【第九話 特別なアイテム】

 福禄寿は、古代中国の道教の思想である富、幸福、寿命などを象徴的に擬人化したものと言われている。後に「南極老人星」として描かれるようになり、その風貌は寿老人にも似ていることから、しばしば同一人物として見られるようになった。


 寿老人も福禄寿も、健康長寿の神様として崇められている。しかし、この二柱を比較すると、従える動物が違っていたり、ご利益の内容を「寿命」に重きを置くか「人望」に重きを置くかで区別したりと、ところどころで細かな違いがあったりもする。


 紛らわしい二柱だが、俺の目の前で並ぶ二老人に関して言うならば、顔が白い方が寿老人、墨で顔を黒く塗った方が福禄寿という事で容易に区別がついた。


「久しぶりじゃのう、寿老人よ」

「何を言うておる。正月に老人会の集まりで五目並べをしたばっかりじゃろう」

「はて? そうじゃったかの?」

「ボケるには、まだ早いぞ。ほれ、鬼が増えちょるぞい」

「ほっほほ」

「…………」


 祥子さんの血で象られた五芒星から、新たな鬼たちが現れた。俺は爺さんらの会話を逸早く無視して、迫り来る鬼たちに立ち向かう。しかし、俺の動きよりも早く、黒い霧のようなものが鬼たちを包み込んで、その動きを続々と封じた……臭い! この霧、なんだか臭いぞ。


 臭いの元は、黒い寿さんの口から吹き出される黒い霧だった。黒いのは顔に塗った墨のせいだろうか? しかし、臭いのは墨とは関係無さそうだけど……もしかしたら口臭か? 昔CMで「おじいちゃん、お口くさーい!」っていうのがあったのを思い出した。白い寿さんは何事も無いような涼しい顔をしているが、鬼たちや祥子さんの表情は苦しそうだった。


「ほれっ、チャンスじゃ。奴らの動きが止まっているうちに叩け!」

「おうっ!」


 俺と白い寿さんは、動きの止まった鬼たちを「ボン! ボン!」と消していく。後から黒い寿さんも攻撃に加わったことで次々と鬼たちはいなくなり、トレセン内は再び俺と二人の寿さん、そしてマーラが憑依した祥子さんだけとなった。


「マーラよ、観念せい。もう、勝ち目も逃げ場も無いぞ」

「くっ! まだよ、まだ終わってないんだから!」


 フッと消える祥子さん。また俺の頭上に跳んだかなと見上げてみるも、そこには誰もいなかった。「やぁ!」という威勢の良い祥子さんの声に釣られて横を見れば、白い寿さんが祥子さんの爪から逃れようと右に左に避けている。


 二人の動きを見ていたら、黒い寿さんが俺の腕を引っ張って「下がれ」と目で訴えてきた。俺はそれに合わせて数歩下がり、黒い寿さんの言葉を待った。


「お主、宝塔はどうした?」

「宝塔?」

「そうじゃ。どうせ、宝棒で叩くことなんぞできんのじゃろう? アレは魔を封じ込める特別なアイテムじゃ。もちろん、マーラにも効くぞ。」


 宝塔……宝塔……宝棒じゃなくて? 俺は脳内をフル回転させて、毘沙門天の全容を思い出そうとする。宝棒を手にして仁王立ちする姿は容易に浮かぶけど、宝塔なんて持ってたっけな?


「宝塔も知らんのか?」

「いや、ちょっと待ってくれ、形が思い出せないんだよ」

「こういうの持っとるじゃろ」


 と、黒い寿さんが指でピッと空を突く。すると、そこに小さなモニターが現れ、小さな建物を左手に乗っけた毘沙門天が映し出された。


「あ、あー! あった! 確かにあった! でも、どうやって出せば?」

「簡単なことじゃ、真言で出せばよい」

「え? でも、今まで出た事がないけど……」

「宝塔をイメージしてないからじゃ。この映像にあるような形を、お主の脳内でもイメージさせながら真言を唱えてみよ。出てくるはずじゃ」


 宝棒の時も別に意識してないけど……って罰当たり的な発言は一旦控えておく。今は祥子さんの危機を救うべく、自分がやれる事を全力でやる時だ! 俺は「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ」と、宝塔の形を左手の上に意識しながら改めて真言を唱えた。すると、言われた通り「ブオォォン!」という音と共に宝塔が現れる。


「出た……」

「じゃろう。その屋根の部分が蓋になっておる。わしと寿老人で、あの娘の体内からマーラを切り離すから、奴の姿が見えたら蓋を開けて念じてみよ」

「念じる?」

「そうじゃ。幽体となった邪気を、この中に吸いとるイメージをするのじゃ。掃除機を使うような感じでのう」


 なんか懐かしいなぁ。掃除機を背負って幽霊退治してた映画があったよね……あんな感じでいいのかな? これは背負う必要もなく、コンパクトで便利だけど。


「どうやって、祥子さんからマーラを引っ張りだすんだ?」

「それは、お主が考える事ではない。わしらに任せてもらおう」

「でも、あんまり痛い目に遭わせるのは……ちょっと見たくないというか……」

「ふんっ、わしを誰じゃと思うとる? 健康を司る神には、どんな傷をも治す力あるんじゃよ。たとえ死んでも生き返らせてやるわい」


 ちょっと待て……死なせるほど派手にやるのか? それに、毘沙門天の俺がガチバトルに参戦しないで、ただ宝塔を使うタイミングを待つだけなんて歯痒いだけじゃないか。見習いの身分って辛いな……なんだか、入社したての頃を思い出したよ。


「では、あとは任せたぞ」

「あ、寿さん……」

「なんじゃ?」

「いや、何でもない。よろしく頼む」


 壮絶な戦いの前に「死ぬなよ」と賢者のような目をして見送ってみたかったが、二人の寿さんからは死のイメージが全く浮かんでこなかったので、そっと胸の中にしまう事にした――。



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