【第二話 ウェルカム・トゥ・テンプル】
大福市北部の大国寺から、レンタカーで海岸通りを南下すること約二十分。海岸から少し離れた小高い丘の上に、次の目的地である寿満寺が建っている。展望台を兼ねた駐車場から見渡す海の景色はどこまでも広く、晴れた日には本土のシンボルタワーやテーマパークの観覧車もバッチリ見えた。特に夜景の見える時間帯は、カップルもうっとりするほどのインスタ映え抜群なパワースポットとしても知られている。
「わぁ! すごいですよ信治さん! 私、ここに来たの初めてです。きれーい!」
祥子さんが安定の可愛らしさではしゃいでいる。その姿に、俺の心もはしゃいでいた。このまま七福神巡りなんて中止して、どこか二人きりになれる所へ抜け出したい気分だ。
「同じ大福市内なのに初めてでしたか? ちょっと意外ですね」
「雑誌やテレビで知ってはいたのですが、なかなか来れる機会がなくて……信治さんに連れて来ていただかなければ、これから先もずっと来なかったかも。ありがとうございます! もうしばらく眺めていてもよろしいですか?」
海からの風が少し冷たいが、興奮で寒さなんか吹っ飛んでいるんだろうな。「寒いだろう。さぁ、俺の傍にもっと寄っていいんだよ」と祥子さんの肩に手をやるのは妄想だけにしておく。
「……いいんだよ」
「はい?」
「あ、いえっ! どうぞどうぞ。好きなだけ見ていいですよ」
それにしても、この高台からの眺めは本当に素晴らしい。それに反し、振り返って寿満寺の方を見ると、ちょっとばかり残念な気分になってくる。どうして寺の方は手入れの行き届いてない木々が鬱蒼と乱立しているのだろう……でも、前向きに考えれば「神秘的」という事なのだろうか。
冬場なので、葉が茂っている様子ではないのだが、見事に禿げあがっているというか、枝に葉の無い木ばかりが並んでいる。しかも、その枝ぶりがどれも怖い。ゲームに登場するモンスターにいそうな感じなのばっかりだ。
特に寿満寺の入り口付近にある大木が一番怖い。樹齢何百年もたっている寿満寺の御神木らしいけど、幹の真ん中に大きな丸い窪みがあるのだ。ただの窪みなら問題ないのだが、その窪みからギョロリと睨みを利かせるように、別の丸い幹が突き出ている。通称『一つ目の木』。マジで目だよ、目!
「なんだか、あの木に見られているような気がしてきますね」
「あぁ、もう海の方はいいんですか? あの木は、この寺の御神木らしいですよ。触ると、視力が良くなるとか、見えないモノが見えるようになるとか」
「私には、もう毘沙門天様が見えているので必要ないですわね」
祥子さんが「うふふ」と笑って、俺の顔を覗き込んでくる。キレイな顔して、この可愛い仕草。もう、辛抱たまらん!
「祥子さん、良かったら七福神巡りをやめ――」
「さっ! お寺に行きましょう! あ、このお寺は寿老人が祀られているのですね」
グイっと俺の背中を押して、寿満寺へと誘う祥子さん。へいへい……では、行きましょうかね。寺を囲う枯れた木々に沿って、赤い幟が均等に並んでいる。そこには、白抜きの字で『寿老人』と書かれていた。祥子さんの言う通り、ここ寿満寺は七福神巡りの寿老人スポットだった。
寿満寺の境内は思っていたよりも賑わっていた。近隣から来る参拝者の他にも、俺たちと同様に七福神巡りで参拝に来た人たちもいるのだろう。巡る目的は違うだろうけどね。擦れ違う参拝者から「おっ! 恵比寿が出た!」「私は弁財天だったー!」「わー! あたしも弁財天!」といったような声が聞こえてくる。
俺も昔に引いた事があるが、この寺には『七福神おみくじ』という一風変わった御神籤がある。吉凶ではなく、七福神のキャラクターで御神託が書かれてあるのだ。そのため、縁起が良いとか悪いとかというイメージではなく、「今年の自分は七福神の誰それに肖る」といったような感じで過ごせば福が舞い込むと言われていた。ただ、ちょっと欠点があるのだが――。
「信治さん、おみくじですって! 引いてみませんか?」
「え? 引くんですか?」
「今年に入って、まだ一度も引いてないのです。運試しに引いてみたいですわ」
「でも、ここのは吉凶が出るタイプじゃ……」
「信治さんも引きましょうよ!」
祥子さんがグイっと俺の腕を引っぱる。勢い余って、祥子さんのダウンベストに肘が当たってしまったが……厚手のベストの上からでも、しっかりと柔らかい感触は得られた。どことは言わん! 仕方ない、くじに付き合ってあげようじゃないか。
この『七福神おみくじ』は、ご丁寧に男女別で引けるようになっている。左の箱が男性用でブルーのボックス。右の箱が女性用でピンクのボックス。木箱がカラーリングされていると、なんとなく安っぽく感じるのは俺だけだろうか?
「おっ! 毘沙門天だ!」
「…………」
崇拝する毘沙門天が出たのは重畳。御神託の内容は決まり文句だとわかっているので華麗にスルー。祥子さんの結果は――。
「……弁財天でした」
「あれ? どうしました?」
とっても不満顔の祥子さん。ぷっくりと頬をふくらましている姿は非常に可愛らしいが、ご機嫌斜めなのは困る。不満な理由は、なんとなくわか……いや、まだわからない。俺は、この御神籤のカラクリを、まだ祥子さんには言ってない。
「もう一回やります」
「えっ? いや、ちょっと待って下さい」
クシャっと右手で弁財天が出た御神籤を握りつぶす祥子さん。すかさず懐から小銭入れを取り出して再び引こうとするところを、俺は慌てて制した。
「祥子さん待って。これにはカラクリが……」
「どういう事ですか?」
キッと俺を睨む祥子さん。切れ長の眼尻は魅力的だが、ここは冷静になってもらわないと先へと進めない。俺は『七福神おみくじ』のカラクリを話した。
「女性用の箱には、弁財天しか入ってないんですよ」
吉凶ではなく、七福神のキャラクターで御神託が書かれているという一風変わった『七福神おみくじ』。男性用は六柱の神がランダムで入っているが、七福神は紅一点なのである。祥子さんがムキになって何度引いても、その結果は同じなのだ。
「ですから、止めておきましょう」
「……んもぅ! 正月から縁起悪いですわ!」
なぜ……なぜ……あなーたは、そんーなーにー、ふまーんげなの――?
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