【第七話 トラックはテンプレかしらん?】

 ガラスケースの中に、所狭しとブランド品が陳列されている。バッグが圧倒的に多いが、財布やポーチなどの小物類も充実していた。店側の手入れの良さと質の高いアイテムが並んでいるところを見ると、お客さんからの信用は厚そうだ。


 俺と祥子さんは、大国寺の隣にある金券&ブランドショップ『大国屋』の買取カウンターに並んで座っている。ここは、エイジが営む店らしい。今日は正月休みで店は閉まっていたのだが、小槌や毘沙門天の話をするためにエイジが急遽シャッターを開けてくれた。もちろん、クローズの札は入り口にぶら下がっている。


 一子相伝で大黒天を継いだのだから、てっきり本職は大国寺の住職なんだろうなと思っていた。しかし、そちらはエイジの弟が切り盛りしていると言っていた。ちょっと意外だったが、色々と一族内の事情があるのだろう。


「ほれ、つきたての大黒福餅だ。シンジも久しぶりだろ? あんたは食った事あるかい? 美味いぞ」

「わぁ! わざわざ持ってきていただいたのですか? ありがとうございます!」

「さすがは寺の関係者。すぐに無くなる大人気の福餅も思うがままか」


 鬼を退治したら二人で食べようと言っていた大黒福餅。

 思わぬ苦戦で忘れていたというか、餅がどうこうと余裕を失くしていた俺には嬉しい一皿だ。お好みでキナコか、と呼ばれる大根をすりおろして醤油とからめたトッピングを選ぶ事ができる。しかし、そのまま食べるというのが『通』の嗜みだ。餅そのものに甘味があり、噛むほどに餅本来の旨みが口の中で広がる。


「やっぱり美味しいですね。あら、信治さんは何もつけずに?」

「えぇ、そのままで食べるのが一番好きなんですよね」

「よし! んじゃ、その小槌ってやつを見せてくれるかい?」

「はい。……こちらです」


 祥子さんは、大量のキナコを唇いっぱいにつけながら、小槌の入った紙袋をエイジに手渡した。祥子さんの無頓着な唇に、俺の萌えポイントが急上昇する。「ほら、ダメじゃないか。キナコがこんなに……」って、そのまま唇を奪ってしまいたい。


「どれどれ。おっ! こりゃあウチで作った小槌じゃないか」

「お前が作った?」

「おいらじゃねぇよ。こいつを作っているのは親父だ」

「まぁ! そうでしたか!」


 そういえば、大国寺に並んだ露店の一角で小槌を売っている店があったような気がする。お守りサイズの小さい小槌をはじめ、刀剣のように厳かに飾るための大きな小槌まで色々と取り揃えてあった。祥子さんの持っていた小槌は、どちらかと言えば大きな部類に入るサイズである。


 祥子さんが持ってきたものなのに、小槌の出所を知らなかったというのが少し気になるが……まぁ、元々は祥子さんの所有物ではない可能性もあるか。


「ここに番号があるだろ。シリアルナンバーで、ウチで作ったという証なんだ」

「そうなのですね」

「確か台帳を持ってた気がするが……」


 エイジがスマホを取り出して、どこかへと電話をかけた。小槌の製作者である親父さんのところだろう。「番号は――」とか「あぁ、長尾さんトコの――」とか聞こえてくる。


「わかったぞ。あんたは、虎さん……長尾政虎ながおまさとらさんの知り合いかい?」

「はい。主人です」

「長尾の虎さんは、大国寺の檀家なんだよ。色々と協力してくれた人なんで、親父がに作ってやった小槌らしい。しばらく顔を見せねぇなって親父が言ってたが、虎さんは元気かい?」

「主人は……亡くなりました」


 何っ! 亡くなった……だと? 

 いや、喜んではいけない。大切なご主人が亡くなったんだ。ここは神妙な面持ちで話の続きを……くっ! 顔が弛むぜ!


「そりゃあ悪りぃこと聞いちまったな。病気かい?」

「いえ、交通事故で……」

「そうかい。親父が特別に作る小槌ってのは、願いを本当に叶えてくれる祈祷が込められてるみたいだが、エライ事になっちまったんだな」

「でも、主人は事故の前に願い事を小槌に込めて振っていました。あんな事になってしまいましたが、もしかしたら主人は幸せな最期だったのかもしれません」

「ほぅ、願い事は何だったのか聞いたりしたのかい?」

「はい。なんでも『異世界に行きたい』ような事を言ってましたが……」

「…………」


 嘘でしょ? エイジもポカーンとしている。一応、確認しておこう。


「祥子さん。交通事故って、もしかしてトラックに撥ねられたとか……?」

「えっ? どうしてわかるのですか? はい。主人は小槌を振った翌日に、トラックに撥ねられてしまいました……信治さん、凄いですね!」


 祥子さん、そこは感心するところじゃないでしょう。


「ってこたぁ、虎さんも願い事が叶って万々歳ってわけか。因果だねぇ」

「ちょっとタンマ! エイジまで何言ってんだよ。偶然だろ!」

「それが、そうでもないかもしれんよ」

「どういう事だ?」


 俺は半ば呆れ気味だったが、エイジは祥子さんを見ながら言葉を続けた。


「さっき、電話で親父が言ってたんだが――」


 エイジは一旦言葉を置いて、再び祥子さんへチラッと目を向けた。祥子さんが無言で「うんうん」と頷いている。二人は何やら共通点を見つけたようだが、俺にはさっぱりだ。


「虎さんはな、前任の毘沙門天だったんだよ」

「主人は、毘沙門天様でした」


 二人の口から出た言葉に俺は唸った。

 やっぱり「ちょっとタンマ!」だろう――。



【第二章 大黒天にまかせろ☆――了】


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