☆ 寿満寺にて(一月三日) ☆

【第一話 人形】

 ――『乗初のりぞめに 香る助手席 夢うつつ』


 大国寺を後にした俺は、レンタカーを南に飛ばして海岸線に沿いながら次の目的地へと向かっていた。助手席には祥子さん。風呂上がりのような爽やかな香りは、祥子さんの体温と香水が科学的な反応を起こしているものなのか、それとも着ている服の柔軟剤のせいなのか。どちらでも構わないが、癒しのパワー全開で俺の脳内にドーパミンが充満している。


 乗初のりぞめは、新年の季語である。

 新年になって初めて乗り物に乗るという事であり、自動車はもちろん電車や飛行機でも使われる。その目的は初詣であったり、年始回りであったり様々だ。


 新年早々、祥子さんのような素敵な女性を助手席に乗せてドライブするなんて、夢かうつつか幻か……正に俺は、その境界が曖昧なままの、ぼんやりとした心地でハンドルを握っている。運転中なので閃いた句をスマホに入力できないが、しっかりと脳内メモリにインプットしておこう。後で一人になったら、妄想も含めてアウトプットすれば良い。


 いやぁ、それにしても晴々とした心地だ。祥子さんの旦那さんは既に他界して、今は独り身だというカミングアウトは喜びを隠せない。異世界転生したとか、転生先が俺の体とリンクしているんじゃないか……なんていう経緯は少し気になるが、俺は俺だ。都合よく解釈するよう心掛ける事にしている。


 ――「主人は、毘沙門天様でした」


 エイジの店で、祥子さんは旦那さんの事を少しずつ話してくれた。

 旦那さんの突然の決意表明と死は、祥子さんにとってもショックだったが、それよりも死後の毘沙門天はどうなってしまったのか? 疑問に思った祥子さんは、遺された七福神巡りの御朱印帳を頼りに多聞寺を訪れてみたようだ。そこで、俺が毘沙門天に変化した事でピンときたらしい。俺が旦那さんの生まれ変わりではないか……と。小槌を見せれば、毘沙門天としての自覚や忘れているものを引っぱり出す事ができるかもしれない。それが、俺に小槌を見せたかった理由だった。


 大黒天のエイジも、祥子さんの話に同調していた。


 ――「あの小槌は特別仕様で、願いを込めて振れば叶う仕組みなんだよ」

 ――「でもな、それには一つ条件と言うか、欠点みたいなものがあってな」

 ――「願いを叶えるには、それなりの代償が伴ってくるんだ」


 と、なかなか興味深い事を言っていた。願いは叶うが、その為には何かを犠牲にしなければならないという事だ。


 祥子さんの旦那さんは、異世界に行きたいという願望があった。そして、その願いが叶うアイテムを偶然にも持っていた。だが、犠牲にしなければならない文言を忘れていたのか、知った上での行動か……は謎のままだが、旦那さんは願いを込めて小槌を振ったのだ。その顛末は、トラックに撥ねられての異世界転生。願いを成就させた代償は、大きかったのか小さかったのか? それは、祥子さんの旦那さんにしかわからない。


 そして、旦那さんが死んだ事で毘沙門天とのリンクが外され、次の毘沙門天候補に挙がっていた俺に順番が回ってきたんじゃないかと――。


 二人の話す経緯に、俺はすっかり耳を傾けていた。旦那さんの本心は知らぬところだが、なんとなく俺には良い風が吹いているような気がした。しかし、ここで勘違いしてはならないのは、祥子さんが死んだ旦那さんや武田信治という名の俺には興味が無いという事である。あくまでも『毘沙門天様』ありきで、その存在を追いかけているのだ。


 俺としては少し残念な気持ちだが、裏を返せば、俺が毘沙門天でいる限り、祥子さんは俺のものだと言っても過言ではない。あとは、俺が一日でも早く毘沙門天としての自覚を持つ事だ。ちなみに、祥子さんが持ってきた小槌を見た俺は……何の変化もなかったし、記憶がどうこうという事もなかったんだけどね。



 ――「と、いうわけでな。次は寿満寺じゅまんじに行ってくれ」



 話の終わりに、エイジが切り出した要望だった。俺には鍛錬が必要で、この宝船島に点在する七福神巡りのスポットを全部回って来いと言うのだ。エイジが指定した寿満寺に行けば、七福神専門の識者が、もっと細かい事を色々と教えてくれるらしい。


「この木彫りの人形、可愛いですね」

「ん? あぁ、小さいのに細かく彫られてますよね」


 話も落ち付いて帰ろうとした時に、エイジが「コレを持ってきな」と言って渡してくれた木彫りの大黒天。今は祥子さんの白魚のような指で弄ばれている。七福神全ての人形を集めたら、俺が有する毘沙門天のスペックも劇的に変わるだろうと言っていた。まぁ、コンプリートするまでには、けっこうな試練も待ち構えているんだろうけど……お約束ってやつだな。


「毘沙門天様の人形も、昨日のお寺に行けば、どこかにあるのでしょうかね?」

「どうでしょうねぇ。そのへんの詳しい事も、これから向かう寿満寺で教えてくれるかもしれませんね」

「なんだか面白くなってきましたね。信治さん、頑張って下さい!」

「は、はは……善処しますよ」


 確かに面白くなってきた。祥子さんと出会うまでは、特にコレといって夢中になるようなものが無かったからな。憧れていた毘沙門天になれるかもしれないという誘惑もモチベーションが上がる。何よりも、完全体の毘沙門天になれれば、祥子さんの愛を独り占めできるのだ! 俺は今、人生初のスペシャル確変タイムに突入しているかもしれない。



 ――パララパッパパー!



 カーナビが、目的地の到着に近いづいてるファンファーレを鳴らした。あと少し走らせれば寿満寺である。最後に寿満寺へ行ったのは何年前だったかな? 鬱蒼と木々に囲まれた地味な寺のイメージしかないが、祥子さんと一緒なら何処へ行こうが心は晴れやかだ。


 ふと「あの女には気をつけろよ」と、祥子さんがトイレに行っている間に大黒天が漏らした言葉を思い出す……でも気にしない。そう、気にする事はない――。



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