プロローグ 2

「まずはワシ、『命』を司る者よりの選択じゃ。お主はワシの手により一時的にこの『神座の間』に魂を転送され、次なる転生への道を歩むことになる。そこで本題じゃ。お前さんはイチから人生をやり直すか、今の身体のまま転生するか。おまけとして記憶の維持に関しても選ばせてやろう」


 仙人からの選択は、司っているものにちなんでどういった形で異世界に行くかどうかの様だ。

 つまりは普通に異世界の人間として転生するか否かを訊ねられた。オプションに今現在の記憶、有川楓路の記憶を維持するかしないかのおまけ付き。


 まさか、今の身体のまま記憶を消去なんてアホ丸出しな転生などするはずもない。

 異世界転生物の小説が好きな以上、記憶のリセットなど勿体ないことはしない。身体も、貴族の一人として生まれ変わるのも悪くはないが、独立までの過程を考えると果てしない。

 面倒なプロセスはなるべく避けたい。となると、残った選択肢は一つだ。


「俺は今の身体と記憶を持ったまま転生したい!」

「……ちっ。そうかお前さんはそれを選ぶか──」

「おい、改まる前に何だ今の長い沈黙と舌打ちは!?」


 少しだけ奴の裏が見えたぞ。それとなくだが、この仮称仙人はおそらく、自分の思い通りに行かないと何をしでかすか分からないタイプのアレだ。

 俺のツッコミは無視。何事も無かったかの様に仙人は俺の選択を肯定した。にしても神様が舌打ちって何だよ。


「じゃあ、次はこの私ね!」


 舌打ち仙人の次は、あのローマ衣装のロリ神様だ。気は強そうだが、身体は何とも貧相だ。


「今、私のことを貧相だとか何か思わなかった……?」

「いえいえ、滅相もございません」


 そういえば、ここは神の空間。魂を連れてきたり転生させることも出来る世界だ。俺の考えていることが筒抜けでもおかしくはないだろう。危ないところだった。

 また睨まれない様に、今の考えは控えておこう。


「ま、いいわ。そんなことよりも、この私『精神』を司る者からの選択よ。あなたの転生先の世界は魔物とか怖~~い生物が沢山生息しているわ。勿論、賊みたいなのも居る訳。そこで本題。あなたは『度胸』と『勇気』、この二つからどっちを選ぶ?」

「……『度胸』と『勇気』?」


 どういうことだ? このロリ神様は何を言っているんだ?

 前述の魔物も生息してるファンタジー世界であることはともかく、何故に意味合いとしてはほとんど同じ言葉を選択肢に出したのか。それが分からなかった。

 この異世界ラノベ脳が導き出す仮意味としては、精神コマンド……所謂精神を強くするものと考えられる。このロリ神様が司っているのも『精神』なので、この可能性が高い。

 確かにゆとり教育の一片をかじった現代っ子。いきなり恐ろしい見た目の化け物との遭遇だけで即死出来る自信がある。

 話は戻り、即決するにはあまりにも情報が不足しすぎている。しばらく頭を悩ませていると、別から声がかけられた。


「有川楓路。別に悩む必要は無い。要は受けと攻めという考えで選べ」

「受け攻めって、言い方ェ……おい」


 何となく腐女子が喜びそうな意味深極まりない解釈を薦めてきたのは、三番手の中華風鎧の神。仮称偽呂布神と呼ぶこととする。

 その偽呂布神によると、どうやら『度胸』を受け、『勇気』を攻めと捉えろとのこと。

 それでも何の解決に至ってはいないものの、それとなくだが分かった気がする。

 つまり、度胸は心構え。勇気は勢いとかそんなところだろう。


「え~と……。じゃあ、『勇気』で」

「ほほう? 中々お目が高い。その選択、了承よ」


 この選択をしたところ、先の舌打ち神とは違う反応が返ってきた。何が基準で態度が変わるのか分からないが、とりあえず気に入られて良かったと小学生並な感想を抱く。


「やっとか。では、次はこの俺、『身体』を司る者からだ」


 待ちくたびれた顔で、早々に選択を開始する呂布神。先の二人とは違い、非常にさっぱりとしたまともそうな人物だ。

 司るのが『身体』という辺り、考えられるのは身体能力、あるいは体型や顔などの再構築と思われる。


「俺の選択肢は皆同じものを選ぶのだ。故に簡潔に済まそう。有川楓路、お前は転生先での身体能力についてだが──」

「あ、出来れば身体能力は高めでお願いします」

「あい分かった。では次の選択に移るが良い」

「いや、了承早いわ!」


 その流れる様なやり取りに、思わず声を出してツッコんでしまった。いや、早く終わってくれたのは嬉しいが、あまりにも簡素過ぎるのも逆に怖いわ。

 そんな俺の渾身の指摘も再び無かったことにされ、四人目に移行する。


「改めてようこそおいで下さいました。私、『魔法』を司る者にございます。ほんの短い時間ではありますが、以後お見知り置きを」

「あっ、はい。よろしくお願いします……?」


 四人目の選択者が目の前に来ると、神たる地位にも関わらず、丁寧な言葉と共に深々とお辞儀する。これには思わず敬語口調が映ってしまった。

 にしても目のやり場に困る巨乳である。お辞儀をされた瞬間に巨大な二房が厚いはずのコート越しでも垂れたのが分かった程だ。これはやばい奴と理解に容易いですよ、こいつァ……!


「見たかの、精神の者よ」

「ええ、見えたわよ命の者。あの男、確実に魔法の者のアレを見てたわよ」

「う、うるせー! あんだけ大きかったら誰だって見ちまうっての!」


 男なら誰でも見てしまうのは避けられない性だろ!?

 あの舌打ち仙人とロリ神様の忍ばす気のないひそひそ話は当然の如く俺の耳に入ってくる。

 とはいえ、チラ見していたことがバレてしまったのは流石に恥ずかしい。男の性から逃れられなかった俺は申し訳なさげに魔法の神様に目を戻す。


「そうお気になさらずとも良いですよ。ここまで大きければ誰もが視線を向けてしまうのは仕方の無いこと。気を取り直して選択に移りましょう」


 何だ、この優しさ……。不思議と俺は目尻に涙を浮かべてしまった。

 僅かばかりとはいえ、彼女を色目で見てしまったことを赦してくれた。きっと、人はこれを包容力と呼ぶのだろう。無宗教の俺だが、もしこの女神を信教する宗教があったら必ず入信しているに違いない。それを思う程に彼女の懐の深さに感動を覚えてしまっていた。


「ほら、お顔を上げて下さい。最後の方を待たせてはいけません。選択は早く終わらせ、あなたがこれからを過ごす世界へ向かいましょう」

「は、はい! お願いします!」

「では、いきますよ。これから向かう世界には魔法の概念があり、魔力の有無で少しばかり偏見がある地域も存在します。ここで本題です。あなたは自信の保有する魔力量をどれくらいにしたいですか?」


 魔力保有というワードはラノベやWeb小説でも腐るほど目にしてきた。答えは決まっている。


「可能な限り沢山魔法を使える様にお願いします!」

「はい。請負いました。では──」




 ────ばちんっ!!




 了承の言葉を聞いた途端、何が起こったか分からなかった。少なくとも理解出来たのは俺の意識が一瞬途絶えたことと、もう一つ。


「実は彼女が一番質の悪い人だって言った方が良かったんじゃないか?」

「いや、言わなくていいんじゃん」


 みたいな会話が聞こえた様な聞こえなかった様な気がした。




……


…………


………………




「……はっ!?」

「目が覚めたかい? 僕で最後だよ」


 気付いた時には目の前に居たのは、中性的な顔立ちをした線目の男だった。最後ということは、もう五つ目の選択ということになる。

 しかし、何故だか四つ目の選択に関して何も思い出せない。ばちんという音がしたのは覚えているが、選択の内容もあやふやだ。


「あれ……。四つ目って俺、何て言ったっけ?」

「結果的に言えば最後に思い出すから、今はどうでも良いじゃないか。それより、僕の選択に答える方が先決だと思うよ?」


 眼前の男は、俺の質問をはぐらかしてきた。言っていることは確かに正論かもしれないが、何か忘れている感じがして心がもやつく。

 女の人……胸そんなワードがちらほらと脳裏を過ぎるが、一向に答えにたどり着けない気がする。ここは言われた通りラストの選択をした方が良さそうだ。


「そっか。それで、あんたは何の神様?」

「僕には敬語じゃないのか……ちょっと哀しい。──僕は『技能』を司る者。とどのつまり、君の言うところのチート能力を与える者さ」

「おお、ついに来たか。チート設定!」


 やけに哀しそうなのを無視し、俺は技能の神様の選択を素直に喜んだ。

 曖昧な記憶を含め、多分四人にも及ぶ選択をし続けてようやく異世界転生するに辺り最大の選択となるであろう、マイチート選択の権利を得れた。

 舌打ちの仙人が言っていた『取り消し返品不可』。これまでの選択も含めての言葉ではあるが、ここからは真面目に考えて決めねばならない。


「ちなみに、チートは何個までって制限はあるの?」

「多すぎるのも身体に毒だからね。与えられるのは二つまでのみ。他はリクエストを含めて何でも有りさ。まぁ、折角ファンタジー世界に行くんだから、それらしい能力を選ぶのが無難だと思うよ」


 なるほど。確かに言う通りだ。

 下手に個性の強いチートを設定してしまえば、後々に大変な目に合いかねない。死んだら痛みを伴いつつ死ぬ以前の場所に戻るとか、まるで使えない神様を同行させたりとか。うん、やはりここの選択は重大だ。

 技能の神様の言葉を飲み込んで無難なところ。チートとしてはありきたりだが、ここはやはりステータス画面及びスキルを取っておいてもいいかもしれない。

 敵味方問わず、相手や自信の情報を常に視ることが出来るのは便利なことこの上無い。これまで見てきた本でも役立っているシーンも多い。一つ目はこれに決定だ。

 そして問題の二つ目である。ここで間違ったチートを選んでしまえば、マジで今後に影響が出てしまう。後悔はしたくない。


「あー、おすすめみたいなのって……ある?」

「あるよぉ。好きなのを選んでね」


 一人じゃ考えられないと考えた俺は、確認程度に技能の神様におすすめを訊ねた。すると、案の定カタログもとい様々なチート能力が書かれたボードがどこからともなく引き寄せられてきた。どこの通販番組だよ。


「あ、結構種類あるんだ」

「そりゃあ、今まで何人も異世界に送ってるからね。その人達が各々考えてくれた能力だったりとかを書いてるから、自ずと種類は増えるさ」

「へぇ~……。俺以外にも異世界に行った人って本当に居たんだ……」


 さりげなく他の異世界転生者の存在も明らかになったところで、俺は目をカタログに移す。

 先人の異世界転生者が考えたというチートの内容は、実に様々だ。

 具体的には『現代技術を持って行きたい』な堅実な物から『不死身』とかいう明らかに後悔ルートまっしぐらな物まで、多種多様な品ぞろえがある。しかし、どれを見てもどうにも心に来る様な、詩的に例えれば運命のチート能力が見つけられなかった。

 そんな悩みに悩む俺を見た技能の神様は、静かに語りかけてきた。


「悩むのもまた人生。この空間は無限という名の時間が流れている。眠りも空腹も、老いや死などの必要性の無い世界。つまりは今ここに居る間は時間を気にしなくてもいいということだ。ゆっくり自分のペースで考えて、後悔しない選択をしなさい」

「……! はい!」


 その優しい言葉に励まされた俺は、今一度カタログに目を戻す。

 どうせ異世界で活躍するなら、それらしい物を選ぼうじゃないか。最強でも最弱でも使い方次第で逆転もする。それならそれで面白い。

 そんな訳で、俺は魔法に関係するチートを二つ目として選び取った。正確には選んだのでは無く、候補に上がったチートを組み合わせて一つにしたのが俺の二つ目のチート。


「俺の選択は終わった。一つはこの世の生き物のステータスや技を自分にだけ可視化する能力。そして二つ目は──」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る