【第十二話 ラッキーは続くのかしらん?】
――今日は、ゲストにシンガーソングライターのメイコさんをお招きしました。メイコさん! あけましておめでとうございます! そして、ニューシングル『あんたら、清美・はっさく・マーコットなんやね』のリリースも……ふふ、おめでとうございます。なんとも……ふふふ、面白いタイトルですね。曲を聴く前から何だろう、どういう事なんだろうって興味が湧い――
本来なら、俺もここで「なんつー曲のタイトルなんでしょうね」とか言って、祥子さんとスマイルを重ねながら運転しているはずなのだが、今は笑い事ではない。俺たちが乗っている車が暴走を始めた。故障とも言い換える事ができるが、車は止まる事なく走り続けている。今はブレーキもアクセルも思い通りに機能せず、強制的にドアロックまでされている。
「信治さん、前っ!」
「たのむっ!」
ゆるい左カーブが迫っていたのはわかっていたが、緩める事を禁じられたスピードで曲げるには限界があった。センターラインからはみ出て対向車線まで越えてしまうも、なんとかタイヤを鳴らしながら元の走行車線へ戻す。信号も少なく視界良好な海岸沿いの道路でラッキーだった。
「なんだよ……今ので変になったか?」
「えっ?」
「ハンドルまで重くなってきやがった……」
俺の力では大きく左右に振れないほど重くなっている。こんな故障って、本当にあるものなのか? コンピュータ制御の比率が高くなっている現代の車は、こういう可能性があるから好きになれないんだよ。何でも自分でパーツの交換やチューニングができた方が、どんなに安心感を得られる事か……いっそのこと、マニュアル車でレンタルすれば良かった。
「きゃっ!」
「うーぅ、ラッキー。空っぽだったか……」
あれこれ考えている間にも、車は道路に転がっていた空の段ボールを轢いて突き進む。中身が入ってたらヤバかったな。なんて、ホッとしている場合ではない。この状況をどうにかしなくては――。
「オン・ベイシラ・ マンダヤ・ソワカ!」
「…………」
「ダメかよ……」
何かしらの毘沙門天パワーで車も思い通りになるかなと真言を唱えてみたが、これといって何の反応も無い。こういう時に、訓練の成果が出てくれないと困るんだけどなぁ。ブレーキもアクセルもダメ。ハンドルもダメ。俺は両手を離して万歳するしかなかった。それでも、車は勝手に走行している。
「信治さん……私たち……」
「大丈夫です。祥子さんを死なせはしない。たとえ、俺が死んだとしても……」
「信治さん……」
祥子さん、感動してくれましたか? ここで俺は男になりますよ。無事に生還したら期待してもいいですか? あれやらこれやら……今夜は離さないぜ!
と、気合を入れたものの、今の状況では何の打開策も浮かばない。勝手に走行している車の様子を見つつ、対向車や歩行者が現れない事を祈るしかなかった。さて、マジでどうしよう……あぁぁ、マズイぞ――。
「くそっ! ラッキーは続かないか!」
「あ……」
前方から大型のトラックが現れた。まだ小粒に見える距離だが、見通しが良過ぎるせいで、この先の展開も容易に想像ができる。数秒後には緩い左カーブだ……車線に合わせて曲がる事ができなければ、トラックとの衝突は避けられない。俺は意を決して、シートベルトを外し運転席から離れた。
「の、信治さん?」
「どうせ制御がきかないんだ。ここに俺が座ってても意味がないでしょう」
「ちょっ! 信治さん、いけません!」
俺は助手席のシートへ移動し、祥子さんを包むような体勢で覆い被さった。こんな事をしても結果は目に見えているが、祥子さんを護ろうという姿勢だけは貫いておきたい。
「祥子さん!」
「い、いやっ! こんなところで!」
祥子さん、違うんだ! 護ろうとしているんだよ。後生だからと抱きついてキスを迫ったりしているわけではないんだ! わかってくださーい!
「オン・ベイシラ・ マンダヤ・ソワカ!」
「だめええぇぇぇぇぇ!」
祥子さんの悲鳴を無視して、俺は両腕と腹にグッと力を込めた。トラックに背中を向けている体勢なので距離感などは不明だったが、そろそろ衝突の瞬間がやってくるだろう。ここにきて誤解を招く事になろうとは思いもよらなかったけど、俺なりの誠意は見せたつもりだ。悔いはない……さぁ、かかって――え?
フワリと俺の体が浮いた。何がなんだか理解できないまま、俺は祥子さんから引き剥がされるように運転席へと戻される。ドアにぶつかるかと思いきや、ガチャリとドアまで開いたではないか! 勢いそのままに、俺は車から放り出されるような形で、もんどりを打って倒れた。
「いってぇ……どうなってんだ?」
視線の先には、暴走していた車が運転席のドアを開けたままで止まっていた。いきなりの急停止とか……どうなってんだよ。死なずには済んだが、ドアが開いたせいで反対車線まで飛ばされちまったじゃないか。
――パアァン! パアアアァァァァァン!
ぐはっ! そうだよね。そうなるよね。反対車線まで投げ出されちまってるってことは、そういうことだよね。そして、このクラクションは俺に向かって発せられているわけだよね。邪魔なんだよ、早くどけってトラックも焦ってるんだろ? でも、突然の事で体が動かないんだよ。どうする俺? このままトラックに轢かれて異世界転生か? あの話は本当だったのかよ! 打出の小槌に願い事を込めて振れば叶うってよぅ! そうさ、別に憧れていたわけじゃないが、祥子さんの旦那さんが小槌を振って異世界に行けたなんて話を聞いたら、ちょっぴり興味だって湧いてくるだろ? だから、祥子さんがトイレに行って、エイジがちょいと席を外した隙に、目の前にあった小槌を振ってみたのさ。まさかな……って思うだろ? 本当なわけないじゃんって思うだろ? その『ま・さ・か』が、今この場で現実となる時がきてるんだよ! わあぁぁ、ゴメンなさい! 出来心です! どうか俺を異世界になんて転生させないでくれ! 腰が抜けて動けません! ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!
――キイイイィィィィィィ! プシュゥゥゥ。
異世界という名の終着駅に着いた音なのか? 遠くで「バカ野郎、コラ、死にてぇのかオマエ!」って声が聞こえる。まだ異世界ではない、現実の世界だ。あぁ、どうやら俺はトラックに轢かれないで済んだようだ。擦れたタイヤの焦げ臭さが、俺の鼻を刺激する。ゆっくりと目を開ければ、目の前で銀色に光り輝くトラックのフロントリップが俺の泣きっ面を映していた。
「……さん! 信治さん!」
祥子さんが慌てた様子で、俺の元へと駆け寄ってきた。両手で俺の肩を大きく揺さぶりながら「信治さん!」と連呼している。
「祥……子さん……大丈夫。お、俺は……死にましぇ……ん」
祥子さん、大丈夫だよ……そんなに激しく揺すったら、本当に意識が落ちてしまいそうだから勘弁してくれ――。
【第三章 教えて寿さん☆――了】
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