【第五話 絶体絶命】

 血が出ているとか、服が破けているとか、そういう見た目の派手さはないが、打ち据えられた時の打撲の痕は、顔を含めて全体的にジンジンと痛みを感じている。 


 まだ、それほど時間はたっていない。しかし、俺はけっこうなダメージを食らっていた。四体の鬼を俺一人で何とかしようというのが間違いだった。見るからに俺よりも強靭な肉体と俊敏な動き。しかも、バットくらいの長さのゴツゴツした金属製の得物まで持っている。まさに『鬼に金棒』とは、よく言ったもんだ。


「信治さん……」


 後ろで控えている祥子さんの声が微かに聞こえた。祥子さん、すまない。俺はこの程度の男なんですよ。複数相手に一人で立ち向かっただけでも評価してくれ。


 頼みの宝棒は、今も俺の右手に握られボンヤリと青白い光を放っているが、いかんせん鬼に当ててもプチンと消えてくれないのだ。上手く隙をついて薙いだり突きを繰り出してみても、鬼の体に当たったところで、それほどダメージを与えていないようにみえる。これが「鍛えている」という事なのだろう。


 手応えはあるんだ。手応えは!

 鬼に当たった時だけではない。棒同士が交差する時の確かな手応えも、しっかりとこの手で感じている。だから、余計に楽勝ムードから遠ざかってしまうのだ。


 エブリバデー・プッチーン! といきたいが、何で弾けない?


 奴らも圧倒的な力の差を理解したのだろう。四体の内、三体は金棒を肩に乗せて休憩モードに入ってしまった。残りの一体だけが、ポンポンと左手で金棒を受けながら俺の方にゆっくりと迫って来る。


「ちっ、なめやがって……」


 痛みを堪えて宝棒を握る手に力を込めた。ボウゥっと宝棒の青白い光が強くなる。

 タイマンならなんとか……なるかもしれないという望みは薄い。しかし、やるしかない。俺は鬼との間合いを詰めて、両手で宝棒を振り下ろした。


 ガキイィィン! という打撃音と衝撃が俺の両手を走る。手の痺れを無視して素早く宝棒を引き、右手だけで大きく振り回しながら鬼の右脇腹を薙いでみた。しかし、鬼は後ろにステップを踏んで悠々と回避する。ダメだ! 圧倒的な力の差に項垂れる事しかできない。


「ぐほっ!」


 鬼が隙だらけの俺に蹴りを入れてきた。モロに腹の真ん中で受けてしまう。

 どうする……どうする? どうする! 君ならどうする――?


「任せるんだ。俺に」

「……なっ?」


 背後で声がした。いつの間に?

 こんな無様な姿を傍観していたのが祥子さん以外にもいたのか……情けない。


「電子軍神! ダイコクテン! とぁー!」

「でぇっ?」


 その男は、気合いの掛け声と共に俺の前へ背を向けたまま立ちはだかり、俺に蹴りを入れた鬼を瞬時に斬り捨てた……と同時に、斬られた鬼はボンっと煙に巻かれて消えてしまう。なんだこいつ? 手が……いち、にぃ……四本ある。しかも全ての手に剣を握ってるじゃないか。


 ダイコクテンとか言ってたな……大黒天か!

 日本では、ふっくらとした体型で福をもたらす癒し系のイメージだが、本来の姿は毘沙門天と同様に軍神カテゴリーに入る神様だ。本気になったら、毘沙門天と肩を並べるほどに強い。


 艶のある漆黒の甲冑は、どんな武器も貫かせない強靭な印象を与え、四本の手に握られた剣は、それぞれが単独で生きているかのように操られて相手の出方を待っている……えぇっと、これは戦隊モノの特撮かな?


 そういえば、祥子さんは俺の事を毘沙門天と呼んでいたが、傍から見たら俺はどんな姿に映っているのだろう? 今までは浮かれ気分で成りきっていたが、冷静に思い返してみれば自分の姿が気になってきた。鏡、鏡は……近くにあるわけ無いか。俺は見える範囲で自分の姿を見まわした。


「…………」


 うーん、甲冑姿なんだよね、これが。

 緑や赤い彩色も施された派手な甲冑。あぁ、あれだ、祥子さんの腕にあった刺青と似たようなデザインだ。


「さぁーて、チャチャっと片付けちゃいましょうか」


 大黒天はボソっと呟くと、ゆっくりと歩を進めて休憩を決め込んでいた残りの鬼たちに近づいていく。いきなりの加勢登場に狼狽していた鬼たちは、慌てて迎撃の態勢を構えた。


「オン・マカキャラヤ・ソワカ!」


 大黒天が真言を唱えた。ゆっくりと歩いていたはずの大黒天が、もの凄い速さで鬼たちへと襲い掛かっていく。まずは、一番手前で構えていた鬼に向かって二本の剣を振り下ろした。鬼はかろうじて金棒で受けるも、続けてガラ空きになった胴へ三本目と四本目の剣を左右から挟むように繰り出していく。


 ――ボンっ!


 残り二体。

 一人ずつでは敵わないと判断したのだろう。鬼は左右に分かれて遠巻きに大黒天を挟んだ。二体ともジリジリと時計回りに移動して、一体は大黒天の背後を窺おうとしている。


「ふーん、挟み撃ちかい。ちょっと甘いな」


 そう言うと、大黒天はゴキゴキと肩を鳴らして、上部から生えている二本の腕を動かした。腕の関節があり得ない角度で回り、背面の鬼に対しても対応できるような構えを見せたのである。


 正面の鬼には下部の二本。後ろの鬼には上部の二本。きっと後ろの方は、見えてなくても腕だけでなんとかしちゃうんだろうな。四本の腕を活かした合理的な構えだけど、見た目のインパクトだけで言えば大黒天の今の姿はだいぶ怖い。


 しかし、これほど頼もしい事はない。この後も、あっという間に残りの鬼を退治してしまうシーンが浮かんでくる。今回の俺は無力だったが、大黒天のおかげで祥子さんが持ってきた小槌は無事に取り戻せそうだ。


 でも、でも……悔しいです――!!!!



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