【第四話 イメージチェンジ】

 高速で移動するエレベーター。どこまで深いのだろう?

 到着して扉が開いたら、全く別の世界でしたって事にはならないのだろうか。それならそれで面白い。行き着く先が無人島だろうと異世界だろうと、祥子さんが傍にいれば何の問題は無い。俺たちがアダムとイブになればいいだけの事だ。ぬふふふ。


 俺と祥子さんは、寿さんの案内に従って『一つ目の木』の中に入り地下へと降りているところだった。寿さん曰く、この下には七福神のトレーニングセンター(通称トレセン)があるらしい。トレセンで様々な試練を体感し、毘沙門天の早期覚醒を目指してもらいたいという事なのだが……さすがに、未知なる世界へ深く入り込むのは緊張する。光の少ないエレベーター内というのも、緊張感を助長させていた。


「信治さん、大丈夫ですよ。私がいますから」

「祥子さん……」


 俺の武者震いを敏感に察知した祥子さん。そう耳元で囁きながら、俺の手をギュッと握ってきた。手を伝って、祥子さんの温もりが俺の心を癒してくれる。



 ――ポーン!



 内臓がフワリと浮くような感覚。どうやら目的地まで降りてきたようだ。目の前の扉が開いたが、視界の暗さはそれほど変わらない。点々と間接照明が灯されているものの、全体的なトレセンとやらの広さは把握できないほどの明るさだった。


「さて、こっちじゃ。バリアフリーじゃから躓く事も無かろう。安心せい」


 スタスタと前を進んでいく寿さん。俺と祥子さんが、寿さんに遅れて追随する。もちろん、互いに握られた手は解けていない。祥子さんの握る手が少し強くなっているような気がした。口数も減っているし……もしかしたら、暗い所が苦手なのかもしれないな。


「これ以上、明るくする事はできないのかな?」

「トレセンは視界に頼る事を禁じておる。多少の調光は可能じゃが、基本的には心の目で見る事を意識するのじゃ」

「なるほど……ね」

「信治さん、私なら大丈夫です。手を離してもらっても平気ですよ」


 そうは言っても、ギュッと握ってくる祥子さんの手の力は強かった。まぁ、俺としては嬉しいばかりだけどね。男らしく決めセリフでも放り込んでみようか。


「祥子さん、強がりはダメですよ。心の目で見ろって言われても怖いものは怖いですよね。わかりますよ、その気持ち」

「信治さん……」

「ほら、こうして手を繋いでいれば、見えなくてもお互いの距離がわかる。怖くはない。二人で進めば、何も怖くなんかないですよ」

「…………」


 俺の手を握る祥子さんの手が、更にギュッと強くなる。良い雰囲気だ。ネットの恋愛掲示板にも書いてあったけど、暗いところで囁く甘い言葉はどんな状況でも効果絶大だな。さっさと訓練なんか終わらせて、二人っきりになりたいもんだよ。


「さて、そろそろ離れてもらおうかの。トレーニングを始めたいのじゃが」

「二人で一緒にってわけにはいかないのか?」

「これは、毘沙門天のトレーニングじゃ。関係の無い者は、かえって邪魔になるぞ」

「関係無くはありません!」

「祥子さん?」


 声を荒げる祥子さんも珍しい。さっきの御神籤の時もそうだったが、今まで見てきた祥子さんのイメージとは少し違った一面が見れて新鮮だ。


「関係があるとは、どういう事じゃ?」

「私は……私は……」


 私は? その先が知りたいが、無理に問い質さない方が良いような気がする。ここは黙って寿さんとの問答を見守っていよう。


「…………」

「なんじゃ。ただの駄々っ子のような娘さんじゃのう。ほっほほ、まぁ良いわい。では特別に、一緒にやってもらおうかの」

「いいのか?」

「そのかわり、場合によってはダメージを受ける事にもなるが……」

「ダメージ?」

「ほっほほ」


 この爺さん、何を考えている? トレーニングだから体を酷使する内容もありそうなのは理解できるが、祥子さんにもダメージを与えるとはどういう事だ?


「ちなみに、トレーニングの内容は何だ?」

「双六というのはどうじゃ」

「双六……?」

「はぁっ?」

「ほっほほ。正月らしいじゃろう」


 そう言って、寿さんは縁日でも売ってそうな安っぽいのお面を差し出してきた。祥子さんにはのお面。双六とお面の関連性が理解不能だ。


「付けてみるがいい」

「コレをか?」


 うーん、もうちょっとマシなのは無いの? 俺は構わないけど、祥子さんには可哀想だ。この時点で、既に精神的なダメージを受けているような気がする。あらあら……祥子さんは、何の抵抗も無くを装着しているよ。


「わぁ! 信治さんが毘沙門天になってます!」

「えっ?」


 俺も慌ててを装着した。おぉ! これは凄い!

 薄暗かったトレセンが、見た事の無い寺の風景になっている。周りは竹の生垣が連なり、部屋であるはずの中心には豪華な造りの御堂。そして、その御堂をグルリと囲うように、等間隔で飛び石が敷かれてあった。


「それは、トレーニング用のヘッドマウントディスプレイなんじゃよ」

「コレがか?」

「そうじゃ。教習所とかでも見た事あるじゃろう。初心者でも運転している雰囲気が味わえるっちゅう、あのシミュレーターみたいなもんじゃ」

「お……おぉ……」


 バーチャルリアリティってやつか。俺も一応、そういう関連の会社に勤めているから、すんなりと受け入れる事はできるが――。


「これ、寿さんが作ったのか?」

「そうじゃ。凄いじゃろう。もっと褒めてくれてもよいぞ」

「ってか、あんた神様だよな? こんなの作らなくても色々できるだろ?」

「わかっとらんなぁ。神じゃからこそ作れるんじゃ。わしらも、お前さんらの流行に合わせてやっとるんじゃよ。暇を持て余した神々の……遊びぃ。ほっほほ!」


 ちっ、うぜぇ! そのエロ仙人のようなチャラい恰好が余計にカチンとくる。

 でも、ちょっと面白そうだ。こういうゲーム感覚なトレーニングなら、途中で挫折せずに頑張れそうじゃないか。トレーニングって言うから、てっきり息も苦しくなりそうなフィジカル系の運動をイメージしていたよ――。



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