第三章 教えて寿さん☆

【幕間】

 ――「虎さんはな、前任の毘沙門天だったんだよ」

 ――「主人は、毘沙門天様でした」


 面白いくらいに息が合っておる。さすが「アドリブが得意」と言うだけの事はあるわい。裏で色々と、あの娘に関する情報を仕入れておるのやもしれんな。我々が提供した情報だけでは、こうも上手くは合わせられんじゃろう。あやつには、武神としての器だけでなく、諜報力にも長けた才能があるようじゃが、しかし――。


「なんじゃ、あの最後の捨てセリフみたいなもんは……」


 わしは、モニターから目を逸らし、後ろ手を組んで深く溜息を吐いた。せっかく毘沙門天もその気になってきたというのに、あんな言葉を残してしまっては逆効果ではないのか?


「どうしたの、じぃじ? 眉間に皺が寄ってますわよ」


 の存在に気付かぬほど考え込んでいたようじゃ……プシューというドアの閉まる音がオペレーションルームに響く。わしと嬢は何の血縁関係もないのじゃが、彼女は「じいじ」と親しみを込めて呼んでくれる。まぁ、傍から見れば爺さんと孫みたいな感じなんじゃがの。


「嬢……いや、喉に餅が詰まったとか、胸が苦しうなったとかではないですぞ」

「ふふふ、そのようね。何かお悩みかしら?」

「うむ。実は、大黒天がのぅ……」

「そうそう、その進捗状況を見に来たのです。どうかしら?」


 わしは、今まで見ていた映像を戻して、嬢に事の一部始終を見せた。

 嬢は、凛々しい眉毛を動かす事なく、両腕を前で組みながらジッとモニターを見つめている。孫みたいな……とは言うても、嬢は敏腕のアラフォー経営者じゃ。嬢の父親である先代が築き上げた一大ホールディングスを継いだとはいえ、それを壊したり全体的な業績を下げる事なく存続させているのは素晴らしい。


「大黒天の注文してきた鬼たちは、上手く機能してくれたみたいね」

「想像以上に……と言っても良いでしょうな。大黒天の要望には、わしの弟子たちを派遣させてハプティを使ってみたんじゃが、これがなかなか――」

「そうね、これも収穫の一つじゃない。さすがは七福神チーム! 臨機応変って大好きよ。新しいバージョンへのアップグレードも早くできそうね」


 わしらの対応にご満悦な嬢は、ニコニコ顔で映像の続きを眺めていたのじゃが、わしの懸念していた場面になったところで、ふと眉を顰める。


「ははぁん。ここね、じぃじの悩みの種は」

「うむ。そうなんじゃ」


 嬢がピッと人差し指をモニターに向けて突き出した。動いていた映像がピタッと止まる。そこには、大黒天が毘沙門天に耳打ちしている姿が映し出されていた。


「あの女には気をつけろよ……とか言ってるわね」

「そうなんじゃよ。せっかく三人とも良い雰囲気じゃったのに、なんでじゃ?」

「そうね。確かに、祥子ちゃんを突き放すような助言は納得がいかないわね」


 嬢は画面に向けて突き出していた人差し指を口元に当てて、「んー」と考え込み始めた。大黒天が「気をつけろ」と言った真意は何じゃろうか?


「わかったわ! カリギュラの応用ね」

「かりぎゅら……?」

「そう、よく言うじゃない。見るなって言われたら見たくなるでしょ」

「クラリス……かりぎゅらとは何じゃ?」


 わしは、モニターの下に設置してあるテーブルに問いかけた。厳密に言えば、テーブルの上に乗ってるサルの置物に向かって発したんじゃがの……このサルは、人工知能搭載のスピーカーで、音声認識で各家電の電源を入れたり、アラームをセットしたり、通話やメールも送る事ができるのじゃ。「クラリス」と言うたのは、嬢が経営するホールディングスと業務提携している『キャリアストロー』社の開発した検索アプリで、あの毘沙門天が勤めている会社の製品の事じゃ。


「ピコーン!」


 ふむ……かりぎゅらとは、『カリギュラ効果。自分の行動を遮断されたり妨害されたりした時、そのストレスを克服するために湧きあがる人間の強い欲求の事』をいうらしいの。何かを隠されたり、禁止されたりすると、逆に気になってしまう心理の事じゃな――。


「彼は、ノブ君の性格を深く理解しているみたいね」

「ほぅ」

「ノブ君って、人の言う事に抵抗するところがあるのよ。負けん気が強いって言えばいいのかしら? 天邪鬼っていうのかしら?」

「つまり……アレも大黒天が機転を回したアドリブの一つという事ですかな?」

「たぶんね。あんな風に言われたら、きっとノブ君のことだから気にしないよう努めるか、もっと彼女に踏み込んでみようと思ったりするわよ」

「なるほどのぅ。わしには難しくてわからんわい」


 わしは、禿げた頭をポリポリとかいて、クラリスの検索結果を閉じた。


「じぃじは技術畑の科学者だもんね。人の心を読み取るのは得意じゃないでしょう」

「面目無い」

「気にしないで。それぞれ人には得手不得手があるものよ。じぃじにだって誰にも負けない頭脳があるじゃない」


 嬢が自分の頭をトントンと指で突きながら、わしに向かってウィンクする。こんな年寄りにまで気を使ってくれるなんて……なんという優しい子なのじゃ!


「そうそう。この次は、じぃじの出番だったわね。ノブ君、ウチのトレーニングルームを気に入ってくれるかしら?」


 そうじゃった。大黒天の次は、わしの番じゃ。そろそろ支度せねばなるまい。


「あっ、そうだ!」

「どうしましたかな?」

「ノブ君、車を借りてたわよね。どこのレンタカー会社だったかしら?」

「るんるんレンタカーでしたかの」

「あら、ウチの傘下じゃない。ちょうどいいわね」

「…………?」


 嬢はツカツカと卓上へ歩み寄り、サルに向かって「クラリス、るんるんレンタカー本社に繋げなさい」と言った。


「嬢、何を?」

「ちょっと、ノブ君に悪戯しちゃおうかなってね。祥子ちゃんへ向けるデレっとした顔を見てたら、何だか悪戯したくなってきちゃった」

「嬢……しかし、あまりイレギュラーな事は、今後の毘沙門天に悪影響が」

「ちょっとだけよ。心配しないで」


 電話が繋がると、嬢はホールディングスのトップたる口調で、アレコレと先方に依頼をし始めた。やれやれ、こうなった嬢は誰にも止められんわい。さて、わしも準備しに行くとするかの――。



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