【第六話 看破】
祥子さんは、その後も大きな数字を出して順調に駒を進めていた。四巡目を終えたところだが、俺との差はだいぶ開いている。既に御堂の裏側まで進んでいるので、俺の立っている位置からでは全く見えなくなっていた。肝心の俺はといえば――。
――二巡目、出目は四でも半分しか進めないので二。
与えられた試練は「腕立て伏せ百回」という、お決まりの筋トレ。当然、さっきの甲羅を背負ったままである。運動不足のアラフォーには「できるわけないだろう」とクレームをつけたが、毘沙門天への覚醒を盾に言いくるめられてしまった。それならばと、せめて甲羅を背負ってるんだから、こっちも半分の五十回で「頼む!」と泣きを入れたところで和解。
――三巡目、出目は二でも半分しか進めないので一。
この時は、邪鬼が二体現れた。多聞寺で見たような可愛いタイプだったが、アレと比べると動きも早く、宝棒が触れるだけで「プチン!」と消える弱さもなかった。何ていうかこう……少しレベルアップしたような感じだね。おまけに、背負った二十キロの甲羅がガチで重い。目に見える世界はバーチャルでも、背負わされるモノが本物なんてアッパラパーだ。なんとか退治できたが、疲労感がハンパない。腕立て伏せ五十回の後だけに、もう腕を上げるのが辛くなってきている。
――四巡目、出目は五でも半分しか進めないので二。
寿さんに「四捨五入で三じゃないのかよ?」とクレームを出したが、結局「切り捨て御免じゃ」と俺の主張はバッサリと切り捨てられた。与えられた試練は、その場でスクワット三十回。いったい、何をやっているんだ俺?
「やったー! 信治さん、また十二です!」
「よし! そのままゴールまで突き抜けちゃって下さい!」
唯一の救いは、祥子さんが順調にコマを進めている事だ。懸念している試練も、今のところは危なっかしい内容が出ていない。このままゴールまでぶっちぎって欲しいものだ。俺か祥子さんのどちらかが先にゴールすれば、そこで終了だからね。
「キャー!」
「えっ? どうしました、祥子さん?」
なんて、気を抜き始めたらコレだ。この位置からでは、はるか先を進んでいる祥子さんの状況が見えない。俺はタブレットの画面をスワイプして裏画面を開いた。双六の途中で寿さんが教えてくれたんだけど、裏画面には各コマの過去ログが記載されているらしい。祥子さんの最新ログを見てみれば――。
――マーラ現る。戦うも虚しく捕らわれの身となってしまう。毘沙門天の助けを得るまで動く事ができない。
何だと? 祥子さんが捕まった?
マーラって……はーてな、どーっかで……俺はスマホを取り出して『クラリス』アプリを開き「ヤッホー、クラリス。マーラって何?」と検索した。しかし、クラリスは何も答えない。俺の声すら届いてないようだ。
「クラリス? クラリス!」
「無駄じゃよ、毘沙門天。この中は、外界との通信が遮断されておるのじゃ」
「クラリス! クラ……かわいそうに。ウィルスを仕込まれたね。寿老人め、口をきけないようにしたな!」
「そうではない。単に圏外なだけじゃ」
「……ふん」
わかってるよ、ちょっと好きなアニメのセリフを言ってみたかっただけだ――なんて、遊んでる場合ではない。祥子さんに危険が迫っている。マーラを思い出せないのがモヤモヤするが、ちょっとした中ボスキャラのイメージでいいかな。さて、この状況をどうするか?
サイコロは俺の番だ。一刻も早く祥子さんのところへ向かいたいところだが、いかんせん背中の甲羅が邪魔でしょうがない。それでも俺は、最大の目が出るように祈りながらサイコロをタップする。しかし、出た目は一と一……話にならん! こんなクソゲーは途中放棄だろ!
「……ん? 放棄か……そういえば、このトレーニングって……」
俺は、寿さんに問われた毘沙門天の役儀を思い返す。重い甲羅を背負ってバトルとか筋トレとかしたところで、本当の毘沙門天になれるとは思えない。
俺は、毘沙門天のような強さが欲しくてトレーニングしているわけじゃない。毘沙門天になるためのトレーニングをしているのだ。どんなときも、どんなときも……毘沙門天が、毘沙門天らしくあるために――。
「おい、寿さんよ。これはトレーニングだって言ったよな?」
「そうじゃが」
「俺が毘沙門天の自覚を持つ事がトレーニングの目的なんだよな?」
「あぁ、そうじゃ」
「だったら、今はこんな双六遊びなんかしてる場合じゃあないって事だよな?」
七福神の毘沙門天たる役儀。それは、七福神の護衛である。広く解釈すれば『護るに値する者を護る』事だ。当然、目の前で自分の大切な人が窮しているならば、誰であろうと真っ先に救出へ駆けつける事こそが最優先事項でしょう!
「わかったよ、寿さん。このトレーニングの本質は、心の持ちようだ」
「ふむ」
「負荷をかけた筋力トレーニングじゃない。そもそも毘沙門天の役儀とは何か……それに気付けって事だよな。違うか?」
「むぅ……その通りじゃ。よかろう、甲羅を捨てよ」
寿さんがパチンと指を鳴らして合図を送った。フッと辺りが暗くなり、さっきまで見えていた御堂や飛び石、さらには生垣の類までが消えてしまう。俺は甲羅を脱ぎ捨て、ついでにひょっとこのお面も外して辺りを見回した……薄暗いトレセンに、淡いオレンジ色のスポットライトが大きめのサークルを描いて当たっている。
「キャー! やっ! ちょっと、来ないでー!」
「……むっ、祥子さん!」
そこには、閉じた番傘を両手で握りしめ、狂ったようにブンブンと振り回すおかめのお面をした祥子さんが、スポットライトを浴びながら踊っていた――。
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