第四章 元奥さまは弁財天☆
【幕間】
どれくらい考え事をしていただろう。いつの間にか、車窓を流れる景色が海から住宅街へと変わっていた。「もうすぐ着きますよ。嬢」と、じぃじの穏やかな声が聞こえてくる。じぃじの運転は、子供の頃から好きだった。私の心を落ち着かせ、時にはどっぷりと思考に浸れる時間を提供してくれる。静かで優しいハンドル捌きが、そうさせているのだろうなって思う。
「にしても……本当にやるのですかな? ここにきて、大幅な予定変更というのは、ちと心配なところもあるんじゃがのぅ」
「あら、じぃじも納得してくれたじゃない。ノブくんのポテンシャルなら、たぶん問題ないだろうって」
「そうじゃが……しかしのぅ」
「大丈夫よ。私に任せておけば間違いないから」
じぃじの運転する車は、大国寺方面へと向かっていた。大黒天の大国さんが持っている古いハプティを回収し、合わせて寿満寺での進捗状況と変更した新プランを告げに行くところだった。
「変更をかけた新しいハプティは、大黒天にやってもらいますかな?」
「うーん、どうしようかしらね。私がノブくんに直接取り付けてもいいんだけど」
「いくらなんでも、それは無理があるじゃろう」
「そうよねぇ。大国寺の時のように、また彼女にお願いしようかしら」
「それが良いかもしれませぬな。さぁ、着きましたぞ」
じぃじはエンジンを切らずに車を降りた。ドアを開けた瞬間、乾いた重低音がドロドロと車内へ入ってくる。私は車に詳しくないけれど、じぃじは『ハマー』という車に乗っていた。アメリカで作られた大きな大きな車。車体からフロント以外のガラスまで真っ黒に塗られたその姿は、ちょっとした装甲車にも見える。車体の防弾仕様から車内の防音仕様まで、色々な部分にじぃじの愛情が詰まっていた。じぃじが丁寧に助手席のドアを開けてくれる。
「よいしょっと! ふぅ、この席から飛び降りる感覚が気持ちいいわね」
「嬢も、この車の良さがわかってくれて……わしも嬉しいですぞ」
「それでも、最初の頃は怖かったのよ。うふふ」
「これはこれは……さぁ、こちらも忘れずに持っていきなされ」
じぃじは後部座席のドアを開き、大きな紙袋を取り出して私に渡してくれた。その中には、大国さんへ渡すちょっとしたお土産が入っている。私はじぃじにお礼を言って、コートの胸ポケットに入れてたフレームの大きいサングラスを取り出し、視線の先にある金券&ブランドショップ『大国屋』へと歩を進めた――。
「おやおや、珍しいお客さんがご来店じゃないか」
「忙しそうね。ちょっと時間あるかしら?」
「今ちょうど買取のお客さんが帰ったとこですよ。さぁ、新しいお客さんが来ないうちに、そこへかけてくれ」
大国さんは買取カウンターの方へ指差して、買い取ったばかりだというブランド物のバッグを持って奥の部屋へと消えていった。店内は大国さんの他に、女性のスタッフが三人いる。彼女たちは、主に販売の方で接客をしているようね。普段は大国さん一人で店番をしていると前に言っていたけれど、さすがにお正月の期間はそうもいかないみたい。
「お嬢様の口に合うかはわからないが、俺の好きなマサラチャイだ」
「ありがとう、いただくわ。臨時で三人も雇えるなんて、繁盛してるじゃない。今は何が売れ筋なのかしら?」
「いやいや、売れちゃあいませんよ。まぁ、目玉商品として赤字覚悟で出したもんは売り切れちまいましたけどね。この正月ってやつは、売るよりも買い取る方が盛り上がるんですわ」
「あら、面白いわね。どうしてかしら?」
「ほら、アレですよ。福袋ってやつ! 買うだけ買って、袋を開けたら要らないもんとか出てくるでしょう。そういうのを、この店に売りにくるお客さんがグンと増えるんですよ。要らないもんだから、多少ケチつけた査定額でも納得してくれるし、こちらとしちゃあ市場とかで仕入れるよりもコスパがいい」
「へぇー、上手く回ってるものなのね」
私は、サングラスを外して店内を見回した。スタッフの女の子が、レジ横にあるガラスケースの中へ買い取ったばかりの財布とボストンバッグを並べている。ケースの上には『新入荷コーナー』という派手なポップが天上から吊るされていた。
「お目当てはコレかい? 今日の閉店後にでも持って行こうかと思ってたところだ」
「えぇ、それもあるけど。今後の予定を変えたから、直接あなたへ伝えに来たのよ」
「変更だって? あの二人になんかあったのかい?」
私は大国さんからハプティを受け取り、寿満寺で起こった事の報告と今後の変更プランを告げた。もちろん、ノブくんたちに何かがあったわけではない事も加えて。
「おいおい、大丈夫ですかい? あんたがやるって……」
「その方が面白いでしょう。それから、恵比寿天と布袋尊は別々の場所でやってもらう予定だったけど、ここも一緒にまとめてみようかと思うわ。ノブくんの成長も、私たちが思っていたより早いようだし」
「とは言ってもなぁ……寿さんたちも、よくオーケーを出したんもんだ」
「ふふふ、大丈夫よ。私に任せておけば間違いないから」
「何だかよくわからんが、とにかくすごい自信だなぁ」
「じゃ、お願いね。もっと詳しい内容は、じぃじの方からメールで送るようにするから。それと……変更のお詫びじゃないけど、コレ良かったら売り上げの足しにしてちょうだい。このお店に似合いそうなものを選んできたつもりだわ」
私は、持参してきた大きな紙袋を買取カウンターの上に置いた。中には、今まで私が使っていたバッグや財布などが数点入っている。
「おいっ、これ高いやつじゃないかよ! しかもこのバッグ、受注生産の限定じゃなかったかい? この時計だって、ダイヤモンド入ってるやつじゃないか。これだけで高い新車が買えるぜ。まだ他にも……あんた、いくつ持ってきたんだよ? こんなに持ってきてくれたのは嬉しいが、ウチじゃあ全部を買い取る余裕はありまへんがな」
「どうして最後だけ関西弁なのよ? お金なんていらないわ。もう使わないものだから、遠慮なく受け取ってちょうだい。じゃ、宜しく頼むわね」
私のように大きな袋を抱えた女性が入店してきたのが見えたので、私はスッと席を立ち買取カウンターから離れた。大国さんは、まだ何か言いたそうな顔をしていたけれど、きっと紙袋の中身の事だろうから黙ってサングラスをかけ直す。店の自動ドアを抜けようとした時に「ありがとうございました!」と、大国さんの大きな声が聞こえてきた。
これでよしっと! さぁ、次は弁財天の私が出番よ。ノブくん、待っててね――。
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