【第四話 メタモルフォーゼ】
乾いていた喉も潤ったところで、俺と祥子さんは鬼探しを再開した。
「もう一度、本堂の辺りを見てみましょうか。人混みの中に紛れてる可能性の方が高いのかもしれない」
「そうですね。せっかくなので、ついでに参拝もしませんか?」
「祥子さん、それは小槌を取り返してからの方が……」
「あら、いいじゃありませんか。信治さんは、真面目な人ね」
えぇぇ? 祥子さんこそ、もっと真面目に探しましょうよ。そんな「小槌なんてどうでもいい」ような顔しないでさぁ。もしかして、お神酒で酔った? そんなわけないとは思うけれども、たまに祥子さんと接してて調子狂う事があるんだよなぁ。こういうのを天真爛漫って言うのだろうか。
本堂の周りは参拝を並ぶ列と、その横で催されている『大黒餅つき』の参加者で溢れていた。ここから鬼を探し出すのは非常に厳しい。俺が多聞寺で見たような鈍くさい鬼とは違うようだし、鬼の姿を見ているのは祥子さんだけなので、俺が目を凝らして見回しても正解がわからない。背格好は前と違っても、鬼らしいイメージが出ていれば良いのだが――。
「あっ! 信治さん、いました!」
「えっ?」
「あれです! 本堂の右側に二人。小槌の入った紙袋も持っています」
「どれ……え? マジで?」
前に見た鬼とは全然違うじゃないか。大人の人間と同じような体型をしている。前回の三頭身キャラとは別物だった。しかも、俺より鍛えてる感がハンパない……というか、俺は鍛えてない。
褐色の肌をした細マッチョ系の体。上半身は何も着ていないので、腹筋や肩の筋肉の美しいラインが丸見えだった。鬼って奴は、寒いという概念が無いんだろうな。下半身は黒い道着のようなもので身軽さをアピールしている。腰の周りに注連縄のようなものを巻いていた。あのデザインでベルトだったら、ちょっとカッコいい。俺も欲しいかも。
頭部に鬼とわかるような角が一本生えていて、二本の長い犬歯が人外である事を証明していた。二体とも双子のように全く同じ姿で、右に立っている奴が小槌入りの紙袋を小脇に抱えている。双子の鬼は、祥子さんが気付く前から俺たちを見ていたかのように、こちらを凝視していた。
「行きましょう!」
「うわっ! ちょ、まっ……」
祥子さんは、見つけた鬼を捕まえようと、俺よりも早く反応してダッシュで本堂へと向かって行く。あの姿を見て躊躇もせずに向かって行くとは……ちょっとビビってしまった自分が情けない。俺も慌てて祥子さんの後を追いかけた。
双子の鬼は、俺たちの行動に合わせるかのように、踵を返して本堂の裏手へと逃げた。随分と余裕のある動きに見えたが……きっと誘いだろう。逃げようと思えば、俺たちに見つかる事も無く悠々と逃げられたはずだ。人気の無い裏手で、俺たちを始末するつもりなのだろうか。思っていた以上に手強そうな相手だが、やるしかない。
「オン……ベイ……シラ……マンダヤソ……ワカ」
俺は、走りながら毘沙門天の真言を唱えた。
頼む! あの時のように、俺の中で変化が起きてくれ!
本堂の横で、俺は祥子さんを追い抜いた。運動不足とはいえ、さすがに女性よりかは速く走れる。双子の鬼は、まだ俺の視界から消えていない。それどころか、スピードを緩め振り返ってやがる。やっぱり逃げる気は無さそうだ。
宝棒は現れない。これと言って、俺の体が軽くなったとか特別な変化も感じない。
ダメなのか? 祥子さん、俺は毘沙門天になってませんか?
鬼との距離が近くなってきた。奴らは既に走るのを止めて俺を待っている。
くそっ! 最悪の場合は丸腰でやるしかないか。勝てる気しないけど。
「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ!」
俺は立ち止まり、もう一度ダメもとで真言を唱えてみた……今度はゆっくりと正確に。もちろん、陰陽師っぽい変身ポーズも忘れずに――。
――ブオォォン!
キタ! キタコレ!
宝棒ちゃん、イラッシャイマセー! 何本ですか? 一本! イエーイ!
パシっと宝棒を手にした俺は、前よりも三倍ほど多めにグルグルと振り回し、地面をボコリと叩いてから中段に構えた。そのまま「お前はもう……」とか決め台詞でも放ってみたかったが、まだ祥子さんが追い付いてきてなかったので飲み込んでおく。聞いて欲しい人がいなけりゃ意味がない。
「信治さ……毘沙門天様!」
「さぁ、始めようじゃないか。まとめてかかって来いよ」
決まった!
見えないが、きっと祥子さんの目はハート型になっている事だろう。流し目程度に振り向いて、毘沙門天スマイルの一つでも見せてあげようか……って、ちょっと待ておい!
待ち構えていた鬼は双子ではなかった。俺たちが対峙する本堂の裏手に、大黒天を祀った小さな祠が建っているのだが、その奥から一体……さらにもう一体と、祠を中心にして左右から別の鬼が現れる。見た目は全く同じ。つまり四つ子的な感じに並んで、俺を睨んでいる。これの違いが分かる男なんていないだろうな。わかる事と言えば、祥子さんが持参してきた紙袋を小脇に抱えている奴がいるってだけだ。
「アジャパー……」
例えようのない驚きと困惑が交差する時、人は無意識に昔から馴染んでいる言葉を口ずさんでしまうものだ――。
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