【第十一話 上の空】
――あけましておめでとうございます! さぁ、今年も始まりました、夕方のドライブに眠気を吹き飛ばす『ドライブ・ライン』! 本年も、宜しくお願いします。お届けするのは、わたくし……丹野れい子です。みなさん、年末年始はいかが――。
車のラジオから軽快な音楽と共に、俺のお気に入りの声が流れ出した。丹野れい子さん、タンちゃんの愛称で親しまれている女優さんだ。選ばれし女性だけが入団できる歌劇団の元トップスターで、引退後は女優としてドラマやCMに登場している。俺と同い年で、この世代の女優陣を比較すれば一番メディアに登場しているんじゃないかと思っている。まぁ、俺なりの贔屓目が入っているのは否めないが、人気女優である事は間違いない。ちょっとだけボリュームを上げちゃおうかな……いや、今日は祥子さんが助手席に座っているから自重しよう。祥子さん、この人の事は知ってるだろうか?
「信治さん」
「しょ……あ、はい!」
「あ、すみません。信治さんからどうぞ」
「いえいえ、祥子さんからどうぞ。どうしました?」
同じタイミングで話しかけようとした事に運命を感じる。毘沙門天と祥子さんは一心同体なんだ……昔から、今も、そしてこれからも。
「あの、ありがとうございました。私、覚えてないのですが……その……悪魔に憑りつかれていた私を助けてくれたとか……」
宝塔にマーラを封じ込めた後の事は、正直言うと俺も詳しい事がわからない。封印後、フッとトレセンの照明が暗くなったと同時に、俺自身も緊張の糸が切れたと言えばいいのか……意識を失って、その場で倒れてしまったのだ。
しかし、寿老人なのか福禄寿なのかは不明だが、寿さんの持つ治癒の能力で、目覚めると俺も祥子さんも寿満寺へ来る前の無傷な状態に戻っていたのである。
寿さん、マジ神!
俺の方は特に大きなキズとかダメージを受けずに、ただ気を失っていただけなんだけど、祥子さんの方は寿さんたちとガチンコでバトルしたから傷だらけで、それはそれはダメージも大きかったのだ。
それなのに、小一時間くらい治療室っぽい個室で寝ていたらスッキリ爽快! 酷い状態だった祥子さんの姿も一変し、首筋にあった引っ掻き傷も、寿さんに殴られた痣とかも消えて、さらに美しくバージョンアップしたのではないかと思うほどに全快していた。切り刻まれた洋服に関しては修復不可能という事で、今は寿さんに用意してもらったものを着ている。タンクトップではないぞ! つまらない話だが、フツーのオレンジ色したスウェットの上下だ。背中に『寿』という印章のようなロゴマークが入っているけれど。
「大事な人を守る。それが毘沙門天の務めです」
「まぁ! 信治さんったら、頼もしいですわ!」
本当は頼もしい事なんてロクにしてない。でも、ここは知らない事情を大いに利用させてもらう。祥子さんの熱い視線と信頼は、なるべく独り占めにしたい。
「信治さんは、何を言おうとしていたのですか?」
「あ、いや……俺はぁ、その……」
このタイミングで「丹野れい子を知っているか? 俺のお気に入りなんだ」って話を振るのはダメだろう。何か別の話題に変えなければ――。
「今回は、二つの人形が手に入りましたね。
「そうですね。でも、あそこの梅を見たかったですわ」
「まだ、満開ではないでしょうから、日を改めて一緒に行きましょうか」
「まぁ! 満開の時に連れてってくれるのですか? 嬉しい!」
目覚めた時には、もう白い寿さんしかいなかった。黒い寿さんの方は、自分の寺である寿花園まで帰ったらしい。今回のトレーニングの成果と言えばいいのか、マーラ騒動のお詫びの意味を込めてなのか……寿さんは、寿老人の木彫り人形だけでなく、寿花園で受け取る予定だった福禄寿の分まで手渡してくれた。
「ともかく、これで折り返し地点ですね。毘沙門天の木彫りの在り処もわかった事だし、それは改めて俺が取りに行ってきますよ」
「よろしいのですか? お手数をおかけしますが、宜しくお願いします」
「いいですよ。家から近いし、住職も知り合いなので、これからは何度か毘沙門堂の中に入らせてもらえるよう話をしておきます」
二老人の木彫り人形を受け取る際、俺は寿さんに毘沙門天の人形の在り処も尋ねていた。寿さん曰く、多聞寺の毘沙門堂へ行ってみるがよいとの事で……毘沙門堂の中に七福神を飾り立てる宝船があり、そこに毘沙門天の人形がポツンと見本の如く置かれているらしい。その宝船に、残りの六体の人形を置くのじゃ、とも言っていた。多聞寺は武田家の菩提寺でもあるし、住職にちょっとお願いすれば自由に出入りさせてくれるだろうと安易に考えている。
――えぇ? 何これ! かわいぃぃぃ!
ラジオからタンちゃんの萌えた声が流れてくる。この「かわいぃぃぃ!」の言い方に聞き覚えがあった。やはり似ている……祥子さんって、タンちゃんに似てるんだよな。初めて会った時は誰かに似てるなぁという感じだったけど、昨夜から色々と祥子さんの妄想をしていたらタンちゃんに辿りつたんだよね。もちろん、祥子さんはタンちゃんではない。造形は似ているが、所々で違う部分がある。髪型はもちろん、タンちゃんのトレードマークである泣き黒子も無ければ声の感じも違う。それに、このラジオは生放送だ。
どうしよう? 「似てるって言われたことありますか?」って言ってみるか? でも、女性って誰かに似てるとか比較されるのを嫌う傾向があると、ネットの恋愛指南術サイトで見た事がある。言わない方が得策かもしれ……あれ? おい、マジかよ。
「…………」
「信治さん?」
「なんか、変だぞ……ブレーキが効かない」
「えっ?」
ブレーキペダルを踏んでも反応が無い。強めに踏んでもスピードは落ちなかった。おまけに、アクセルのペダルまでおかしい……勝手にグググと少しずつ踏まれてる状態になっていくじゃないか。これ、ヤバくない?
俺は祥子さんの方をチラっと見た。シートベルトはしているようなので一安心だけど……下手したら、二人とも無事では済まない。その曇った表情を晴らしてあげたいところなのだが、なんとドアロックまで「ガチャン! ガチャン!」と勝手に作動しやがった。
チョベリバ! 冗談はよしこちゃんだけにしてくれ――。
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