【第八話 助っ人】
祥子さんに憑依した魔神マーラ。寿さんは「追い出せ」と言っているが、その方法がわからない。叩けばホコリが出るようにマーラも抜け出てくれるのか、何かしらの呪文で祓うのか、それとも……キスか? 毘沙門天のキスで目覚めるのか?
「ねぇ……来ないの?」
「くっ! 祥子さん……じゃねぇ、マーラ! 祥子さんに触るな!」
「あらぁ、あなたが来ないから……寂しくて、つい手が……」
「うぉいっ!」
「やめぃ、毘沙門天! 挑発に乗るでない!」
「あなたが来ないなら、私の方から攻めようかしら?」
言うが早いか、祥子さんがフッと消えた。寿さんの「上じゃ!」という声に反応して見上げるが、既に祥子さんの爪は俺の額を貫こうと――。
「おわっ!」
「反応が鈍いのぅ。もうちっと素早く動けんかの?」
間一髪。寿さんが引っ張ってくれたおかげで、俺は祥子さんの爪から辛うじて逃れた。アラフォーに素早さを求めちゃダメだぜ、寿さんよ!
「まずは、毘沙門天に変化するのじゃ。そのままではマーラの好き放題じゃぞ」
「う、わっ……おぅ!」
さらに寿さんは、引っ張った力を利用して俺をブン回す。祥子さんの繰り出す第二波が襲いかかっていたようだ。助けてくれるのはありがたいけど、もうちょっと優しくして欲しい……。
「ほれっ、わしがマーラの相手をしておる内に!」
「お、おぅっ!」
「邪魔しないで、寿老人!」
祥子さんの攻撃対象が変わった。今度は、右手の鋭い五本の爪が寿さんを襲う。後ろにステップを踏んで避けるも、逆手の爪が逃さない。寿さんは右腕に力を込めてそれを受け止めた。鍛えられたムキムキの腕を持ってしても、祥子さんの鋭い爪は容赦なくズブっと皮膚に食い込むって……その爪、なんであんなヤバいの? もはや人の爪じゃない。
「ぐっ!」
「ふふふ、痛いでしょ? お願いだから邪魔しないで、ねっ?」
「オン・バザラ・ユセイ・ソワカ!」
寿さんが真言を唱えた。さらにムキムキの腕が太くなったような気がする。祥子さんの表情に焦りの色が見えるが、どうしたんだろう? 突き刺した爪を抜こうとしているようだけど――。
「何よコレ? 抜けないじゃない!」
「ほれ、毘沙門天! 何をしておる! 身動きできない間に宝棒で叩かんか!」
「お、おぉ……オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ!」
俺の唱えた真言に呼応して「ブオォォン!」と宝棒が現れる。よしっ! これで一発お見舞いを……って、本当に祥子さんを叩かなきゃダメかな?
「ずるいわよ! 二人がかりなんて!」
「早くせいっ……ぐわっ!」
空いていた祥子さんの右手が、寿さんの顔を襲う。集中が切れたせいか、刺さっていた爪も抜けてしまった。おまけとばかりに放った祥子さんのローキックが、寿さんを跪かせる。
「んもぅ、こうなったら私もペットを呼んじゃうから」
体勢を整えた祥子さんが、鋭い爪を使って自らの首筋を軽く引き裂く。柔らかそうな白い肌からピュッと鮮血が迸った。ああぁぁぁ……マーラのやつ、何てことをしてくれてんだよ。血のついた爪で空中に星まで描いてるじゃないか。確か五芒星ってやつだったかな? なんか嫌な予感がする。
「出てらっしゃい! 可愛い鬼たちよ!」
五芒星が赤く光り、その中心から黒い霧が噴き出した。それと共に真っ黒な粒が飛び出し、次第に大きくなりながら人の形を成していく。しかし、見た目は人でも顔は人に非ず……鬼だ! 大国寺で遭遇した鬼に似ているじゃないか。その数は十を超えていた。鬼たちは間髪入れずに、素早い動きで俺と寿さんに襲い掛かってくる。
「うげっ! あいつらかよ!」
「臆するな。気持ちで負けとるからダメなんじゃ」
寿さんが手本を見せるかのように、俺の前で鬼たちに手刀をお見舞いしていく。うん、首か。首のあたりにダメージを与えれば、「ボンっ!」と消えてくれるみたいだぞ。俺も宝棒を使って、迫り来る鬼の首を薙いでみた。
――ボンっ!
よし! いける!
毘沙門天に変化したせいか動きも軽い。あの甲羅で修行した効果も出ているのだろうか? いや、そんな即効性があるとは思えない。これは俺様の才能だ! それにしても数が多いな……俺と寿さんだけでは、いつかへばってしまいそうだ。
「寿さんよ、こっちも仲間とか呼べねーのか? 大黒天とかよ!」
「あやつは、明日から店の新春セールが始まるとかで準備があるそうじゃ」
「あぁん? 何だそりゃ? 役儀はどうした? 役儀はよ!」
「そう、喚くでない。別の仲間を呼び出してやるから、少しわしの前で盾となってくれい!」
「わかった! 早くしてくれよ!」
俺は宝棒をグルグルと回しながら、寿さんの前に立ちはだかり、鬼たちの攻撃をまとめて受け止める。脳内で理想的な動きをイメージして、それをトレースするかのように体と宝棒を動かした。いいぞ! 理想通りの動きで、鬼たちがバッタバッタと消えていく。
「やるじゃない、さすがは毘沙門天。ならば、これはどうかしら?」
祥子さんの爪が、再び五芒星を描き始めた。まずいな……また、ワラワラと巣穴から湧き出る蟻の大群みたいに新手が出てきそうだぞ。寿さん、そろそろ頼むよ!
そうこうしている内に、寿さんがパチンと指を鳴らして何かの合図を送った。すると、再びフッと辺りが暗くなる。よく見えてないが、祥子さんの召喚騒ぎも突然の出来事で動きが止まっているようだ。そして、フェイドインするかのように「パラリララ、パッパラリララ」と軽快なトランペットの音が鳴り始める。あれ? なんか聴いた事のある曲だぞ。
「寿さん、これは………」
「うむ」
飛び飛びで音階を下げるように「プァー、プァー、プァー、プァー」とトランペットが吹き鳴らされる部分で、俺はすっかり曲名を思い出していた。まだ辺りは暗いままで、誰かが登場してくる気配は無い。
――『いなせだね 夏を連れて来た
暗い空間にスポットライトのようなものが、一瞬だけピカッと光る。
普通なら『めっ!』のタイミングで、誰かが登場しそうだが、まさかの焦らし。
――『涼しげな 目もと流し目アイアイアイ 粋な
再びスポットライトが『めっ!』のタイミングで光った。今度は誰かがいる。なんと『めっ!』の決めポーズまでしている。曲がフェイドアウトすると同時に、再びトレセン内は明るくなり、仲間とやらの風貌もはっきりと見えてきたのだが――。
「おい……お前らフザけてるのか?」
目の前に登場した仲間とやらは、もう一人の寿さんだった。頭が少し長くて白い髭を生やし……ムキムキの肩に白のタンクトップとデカくて丸いサングラスをかけている。しかし、一つだけ違いがあった。顔が黒いのだ。肌の色ではなく、顔の部分だけ墨を塗ったような化粧をしているのだ。すっげぇ中途半端! どうせなら、その禿げ上がった頭部の方まで黒くすればいいのに。
「わしは南極星の化身である。福禄寿じゃ。寿さんと呼んでくれ」
「…………」
なんだかなぁ……どっちも「寿さん」って呼ぶのが嫌になってきたよ――。
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