第五章 気まぐれ布袋尊☆

【幕間】

「こ、ここでいいのかなぁ?」


 目の前には黄金色で彩られた宮殿のような建物が立っている。とは言っても、そのフォルムは雑居ビルの入り口を改装して「宮殿の入り口っぽく」仕上げているだけなので、色々な意味で非常に入りづらい。『マハラジャ』という店名の看板が入り口に飾られていなければ、僕は間違いなく回れ右して立ち去るだろう。しかし、ここが指定された場所ならば逃げるわけにはいかない。僕は意を決して、自動ドアの前に一歩進んだ。


「ナマステェ、ご主人サマーン!」

「あ……」

「おひとりサマデスかぁん?」

「い、いや……先に仲間が来てるはずなんで……あっ、あの人です!」


 そう言って僕は「仲間」の方を指差した。ど派手なキラキラの民族衣装を纏った褐色肌の女の子が「アー! オオクニさんのお友達デスか? どぞー!」と馴れ馴れしく僕の腕に絡んでグイっと店内へと引き込んだ。本当に……ここ、大丈夫?


「おぅ! 来たかい。待ってたよ」

「ご主人様、コチラの方はドナタですか?」

「おいらの仲間だよ。ラリータちゃんの得票売り上げに貢献しなくちゃいけないからねぇ」

「キャホー! 嬉しいでスゥ!」


 ラリータちゃんと呼ばれた女の子は、無邪気な笑顔で大国くんの頭をポンポンと叩きながら「ヨチヨチ、いい子デスねぇ」と言った。満更でもない大国くんの照れた表情を見ていると「この子のこと好きなんだなぁ」って感じる。ラリータちゃんは僕にもポンポンと頭を叩きながら「いい子デスねぇ」と言って、席に座るよう勧めてくれた。初物づくしのメイドカフェで不安だらけだけど……とりあえずはホッとした。


「悪いね。おいらの都合に合わせてくれて」

「いや、こういう店って勝手な想像でしかなかったから新鮮だよ。でも、メイドの衣装とかじゃないんだね。インドの民族衣装には驚いたよ」

「今は色々なスタイルの店があるからねぇ。メイド姿だけで勝負するんじゃあ限界があるんだろうよ。インド系のハーフとかを採用するのも良い着眼点だと思う。まさにダイバーシティだね」


 大国くんは、ジョッキに注がれている得体の知れない真っ赤な液体をストローで一口吸ってから「なに飲む? コレ美味いよ」と言って同じものを勧めてくれた。ラリータちゃんと呼ばれた子が「ザクロジュースですわよぉ!」と言って、オーダーを受ける端末を取り出した。タピオカ入りと無しがあるようなので、とりあえずタピオカ入りをお願いしてみた。


「大国くんのやつはタピオカ入りなんだね。だからストローが太いのか」

「ん、まぁな。この触感がいいんだよ」

「お待たせしましたぁ! ザクタピでぇす! 美味しくなる呪文も入れますかぁ?」

「呪文?」


 大国くんが「あぁ、それはいいよ。ちょっと外してくれないかい」と制して、ラリータちゃんを席から外した。これから話すことは、僕も関わっている現在進行中のプランの件だろう。僕はストローに口を付けてキュウっとザクタピを吸い込んだ。


「おっ! 美味い」

「だろ? アガベーシロップでザクロの酸っぱさを軽減してるんだよ」


 僕は本題に入る前に、もう一度ザクタピを吸い込んだ。


「んで……メールに書いてあったプラン変更って何だい?」

「あぁ、それなんだがな。お前さんの船を使いたいんだよ。二つほどな」

「二つ?」

「一つは壊してもいいやつ。一つは壊した後に使うやつ」


 僕は内心穏やかではなかった。僕は船を造る会社を経営しているけれど、気軽に壊してもいい船なんかは造らない。いつだって最高の船を造ることが僕の矜持だった。


「もちろん金は出す……弁財天がな。船を壊すプランも弁財天のアイデアなんだよ」

「そうは言ってもねぇ。お金だけの問題じゃぁないでしょう」

「お前さんの言いたいことはわかるよ。それを敢えて頼んでるんだ。ここは布袋尊としての気前の良さを出しちゃくれないかい?」

「……そう言われると、参ったな」


 プランの進行には欠かせないことだし、お金も出してくれるというなら嫌な顔をするわけにはいかないか……弁財天なら費用をケチるようなこともないだろう。壊れやすいけど、安全面も考えた船を造ってみるのも一つの挑戦だと思えばいいか。


「船を壊すということは、船上せんじょう戦場せんじょうになるってことだね」

「上手いこと言うじゃないか。俺らの世代にはゾクゾクするギャグだね。でも、ラリータちゃんに言うと白い目で見られるんだよなぁ」

「ははは。オヤジギャグはオヤジたちだけで共有するものだよ」


 僕と大国くんは、もう一度「ははは」と乾いた笑いをしてザクタピのストローに口を付けた。キュウっと吸い込み音をハモらせて、タピオカをモグモグする。


「クセになる美味さだね」

「だろ? おいらはラリータちゃん目当てだが、こいつ目当てで店に来ても悪くはないと思うよ。もちろん、ラリータちゃんの他にもドゥルガーやカーリーに似ている可愛い子はいるけどな」

「ってことは、そのラリータちゃんはパールヴァティーってことかな?」

「察しがいいじゃないか」

「勘弁してくれよ。ドゥルガーやカーリーじゃ、鬼嫁みたいなもんじゃないか」

「わっははは! まぁ、この店には女神さまが揃ってるってことさ」


 引き合いの例に出てきたインドの女神たちを簡単に言えば、パールヴァティーは心優しい奥様、ドゥルガーは争いが大好きな鬼嫁、カーリーも殺戮が大好きな鬼嫁といったところだろう。まぁ、好みは人それぞれだね。


 船の件と、その他の細かなプランの打ち合わせを終えたところで、大国くんは再びラリータちゃんを呼んで会計を頼んだ。こういう店って金額はどれくらいなんだろうと懸念していたが、大国くんが「ここは、おいらが払うから」と言ってくれた。


「また来てクダサイねぇ。次はラリータ特製のスパイシーカレーを食べてねぇ!」

「は、はい」

「んじゃ、また来るよ。ごちそうさま」


 大国くんは、羽振りの良さを見せつけながら店を出た。僕も後に続いてペコリとラリータちゃんへ頭を下げ店を出る。


「大国くん、ごちそうさま。本当に割り勘じゃなくていいのかい?」

「もちろんだよ。おいらが誘ったんだ。気にしないでくれ」

「じゃ、じゃあ……遠慮なく……ごちそうさま」


 僕はチラっと見てしまった。会計の時に持ってきた伝票の数字を……そこには、ザクロジュース(タピオカ入り)を二杯分頼んだ金額とは思えないほどのゼロが並んでいた。僕は改めて大国くんの懐の深さに感心した。懐の深さは布袋尊の方が上だと思っていたけど……人を好きになる力って凄いわ――。




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