなイントネーションで反映される音声機能から脱却したい思いが少しずつ実り、今では協力してくれるアイドルや俳優、そして声優に至るまで、多くの選択肢を有するまでに成長している。


 俺が選択しているボイスは、子供の頃に見て初めて感動の涙を流した名作アニメの姫様だ。甘く透き通るような声で「オジサマ!」と呼ぶその声に、俺は主役の泥棒へ大いなる嫉妬心を抱いたものである……と、今はアプリの声が云々と鼻息を荒くしている状況ではないのだが――。


 この『クラリス』は、まだまだ成長段階だ。導き出して欲しい検索結果がスムーズに反映されないのが欠点。まぁ、これはよくある話で、同業他社も悩みどころとしている課題の一つでもある。音声選択機能が充実している強みを維持し、この欠点を修正すれば、他社との差を大きくつけられる。そのためには、検索結果に対するフィードバックが欠かせない。後でウチの開発部の連中に報告しておかなくては。


 俺は、改めて「寺、巫女」と区切って検索をかけ直した。


「うん。なるほど。どうやら今の時代は、寺に巫女さんがいても、おかしくないようですね。納得できるほどの理由はないですが、時代の流れと共に巫女さんの立ち位置も変化しているみたいです」

「はぁ……そうなんですね」

「最初は、神楽を舞う、祈祷を行う、占いや信託を他の人に伝える、といったことが役割でしたが、明治の頃になると神職を補佐するだけの存在になっています」

「補佐のイメージは今もありますね」

「そうですね。その補佐のイメージが寺院にも広がり、今ではどちらでも見る事ができるようです。お正月だから紅白の衣装を着ている……って感じでしょうか」


 簡単に言えば「諸説あります」という流れで片付けられる事ばかりだ。俺は豆知識のついでに、巫女さんは男女雇用機会均等法の適用外なので女性を指定しての募集が認められている事、二十代後半で定年を迎える例が多い事なども付け加えた。あながち「若い女の子のコスプレ的な目線」というのも、間違いではないかもしれない。


「ちなみに、男の場合は巫覡ふげきというみたいです」

「信治さんも、あの衣装着たら似合いそうですわね」

「えぇぇ……?」


 似合うのか? 俺でも本当に似合うのか? 祥子さんは、クスクスと笑うような仕草で俺を見ているが……あの衣装は若い女の子が着るから萌えるわけで……いや、祥子さんが着ても十分に色気がありますよ。でも、二十代後半で引退するのが通例のようだから残念だ。


「あ、次ですよ。おかわりとかできるかしら?」

「なんなら、俺の分もあげましょうか」

「ダメですよ。いただいたお神酒は、ご自分で飲まなきゃ」

「そういうものですか?」

「そういうものです」


 巫女さんからお神酒が手渡される。ここの器は多聞寺の杯タイプとは違ってお猪口タイプだ。高さがある分、お神酒の量が多聞寺より多い。喉の渇きも手伝ってか、俺はグイっとショットグラスをあおるように飲み干した。祥子さんを見れば、呑兵衛のイメージとはかけ離れた上品な所作で少しずつ飲んでいる。



 ――グワン!



 突然、俺の視界がボヤけ始めた。ヤバいな……酒と同時におかしな薬でも飲んでしまったかのような感覚。前にも似たような事があったぞ。また、頬や耳が熱くなってきた。下戸だった事を忘れていたわけではないが、一気に飲み干したのは失敗だったかもしれない。


「信治さん、大丈夫ですか?」

「え? あ、あぁ……はい。ちょっとキツイ酒だったみたいで」

「ふふふ……信治さんは、お酒が苦手のようですね」

「昔は、こんなんじゃなかったんですがねぇ」


 と、昔からこんなんだった事は隠すような強がりを言ってみる。俺は、飲み干したお猪口を巫女さんへ返した。あぁ、多聞寺の時と同じだ。目の前の巫女さんが横に膨張している。もしかしたら、祥子さんも……?


「あれ?」

「どうしました?」

「いや、細いなぁ……と」


 すっかり祥子さんも横長に太って見えてしまうのかと思っていたが、その姿はいつもの美しいスレンダーな体型だった。太って見えた巫女さんも再び見れば、何事もなかったような表情で次の参拝客にお神酒を振る舞っている。


「細いだなんて……嫌ですわ。年末年始は食べ過ぎたと気にしているのに」


 祥子さんは、両手で左右の頬を覆って首を横に振った。こういう姿も可愛い。年齢なんて関係ないんだよな。可愛いものは可愛いのだ。それでイイのだ――。



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