☆ バルコ・デル・テソーロ号にて(一月六日) ☆

【第一話 飛び入り参加】

 ―― 『波止場より 先は荒れるか 冬の海』


 冬の海は、荒れ果てて寂しいイメージがつきまとう。ここから見える遠くの空は灰色で、水平線から強く吹き寄せる風が少し痛かった。しかし、埠頭の周りは波も静かで居心地が良い。防波堤の先で長閑に釣りをしている姿も小さく見えた。


 ここは宝船島の最南端、貴船市にある小さな漁港で、南側にあちこちと点在する小さな島々を繋ぐ連絡船の発着地でもあった。俺たちが目指す海宮神社への連絡ルートも、その中の一つに入っている。杏奈の依頼を受けて、これからシャークロプスとかいう悪者を退治しに向かう予定だ。ここを出れば難航の旅となるのか? その実感を得るには出航してみないとわからない。


 波止場のビットに右足を乗せて、マドロスポーズを決めている俺。動きやすい服装で来いと言われたから、厚手の長袖シャツにジーンズという出で立ちで来ている。海を渡るので、防水加工の軽量ダウンジャケットも着てきたが、このポーズを決めている時はジャケットを脱いで肩に担ぐのがTPOというものだろう。寒くない……といえば嘘になる。だが、待ち人が登場するまでは、このイカした姿を晒しておくのが男ってもんだ。浮かんだ一句は、後で船に乗ってからでもメモすれば良い。


「よぉ、シンジ。寒そうだな」

「なんだ、エイジかよ」

「なんだはないだろう。他に誰か来る予定だったっけか?」


 俺はポーズを崩して、渋々とダウンジャケットを着直した。エイジの他に誰か来る予定? あるに決まってるだろう。だから俺は寒い思いをしてまでだな――。


「あっ、信治さん。そして、大国さん。おはようございます!」

「おぉ? あんたも船に乗るのかい? 聞いてなかったぞ、シンジ」

「昨夜、寝る前に誘ってみたんだ。一緒にどうかなと思ってね。」

「今日は、よろしくお願いします!」


 俺とエイジの前で深々とお辞儀しているのは祥子さんだった。おぉ! そのダウンジャケットは俺と同じメーカーのやつじゃないか。ジャケットの色は違うけれど、ボトムは同じようなジーンズだし、ちょっとしたペアルックに見えて良い感じだ。こういうところで奇遇の一致を得られると、改めて俺と祥子さんの間には強烈な縁があるなと思えてくる。


 祥子さんは少し体調を崩していたので、回復するまでは行動を共にするのを控えた方がいいかなとも思っていた……が、昨日の夜に様子うかがいで電話してみたら「だいぶ良くなった」と返ってきたもんだから、今回の渡航を誘ってみたんだよね。毘沙門天の覚醒を目指すためにメインで動いてるのは俺でもさぁ、やっぱり七福神の人形を集めるきっかけをくれたのは祥子さんじゃないか。たとえ断られたとしても、一応は誘わないとバチが当たるってもんだよ。


 エイジが俺の袖を引いて「大丈夫か? 足手まといになりゃしないかね?」と囁いてくるが、もう誘ってしまったんだから腹を括ってもらおう。俺は無言で左手の親指を立て「何かあったら俺が守る」と嘯いた。


 そこにもう一人、真っ黒な艦長コートを着た白髭の男が俺たちの前に現れた。やや丸みのある体躯で、おっとりとした印象を与えるが、金の縁取りが施された白い艦長帽の下では鋭い眼光を放っている。男は俺たちを一瞥し、徐に小型の四角いマイクを取り出して白髭にそっと当てた。


「あー、おはよぅーございますぅ。本日はー、バルコ・デル・テソーロ号へご搭乗いただきましてぇ、まーことにぃ、ありがとうぉ、ございますぅ。あー、ご案内を務めさせていただきますのはぁ、あー、袋田ぁ、袋田ぁ十三男とぉ、申しますぅ」


 艦長コートの胸に貼られたワッペン部分から、袋田と名乗った男の声がハウリング音と共に流れ出る。そこに拡声器でも仕込んであるんだろう。もうちょっと艦長らしい威厳のある声色をイメージしていたが、意外なハイトーンボイスに面食らった。駅のホームで聞いたことのあるような「あー、まもなくぅ」とか「ダァシアリマス(ドア閉まります)」みたいなイメージがピッタリだ。


「なに格好つけてんだよトミー。久しぶりだな、元気そうじゃないか」

「いやぁ、新しい毘沙門天と会うから正装で出迎えにきたのだよ。ふふふのふ」

「トミー? エイジ、この人は?」

「あぁ、紹介するよ。今日たちが乗る船の船長だ」

「船長ではない。艦長と呼びたまえ」


 トミーと呼ばれた男は「名前が十三男とみおなんでね」と付け加え、コートの襟を正してから胸を張って改めて自己紹介した。その無駄にフサフサな白い髭は……フェイクだろうか。ちょっと触ってみたくなったので手を伸ばしてみたのだが、トミーはスっと横に動いて俺の手から逃れた。うん、間違いない。フェイクだ……そして、そのナリは宇宙戦艦の名作アニメで登場したのコスプレだな。だいぶクセの強い男だが、こいつの所有する船に乗って大丈夫なのだろうか?


「トミー艦長さまは、おいらたちの仲間だ。布袋尊だよ」

「え? ほて……」

「まぁ、そうでしたか。よろしくお願いいたします」


 トミーは艦長帽を取って「噂は聞いているよ」と、握手を求めてきた。どんな噂なのかは気になるけれど、俺が毘沙門天の継承者であることに異論は無さそうな対応だった。よく見れば、トミーの後ろに大きな白い袋が無造作に置かれている。もしかしたら、布袋尊のトレードマークである『堪忍袋』というやつか? 色々と謎めいた部分が多いが、彼の案内が無ければ先へは進めないということだな。


「おいらと毘沙門天の他に、もう一人乗せて欲しい人がいるんだよ」

「こちらの美しいご婦人のことだね」

「はじめまして、天吉祥子と申します」

「やぁ、これはご丁寧に。寿さんの言ってた毘沙門天の付添い人っていうのは君のことだね。吾輩の船はそれほど大きくないが、ゴージャスなのが売りなのだよ。存分に毘沙門天と新婚気分でクルージングしてくれたまえ」

「まぁ、上手いこと言ってくれますわね!」


 祥子さんは、赤くなった顔を両手で隠すようにしてトミーと盛り上がっている。新婚気分……新婚……しんこ……いやっ、ちがうっ! クルージングが目的じゃないんだよ。シャークロプスの退治が優先なんだ。トミーよ、そこんとこヨロシク――!



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