【第三話 類推】

 普段は静かな境内でも、初詣の時期は様々な屋台が参道に沿って軒を連ね、遊びと食の楽しみを提供している。その規模は、多聞寺や大国寺と比べたら小さいが、他には無い魅力的な店だって寿満寺にもあるものだ。俺は、その内の『クロワッサンたい焼き』の屋台で祥子さんのご機嫌をとっている。


「たい焼きの皮がサクっとしてます! 新しい!」

「作る方も、よく思いつきますよね。なかなか美味いな」


 すっかりご機嫌の祥子さん。良かった良かった。俺たちはクロワッサンたい焼きを口に入れながら、寿満寺の境内をブラブラしているのだが……大黒天たるエイジの指示通り寺にやって来たはいいけど、この後どうすれば?


「とりあえず、本堂へ参拝しに行きますか」

「そうですね。寿老人様が待っているかもしれませんわ」


 それは無いと思う……いや、あり得るのかな? でも、ひょっこりと現れてくれた方が俺たちとしては助かる。なんたって、大黒天から渡された木彫りの人形しか手掛かりが無いからね。


「よく来たな。待っておったぞ」

「えっ? ほんとに?」

「どうしたのですか、信治さん?」


 声に反応して振り返ると、そこにはチャラい感じの老人が立っている。本当に寿老人が現れた? いや、待て。ちょっと違くないか?


 寿老人は、確か頭が少し長くて白い髭を生やした爺さんだったよな。仙人らしい道着で杖を持ち……うん、合ってる。合ってはいるが、そのデカくて丸いサングラスは何だ? 着ているものも仙人らしい道着ではなく白のタンクトップとか。しかも肩の筋肉がスゲー! 寒くないのか? 色々と突っ込みどころがあって困る。


「どうしたのじゃ? 後ろに回って……」

「いや、すいません。甲羅とか背負ってないかなと思い……」

「何の話じゃ?」

「どうしたのですか、信治さん?」


 アラフォーの大半は、亀の甲羅を背負った仙人らしくないエロじじい……ではなく仙人を知っている。祥子さんも知っているかなと思ったが、どうやら違うモノを見て少女時代を過ごしたようだ。帰国子女だからかな。


「わしは南極星の化身である。寿じゅ・カノープス・シニアじゃ」

「…………」

「まぁ! 寿老人様ですね!」


 祥子さんは律儀に挨拶しているが……怪しい、怪し過ぎる。何で『寿老人』と名乗らないのだろう? それに『カノープス』って何だ?


「カノープスって何ですか? 寿老人ではなく?」

「フルネームっぽいじゃろ。気にせんでくれ、ちょっと西洋にかぶれたまでじゃ」


 締めくくりに「寿ことぶきさんと呼んでくれ」って、西洋ネームはどうした?

 それよか、本当に寿老人なんだ……大黒天とタッグを組んで、俺たちがしっかりと守ってやらねばならないヨボヨボの爺さんをイメージしていたが、そのムキムキぶりなら助けなんか要らないよね。


「あまり知られてないのじゃが、竜骨座という星々の中に、カノープスと呼ばれる非常に明るい星があっての。別名【寿星】とも呼ばれておる。それを神格化したものが寿老人……つまり、わしの事じゃよ」

「ほう」

「シニアというのは老人という意味でな――」

「もういい。わかったよ爺さん」


 寿さんとやらの説明を聞くのが面倒になってきた俺は、サッと右手で言葉を遮り、左手でエイジから渡された木彫りの人形を見せつけた。


「これを預かって来た。見せれば、俺に毘沙門天の修行をさせてくれるとか?」

「うむ、よかろう。じゃが、一つ聞こう。本当に毘沙門天となる覚悟があるかの?」

「言うまでも無い。よろしく頼む」


 俺と祥子さんのイチャラブ生活が待っているのだ。俺の未来は、毘沙門天の覚醒と共にある。諸々の覚悟は、この寿満寺に来る道中で既に決めていた。


「祥子さん、俺は一刻も早く毘沙門天としての覚醒を目指す」

「信治さん……」

「だから……だから、俺の傍から離れないで見守っていてくれ」

「はいっ!」


 これで良し! 俺が毘沙門天の修行をしている合間に、参拝とか買い物とかされてたら寂しいからな。祥子さんの熱い視線があった方が、俺も気合が入る。


「では、わしに付いて来るがよい」

「信治さん、頑張って下さい!」


 俺と祥子さんは、クルリと背を向けた寿さんの後を付いていった。賑やかな本堂を横切り、手水舎も抜け、寺の玄関口に近い鳥居をもくぐった。その先にあるのは、この寺の御神木『一つ目の木』――。


「ここじゃ」

「…………?」

「そこで待っておれ」


 突然、寿さんが「ぬおおぉぉぉ!」と気合を溜め始める。鍛えられた両肩の筋肉が盛り上がっていくところを見ると、そこに気合が少しずつ注入されているようにも見えた。まさかとは思うが……そのファンキーな風貌から察するに、伝説のアノ技が出るんじゃないかとしか――。


「かあぁぁぁ……」

「げっ! マジか?」

「信治さん、何ですの?」

「祥子さん、見ていて下さい。ものすごいのが見れますよ」


 俺は祥子さんを少し下がらせて衝撃に備えた。体感した事はないが、テレビや雑誌で見た限りでは相当な破壊力だろう……って、御神木に放って大丈夫なの? 


「……っぺ!」

「うぉい! きったねぇ!」


 痰切りかい! しかもガチじゃねぇか!

 俺も昔、同じような痰切りギャグをやった事はあるが、俺はエアだぞ! エア!


「信治さん……確かに、ものすごい大きな――」

「祥子さん、忘れましょう。見なかった事にしましょう」

「ほれ、開いたぞ。早く乗るんじゃ」


 寿さんが、いつの間にか『一つ目の木』の大きな目の中に入っている。目の形をしている部分は、ボタン一つで開閉できる扉のようなものだったのか……って、これってかい! 御神木ですよね――?



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