2ー4

 様々なラノベとかで散々言われているだろうが、貴族の館の内装を説明しよう。

 第一、広い。とにかく広い。ザ・豪邸って感じの高そうな石像や巨大な花瓶に生けられた花といった感じの家具アイテムが設置されている。


 次に人が多い。所謂女中って人達だ。そう、それこそ「いらっしゃいませ、ご主人様♡」なメイドではなく、長いスカートに何の飾りも無い質素な白いエプロンとカチューシャ。一切の萌えが淘汰されたガチ中世風メイドが玄関の所で道を作る様に並んでいる。少し壮観なり。


「何をしているんだ。こっちだよ、こっち」


 そんな内装やメイド達に見とれていると、男爵が俺達の到着にしびれを切らしたのか声を上げて呼び出し始めた。

 うん、領主を待たせてはいけない。俺とレフカは急いで男爵の声がする部屋へと向かった。

 念のために言っておくが、ネムラは元々武器がギルド公認鍛冶屋で作られたのかを証明するために居るので、今は同行していない。客人扱いなのは俺達だけだ。


「改めてようこそ。我が屋敷へ。そこへ座ってくれ。今、茶を出させよう」

「あ、お構いなく……」


 入った部屋は俗に言う応接間という所だろう。ここにも豪華な家具などが設置されている。

 そして、どこからともなくメイド達が現れると、淡々と慣れた手つきで俺達の前に紅茶を出してそそくさと部屋を出て行った。退室の一礼も忘れない。出来たメイド達だ。


「……さて、レフカちゃん。ここに来た理由を教えて貰えるかな?」


 男爵はカップに唇を添えて中の紅茶で口を湿らすと、早速本題に入る。

 謎のちゃん付けをされたにも関わらず、レフカの表情は崩れない。

 ちなみに馬車代の交渉はレフカが担当することになっている。同じ貴族同士なら話も進むと思っての選択だ。


「国からの依頼でトランの町から徴収した武器を運搬していた馬車が、リューデント・ウルフの襲撃に遭っているのを偶然目撃した我々がその群の撃退に貢献した……という話はレグゼン殿からお聞きになられているはずです」

「そう聞いているね。その件に関しては僕から感謝を送ろう。武器は時間を掛ければいくらでも作れるが、レグゼン君は中々優秀な人物でね。彼とギルドに認められた鍛冶士達が犠牲となる事態にならずに済んで心から安心したよ」


 その話を聞きながら、男爵はまた紅茶を啜る。

 聞く態度はともかく、この男は一つの領を治める人物らしく国からの依頼で必要だった武器よりも、部下や人民の安否を優先する領主の鑑とも言える発言をした。

 どうやらネムラの言う通り、一応は良識のある人の様である。そこは俺も安心だ。


「ですが、撃退の際に我々も僅かばかり被害を被ってしまいました。現在、私達が借りている馬車の客車が破壊されてしまい、もはや原型を留めてはおりません、おまけに野営道具や食料、旅賃の入った荷物までもが奪われ、私達には弁償代を支払うことが出来ない状況にあります」


 今のは少しだけ語弊があったな。正確には破壊されたのではなく、レフカが客車を、荷物は奪われたのではなくのが正解だ。

 言わぬが仏というので、心の中に押し留めておく。


「勝手に助けた挙げ句、非常に厚かましい願いとは承知しております。どうか私達の──」

「つまり僕に馬車の弁償代を払えってことか……」


 頭を下げて頼むレフカの言葉を食い気味に遮った男爵。いつの間にか飲み干したティーカップを傾けて暇潰しをしていた。

 やはり難しい頼みだったか。いくら同じ貴族とはいえ、別の家系からやってきた家出娘の言葉をそう易々と受け入れる訳はないよな。

 しばらくの沈黙が室内を包んだが、それはすぐに払拭された。


「結論から言えば、修理代の全額負担は認めても良いよ」

「えっ、マジ……じゃなくて、本当ですか!?」

「ああ。道具も全て失っているであれば、少しだけなら分けても構わない」

「ありがとうございます!」


 何とまさかの了承。しかも道具まで分けて貰えるという。

 さっすが領主様だ。懐の大きさが違う。どこぞのクソ仙人とは大違いだ。

 そんな男爵の言葉に喜ぶ中、俺は少しだけ察していたことがある。それはお約束というか、こうも上手く事が進むはずがない、という予感だ。


「だが、少しだけ条件というか頼みたいことがあるがある。それを飲んでくれればの話だけど」


 ほら来た。この手の展開ではありがちな頼み事を請け負わされるやつ。

 一体何をさせられるのだろうか。怪しいブツの運搬か? それとも名状し難いやばい内容なのだろうか?

 俺とレフカは息を飲み、場には再びの沈黙が訪れる。


「……それより、君らは空腹ではないかな? 僕はすでに済ませたから同席は出来ないが、昼食を用意させよう」


 と、男爵はパンパンと手を叩くと、またもやどこからかメイドが数名出現した。

 なんと気前の良い領主なのだろうか。俺達に頼みたい依頼を前に、まずは昼食をご馳走してくれるとのこと。やったぜ。


「良いのですか? 私達は旅人という身であるのにここまで……」

「なに、気にすることは無いさ。どんな形であれ君達は僕にとって有益なことをしてくれた。どうせ今すぐ頼みたい訳でもないからね。今日は泊まってゆっくりするといい。その後に話をしよう」


 おお、マジか。何かここまで人が良すぎると逆に怪しくなってくるな。

 だが、このご厚意を無下には出来ない。ありがたく食事と宿を取らせていただこう。


 そんな訳で数名のメイドに連れられた俺達は食堂にてやや遅めの昼食をいただくことになった。メニューは豆のスープにパン。そして、鶏の肉をローストしたのを数枚という、俺が思う中世風異世界の基準からすればそこそこ豪華な内容だ。

 後から気付いたが、異世界転生して初めて肉を食べた。思うと昨日はリンゴっぽい果実を一つだけかじったくらいだったから、転生後初の肉はもっと味わって食べるべきだったかな。


 食事を頂いた後は、本日寝泊まりする客室に案内して貰った。

 宿屋のベッドは堅く、掛け布団もシーツの様な極薄の布一枚だったのに対し、ここのは豪勢にも柔らかくて厚みのある布団が用意してあった。うーん、生前使っていた布団よりも心地が良さそうとはこれ如何に。


 案内を終えたメイドが完全に退室したのを確認すると、俺は早速ベッドへダイブする。

 もふっとした感触が全身を包み込む。あっ、これガチで人をダメにする系のやつだ。

 ……何か、もう何もする気が起きなくなった。柔らかいベッドと布団の魔力は、異世界でも猛威を振うらしい。

 しかし、そんな天国を邪魔する者は容赦なく現れる。これが定めか。


「フウロ君。聞こえるかい?」

「……えーっと、男爵?」

「そうだ僕だ。少し話があるんだ。出て来てくれないか?」


 扉の奥から聞こえるのはこの館の主。何やら声にかすかな真剣さを帯びている気がする。

 布団の魔力に逆らいたくはないが、ここの主に逆らうのはあり得ない。俺は頑張って布団から体を引き剥がし、扉を開ける。


「やぁ、もしかしてベッドで惰眠を貪っていた最中だったかな?」

「全くその通りです。あまりにも心地が良かったので、つい」

「はっはっはっ。それは良かった。では、着いて来たまえ」


 高笑いをするアルゼントは、そのまま向かって右の道を歩いていく。一体何が目的で俺を連れ出したのだろうか。

 ……あまり考えたくはないが、もしや男性趣味か? それだったら最悪の極みだ。俺の貞操を守護まもるためにチャームの使用も考えねばなるまい。

 そんな考えを思いつつしばらく着いて行くと、辿り着いたのは大量の本が壁一面に仕舞われた小さな書斎。広さは六畳も無いと思われる。


「そこに座ってくれ。話をしよう」


 指示された先にあったのは、この部屋で本棚以外にある小さなテーブルと二つの椅子。アンティークな感じが俺には些かお洒落過ぎる気がする。

 とりあえず言われた通りに椅子に座ると、男爵も同じ様に座ってお互いに向かい合う形となった。

 せめて相手が女性なら俺としても嬉しいのだが、現実に居るのは若作りをした中年。うーん、悲しきかな。

 それにしても、一体何が目的なのだろうか。こうして入った部屋がベッドルームで無い以上、そういうことをされる訳ではなさそうだ。


「それじゃあ、単刀直入に訊ねよう。君はレフカちゃんのことをどう思っているんだい?」

「え、レフカをですか?」

「そう。一緒に旅をしてるんだから、何かしら関係を持ってるのかなーって思ってね」


 う~ん、関係ね……。そうは言っても、出会い方はどうあれ旅の相方というだけの間柄だ。

 それに、俺自身アイツに対して思っているのは『馬鹿』と『天然』と『残念美人』の三つくらい。何というか、おそらく男爵の予想にある様な関係ではない。


「え~と……、申し訳ないんですけど、俺とレフカはただの旅の相方同士ってだけで、決して恋人みたいな関係とかじゃないです。それに、昨日出会ったばかりだし……」

「昨日出会った!? えぇ……」


 俺の解答に男爵は驚愕と呆然を表情に表す。そりゃ、素性の知れない男を旅の相方に選んだ上に日も浅いのだから当たり前だ。俺自身もそう思う。

 意外な出会い方をしているかつ何もない間柄であることを知った男爵。彼の内側で渦巻いている感情というのは分からないが、微妙な気持ちになっているのだろう。


「僕はね、ファリダ領の領主夫妻……つまりレフカちゃんの両親と文通していてね、時々来る手紙でレフカちゃんが家出をしていたことは知っていたんだ。手紙には娘が家出をしたことを嘆いていることが綴られていてね、もし出会う様なことがあれば、様子を伝えて欲しいと書いていた」

「ってことは、俺に話を持ちかけてきたのは……」

「ああ。レフカちゃんに同行している君に今の彼女の様子を訊きたかったんだ。本当なら僕が訊ねにいくべきなんだろうけど、言ってしまうと僕自身には一切関係の無い話。もしかしたら夫妻へ伝える目的なのを察してしまうかもしれない」


 なるほど、だから俺を呼んだのか。遠くに住んで中々出歩けない友人のためにわざわざ動くとは、心の器が広いだけでなく人間の鑑でもあるとは恐れ入った。

 男爵に対する好感度は上がるものの、申し訳ないことに俺とレフカが出会ってまだ一日。正直、様子といっても語れるほどの付き合いはない。


「う~ん……。昨日までの出来事なら話せますけど……?」

「それでいい。十分だ」


 と言うので、俺は昨日の出会いからトランの町を出るまでに起きた出来事を語った。

 腕を折られそうになったり、個人のいざこざに巻き込まれる形で仲間になったりと、話すネタが豊富で助かった。男爵自身もそれを楽しそうに聞いていたこともあって、ついつい喋り過ぎたのではないかと思ったくらいだ。

 そして、留置所から出た辺りまで話をすると、男爵は俺を真っ直ぐに見つめて来た。

 こ、今度は一体何ですかねぇ……? 


「フウロ君。僕からの頼み、聞いてくれないか?」

「……な、何でしょう?」

「あの子のこと、しっかり守ってやってくれ」


 何を言われるのかどぎまぎしていると、予想とは真逆な言葉が男爵の口から言い放たれた。これには俺も唖然とする。


「親でも血の繋がりも無い赤の他人である僕が言うのはおかしいということは自覚している。それでも、あの子の身を心配している者の一人でもあるんだ。……今の彼女の心に一番近いのは君だ。理由は分からないが、出会って一日しか経っていない君に心を開いている。だから、彼女の信頼を裏切る様な真似はしないで欲しい。これが僕からの頼みだ」


 真面目な口調と嘘偽りの無い真っ直ぐな双眸で見据えられながら、レフカという人物に対する想いを説かれた。

 思わず無言。他人であるにも関わらず、まるで自分の子の様な思いやりのある言葉を聞かされた俺はただただ余計な言葉を発することが出来なくなっていた。

 むしろ、自分を恥じていた。それも致し方が無い。何せ言葉の内容を聞くまで危惧していたのは身の貞操だったのだから、申し訳無いったらありゃしない。


「……すまなかったね。君も疲れていることを忘れていたよ。身勝手な話に付き合わせて悪かった」

「あ、いえ……。別に気にしてはないです」

「ふっ、優しいな。僅かながらの礼だが、この部屋は好きに出入りしても構わない。本も好きなだけ持って行くといい。今は使わないものばかりだからね」


 そう告げた男爵は、そのまま部屋から退室してしまった。

 静かになった書斎の中で一人佇む俺。今の頭の中は先の言葉で埋まっている。


「守る、か……」


 何だか責任というか重荷を負わされた様な感じ。それだけは確実に分かった。

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