【第六話 因と果と】
イベントの『大黒餅つき』も終盤を迎えようとしている。
テンポ良く「よいしょおっ! よいしょおっ!」と上がっていた合いの手も次第にゆっくりとなり、変わって「よいしょおっ!」の一声に大きな力が込められるようになってきた。
「大丈夫か?」
「あぁ……すまない」
「あの……ありがとうございました!」
大黒天が手に持った剣を消しながら、俺と祥子さんのいる方へと歩いてくる。俺は冷静を装い、大黒天の差し伸べた手に応じて立ち上がった。俺の横では、祥子さんがお礼と同時に深々とお辞儀をしている。俺もちゃんとした礼を言わなければならない立場なのだが……どうにも、変な意地が働いて頭を下げる事ができない。
案の定というべきか、異形の大黒天は、残り二体となった鬼たちの挟み撃ちにも憂う事なく、あっさりと退治してしまった。もちろん、祥子さんの持ってきた小槌入りの紙袋も取り返してくれた。その紙袋は今、祥子さんの手に渡され、赤子のように優しく抱かれている。
もう必要が無くなったからなのだろうか、大黒天の姿が「ブオォォン!」という音と共に一人の人間へと変化した。あれ? あいつは――。
「シンジ、もっと信じる心を持たなきゃいけないよ。シンジだけに、信じるんだ」
「お……お前は……」
昨日、多聞寺で俺を昔馴染み扱いしてきた見知らぬ男。名前は確か、
「驚いたか?」
「エイジ……だったか。しかし、お前……大黒天って?」
「どんだけ忘れてんだよ。毘沙門天と大黒天って言ったら、七福神のツートップじゃねぇか。立ちはだかる敵には常に先頭に立って蹴散らし、他の奴らを守るというのも役目の一つだろうよ」
「役目……他の奴ら」
察するに、恵比寿天やら布袋尊やら……七福神の残りの五柱の事を言っているのだろう。そうか、俺たちは軍神カテゴリーだから、他の五柱を守る役目もあるのか。確かに頷ける話だ。寿老人や福禄寿なんか、ヨボヨボだしな。それにしても――。
「それにしても、俺が毘沙門天って言うのもおかしくないか? 弱すぎだろう」
「いや、ここは我が一族のフィールドだ。おいらが強すぎるだけだよ」
「フィールド?」
祥子さんを忘れているわけではない。俺は聞き返すと同時に、会話に加わってもらおうと祥子さんの方へ振り向いた……って、まだお辞儀してんのかい!
「そう。ここ
「一子相伝……加護を力に?」
「シンジは、おいらと違い先祖代々ってやつじゃないから鍛錬が必要になってくるんだけどな。おいらの場合は大国寺の中だと無敵に近い強さを出せるのさ」
俺には鍛錬が必要? どういう事だ?
上杉謙信や毘沙門天への信心は深いと自負しているが、それだけでは先祖代々のパワーには及ばないという事なのか? それよか『そもそも』論で、俺が毘沙門天という設定がおかしい。
「なんで覚えてないんだ? おいらとシンジは、最強のコンビだったんだぜ」
「そう……言われてもなぁ」
「まぁ、覚えてねぇもんは仕方ないな。そういうこった。受け入れてくれよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」
なんだ、この既視感は?
「そういうものですよ。信治さん」
「祥子さん?」
今まで、ずっと頭を下げていた祥子さんがニコっと笑っている。徐に左手の袖をまくり、例の刺青を俺に見せてきた。相変わらず美しい毘沙門天だ。
「私だって、信治さんを毘沙門天様だと確信しているのです。信じて下さい」
「え、えぇ……そうでしたよね」
「シンジ、お前やっぱり変だな。全く覚えてないのか?」
「…………」
俺はこいつと最強のコンビ。毘沙門天と大黒天。そして、祥子さんは毘沙門天を愛する謎の女性。この相関図は、どう解釈すればいいんだろう。
「祥子さんは、その……エイジとは知り合いなのですか?」
「いえ、初対面です。助けていただき、ありがとうございました」
「なぁに、おいらはシンジを助けに来たようなもんだ。気にするな」
そ、そうなのか。それにしても祥子さん……俺への熱い視線とは正反対のサバサバした対応なんだな。俺が毘沙門天じゃなかったら、俺にも冷めた態度で接するのだろうか。いや、毘沙門天じゃなかったら見向きもされてないという事か。
「もう少し詳しく教えてくれ。俺が一子相伝ではなく鍛錬が必要な毘沙門天という事は、俺は何かのきっかけで毘沙門天に生まれ変わったって事なのか?」
「まぁ、そんなようなもんだな。厳密に言えば、順番が回ってきたって感じだが」
「順番……」
「そうだ。毘沙門天は、何か大きなきっかけが起こると、何名か候補に挙がっている『次に選ばれし者』と入れ替わる仕組みになっている。欠けた時間を作ってはいけないんだ。正直に言うと、おいらはシンジと昔馴染みじゃない。大黒天として昔から任務を共に全うしてきた毘沙門天を相手に話をしている」
「なん……だと?」
「本来なら、肉体と意識が結びついて『シンジ=毘沙門天』というリンクで話せるはずなんだが……どうも、その部分が上手く融合してないみたいだな」
なんだか「お前、欠陥品だな」って言われてるみたいだ。
「まぁ、シンジの場合は、もっと毘沙門天である自覚を持つ事だ。そうすれば、少しずつ忘れた能力を思い出したり、進行が遅れている融合なんかも追いついてくるよ」
「あの……この小槌を見ていただければ、何か思い出せるかもしれませんよ」
「小槌を?」
祥子さんは、俺に「見せたいモノ」と言って持参してきた紙袋を持ち上げた。
「ほぅ、それは小槌だったのかい。おいらにも見せてくれないかな。これでも小槌マニアなんだぜ」
大黒天ならば、小槌マニアなのも頷ける。初対面だと言っていたが、エイジと祥子さんに何かしらの繋がりが出てくれば、俺に欠けている記憶のピースが埋まるかもしれない……が、ともかく今の俺は全てにおいて、わけワカメだった――。
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