【第五話 実体化】
顔にはひょっとこのお面。手には専用のタブレット。これから双六を始めるとは思えない雰囲気だが、寿さんの開発したバーチャルリアリティの双六は、じわじわと俺の好奇心を刺激する。
「さて、ではトレーニングを始めようかの。そこに敷かれた飛び石が、双六のマス目になっておる。そして、コマはお主らじゃ。サイコロが出した目の数だけ、そこの飛び石を進んでくれれば良い」
「それだけ……って事はないよな?」
「もちろんじゃ。それぞれのマスには、ちょっとした試練が仕込んである。それをクリアせねば、先へ進むことはできぬぞ」
ですよね。「ちょっとした」とか言ってるけど、なかなか厄介なんでしょうね。
「お主らのどちらかが、先に一周してゴールすれば終了じゃ」
「わかった」
「もう一度聞こう。お主、本当に毘沙門天になる気があるのじゃな?」
「もちろんだ。そのために、ここまで来たんだ。他人に譲る気はない」
「毘沙門天の役儀とはなんじゃ?」
「寿さん他、七福神を護衛し邪鬼どもを退治する事が務めだと思っている」
「ふむ」
エイジからの受け売りだが、俺は軍神カテゴリーとしての役割を優先にして答えてみた。あながち間違いではないと思う。ついでに、寿さんはムキムキだから護る必要は無いよねと、心の中で付け足した。
「その役儀、どこまで深く理解しているか見せてもらおう」
「応っ!」
「では、レディーファーストじゃ。タブレットのサイコロをタップしてみよ」
「はい」
俺のタブレットにもサイコロの画面が現れていた。なるほど、画像をタップするとサイコロが転がってくれる仕組みか。タブレットの画面には、サイコロの他に御堂を上から見た画像が分割されて映し出されている。御堂を囲う飛び石の一つに、二つの青丸が隣り合わせで点滅していた。
「六面の賽が二つ。最大で十二マス進む事ができる」
「この青い点は、俺たちって事でいいのかな?」
「そうじゃ。差がついてしまっても、それぞれの位置が一目でわかるじゃろう」
「わかりました」
「祥子さん、デカい数を出してササっと終わらせましょう」
祥子さんがタブレットをタップした。「キュルルルルル」という回転音がトレセン内に響き渡る。寿さんが「上を見てみよ」と言うので見上げてみれば、青い空に紛れてサイコロがグルグルと回っていた。なんとも不思議な光景だが、あそこが天井なんだろうな。空の映像にサイコロの動きが重なっている。出た目は五と六だった。
「おぉ! 十一マスですよ、祥子さん幸先良いじゃないですか!」
「やった! では信治さん、お先に失礼します!」
トン、トンと、祥子さんが飛び石を踏んでいく。十一マス目に達すると、祥子さんの乗っている石が赤く光り、背丈くらいの高さに合わせて黒いスクリーンが現れた。
――
スクリーンに浮かぶ白い文字。その下に四体の像が浮かび上がる。どれも似たような風貌をしているが、それぞれ手にしているモノが違った。武器かなとも思いきや、よくよく見れば「蛇、琵琶、傘、剣」である。
須弥山は、仏教の世界観で中心にそびえる山をさす。その山の四方に住み、仏教を守護する役目を担うのが四天王だ。東の持国天、南の増長天、西の広目天、そして北を守護するのが毘沙門天なのだが――。
まずは、クイズ形式の試練か。それぞれが手にしているモノを考えさせるとは想定外だな……それに、毘沙門天の得物は宝棒じゃなかったっけ?
「祥子さん! わかりますか?」
「大丈夫です。ここで間違えたら毘沙門天様に合わせる顔がありません!」
さすがは祥子さんだ。正直言って、俺にはさっぱりわからない。軍神カテゴリーだから、単純に剣を選んでしまいそうだけど……祥子さんは何を選ぶだろう?
「これは、中国の四天王ですわね」
寿さんが、白い髭を
祥子さんは迷う事なく「傘」を持った像の前に立つ。嘘でしょ? 番傘のような風情のあるデザインだし、軍神キャラが持つモノには思えないけど……傘を持った像なんて真っ先に却下のやつだったよ。日本と中国で、四天王の姿が違うというのも初耳だ。まぁ、インドから中国を経て、複数の宗教も混ざりながら日本へ来たようなもんだからな。諸説あり過ぎて何が正解なのかわからない時もある。
――ピンポーン!
正解のチャイムが鳴り、傘を持った毘沙門天以外の像がフッと消えた。残された毘沙門天が動き出し、手に持つ傘をバサッと広げて祥子さんに差し出す。
「まぁ、いただけるのですか? 嬉しいですわ!」
祥子さんは、毘沙門天から手渡された傘をクルクルと回しながら、体を捻らせて俺の方へ向いた。いい……いいぞ、祥子さん! 何をしても眼福だ。そういえば、クイズ形式で間違えたりするとどうなるんだろう?
「寿さんよ……ちょっと聞くが、もし剣を持っているヤツとか選んだらどうなる?」
「不正解じゃ。その剣で首を刎ねられていたじゃろう」
「え? えぇぇ……」
ダメージも受ける事になるって、こういう可能性もあるのか……蛇だったら噛まれたりするんだろうな。琵琶だと……どうなるんだ? いや、でもバーチャルなトレーニングだしね。何かしらの精神的な苦痛だけだとは思うけど。
「ほれ、次はお主の番じゃ」
「信治さん! 頑張って下さい!」
「よしっ!」
俺は心の中で真言を唱えてから、タブレットをタップした。出た目は二と一……合計で三かよ。まぁ仕方がない、現実を受け止めよう。いつかは、一気に進める六六のゾロ目とか出るだろうよ。
ぶつくさ言いながらも、俺は指示に従い三つ目の石で止まった。足元の石が青く光り、前方に大きな亀の甲羅が現れる。その上の黒いスクリーンから白い文字が映し出された。またクイズかな?
――重さ二十キロの甲羅を背負う。この先、出目の数の半分しか進めない。
こ、これは……寿さんの風貌に甲羅のアイテム。そして、
もはや、ご都合主義で仕込んであるとしか言いようがないじゃないか――。
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