2ー3
そんなこんなあって、俺達はレグゼンの計らいによって護衛という形で領主の館に着いて行くことになった。
本来の目的は次の町『デトロイア』に行くこと。少しばかり寄り道になってしまうのだが、先の襲撃で怯えきっていた武器屋のためにも着いて行くことにしたのだ。
そんな道のりを行く中で、俺達はネムラも乗せて青空の下、荷台にてお話し中だ。内容はお察しの通り。
「レフカ。まずは何か言うことはないか?」
「…………」
「黙ってないで何か言って」
「……すまん」
沈黙を貫こうとするのを指摘して、レフカは小さくなる。
今回ばかりは流石にマジにならねばなるまい。何故ならば、事の大きさは尋常ではないからだ。
狼が馬車に侵入し、それを撃退に成功。俺、レフカ、そして御者の三人はほぼ無傷でここまで来れた。そこは良かったのだ。そこは、な。
「今回、お前がしでかしたことを言ってやろう。まず一つ。お前はあの何かスゲー魔法を俺に相談もなく使用し、狼ごと俺達の荷物ごと吹き飛ばした」
「……反省してる」
「二つ。その魔法で狼を撃退したものの、同時にこの客車の屋根を吹き飛ばした──間違いは無いよな?」
「ぐぅぅっ……」
そう。現在乗っている馬車は元々屋根の付いた客車。それも公共で利用している物だ。
壊してしまった以上、弁償をしないといけない。それくらいのマナーというか、守らねばならないことはある。
「ネムラ。馬車一台を直すにいくらかかる?」
「えーっと、種類とか壊れ方にも寄るけど、大体金貨一枚くらいだと思うよ」
弁償代の算出と共に、レフカはちーんと音を立てて白目を剥く。
馬車が壊れる前に俺はレフカからさりげなくこの世界の貨幣価値を訊ねたので、今ならあらかた分かる。
大銀貨一枚を日本円換算するとおおよそ五千円相当なので、金貨一枚はその二十倍。つまり、換算すると一枚十万円近くする代物だ。
当然、そこまでの金額など持ち合わせていない上に、今は亡きバッグの中に全財産が入っていたので銅貨一枚すら支払うことが出来ない。
「マジでどうすんだよコレ……。そんな金無いぞ……」
「本当に申し訳ないとは思っている」
「嘘つけお前……」
ただの荷台と化した客車の床にへたりながら現状の劣悪さに悩むばかりだ。主に俺が。
この世界の法律がどんな物なのかを俺は知らない。だが、先日の例がある様に酒場で暴れれば衛兵が駆けつける程度にはしっかりしているのは知っている。
ここはファンタジー世界。存在するかまではさておき、場合によっては奴隷堕ちという可能性だって捨てきれないのである。
「どうしたものか……」
こうなったら弁償代を返済出来るまで次の町に居着いて働くしかないな。そもそも働き口が見つかるかどうかすら不安なのだが。
行く末不明瞭な未来。それに悩んでいると、天恵……もとい、第三者の知恵が贈られる。
「それじゃあ、領主様に相談してみたら?」
「領主様? 何で?」
唐突にネムラが言葉にした『領主』のワード。馬車を壊したのは俺達──正確にはレフカだが──なのに、何故領主に相談をしないといけないのか。
「なるほど……。それなら可能性としてなら十分狙えるな。良い案だ、ネムラ」
「えっ、何々。どういうこと?」
未だにその意味を理解出来ない俺よりも早く、レフカは真意に辿りついた様だ。ちょっと悔しいが、訊いてみることにする。
「私達は国の依頼で動いていたあの馬車を野生動物の襲撃から援護し、撃退に成功した。ここは分かるな? 国の依頼を受けることになった領主は指定された分の武器を正確に送り届けないといけない。つまりは責任が発生する訳だ。もし、ここで私達が馬車を無視したならば、おそらく武器は領主の下に届かず、依頼は不完全に終わっただろう。一地域を任された貴族が依頼の一つをこなせないとなれば面子は潰れる上に、場合によっては貴族では無くなってしまうこともある」
「つまり、武器運搬車を助けたから、その見返りに馬車の修理代を出して貰うってことか」
この結論にレフカは縦に首を振る。
なるほど。悪い言い方ではあるが、領主に恩を売るってことか。それなら確かに確実性はあると見てもいいかもしれない。
領主も領内の住民から税を徴収して暮らしている身。何もしなくても暮らしていける身分を手放したくないはずだ。なら、今回俺達が行った行為に対して何かしら礼をしてくれてもおかしくはない。
おお、少し希望が見えてきたぞ! あっちは依頼の完遂を、俺達は修理代を。お互いにWIN・WINな関係になれれば誰も不幸にならない!
「よーし。じゃあ、着いたら早速交渉だな。あー、でもここの領主って話の分かる人かな? そこが心配だ」
「リリダ領の領主様は良い人だよ。多分」
「多分って……。もう少し確実性を持って言ってくれよ……」
とりあえず、やることは決まった。後はここの領主が良識のある人物だと信じて、館へと到着するのを待つだけだ。
†
しばらく走り、領主の館が見えてきた。うん、大きい屋敷が貴族チックである。
レグゼンの顔パスによって何の障害も無く馬車は敷地内へと移動。一際大きな門を通ると、ついに到着だ。
見ると館の玄関口には一人の男性が立っていた。如何にも貴族的らしい豪華な上着を纏っているせいで彼が何者なのかを一瞬で分からせてくれる。
武器運搬車からレグゼンが降りると、その玄関前の人物はこちらへと向かってきた。
「やぁやぁ、レグゼン君。長旅ご苦労様だよ」
「お待たせいたしました、アルゼント男爵。トランの町の武器をお持ち致しました」
レグゼンが一礼すると、男爵と呼ばれた男は運搬車の裏側へ回り、徴収された武器の確認をする。
言うのは失礼になるので言葉にはしないが、何となく若作りしてる中年男性って感じがする。言動も何だかのんびりとした感じだ。
「う~ん、流石はレグゼン君だ。君の優秀さにはいつも驚かされるよ」
「光栄です」
そんな上流階級者同士の会話を後ろで見ていると、ふと一瞬だけ男爵の目がこちらを向き、俺の方を見た様な気がした。
ドキッと緊張が一気に駆け抜ける。それもそうだ。相手は爵位を持った本物の貴族。ましてや普通ならここに俺らが来るなんてことは無いのだから、嫌な予感を催すのも無理はない。
「それにしてもだ、レグゼン君。少なくとも僕の知らない馬車……しかも壊れてるのが敷地内に入ってきてるんだけども、それはどういうことかな?」
「はっ。実は先ほどリューデント・ウルフの襲撃に遭いまして──」
案の定、男爵は俺達の存在に疑念に持った様だ。しかし、レグゼンがすかさず今の状況に至る経緯を説明してくれた。
そう、俺達は領主の手助けをしただけの人畜無害な旅人。決して他国や悪の組織からのスパイなどではないぞ。
「へぇ、最近噂に立ってたあの狼の群に? それは大変だったねぇ。なるほど、つまりあそこの彼らは──ふむふむ」
レグゼンからの話を一通り聞いた男爵は急に向きを変え、俺達の方へ向かって接近してきた。
「やぁやぁ、遅れてすまない。僕はこのリリダ領の領主、アルゼント・ディルムス・ディコクリウス。爵位は男爵だ。今回は狼の襲撃に遭っていたレグゼン君らに加勢して追っ払ってくれたんだって? いやぁ、ありがとう。これで王都から怒られずに済むよ」
「あ、はぁ……。あ、俺の名前はフウロです」
「フウロ君か。良い名だ。今後ともよろしく」
真っ先に詰め寄られた俺は、サッと手を捕まれて自己紹介をされる。くっ、貴族であるが故か中年男性から出ているとは思えないフローラルな香りが……。
パッと見悪い人には見えない。むしろそこはかとなく感じる子供っぽさが距離感を感じさせない雰囲気を漂わせている。
はい、ここでステータスチェックだ。この胡散臭さ、どこか信用に欠ける。
『アルゼント・ディルムス・ディコクリウス 45歳 男 職業:リリダ領領主 状態:普通 精神:通常 他詳細』
なる程。ステータス上は特に変わったところは無いっぽい。
何はさておき、リリダ領を統括するアルゼント男爵。リリダ領内では事実上のナンバー1と言っても差し支え無い人物。発言の際は気を付けよう。
そんなことを思いつつ、こちらも自己紹介をすると、そのまま流れ作業でネムラにも挨拶をする。
そして男爵はレフカに挨拶をしに行くと、ここで動きはピタッと停止した。
「ど、どうされた、男爵殿……?」
「……君、もしかしてヴァインズ君とフェリス夫人の娘かな?」
レフカの手を取ったまま、男爵の口から出た二人の人名。それを耳にした時、レフカの目は見開いた。
「私の両親のことをご存じなのですか?」
「そりゃあ、勿論。そうか、もうあの日から十七年も経ったのか……。時の流れは早いなぁ」
そういえば、レフカは領主の娘だったな。今更ながらに俺は思い出す。
にしてもまさかの展開だな。まぁ、爵位は低くとも領を統べる貴族。同じ国内で別地域を担当している貴族と知り合いであったとしても何らおかしいことはない。
「そうかそうか、知り合いの子が尋ねに来たんなら拒む理由もないね。いいよ、歓迎しよう」
うん。どうやらレフカが貴族であるということが幸いした様だ。俺達は館の中に招待されたらしい。ラッキー。
男爵はそのまま館までの短い道のりを辿り直す。着いて来いということか。
俺は無言の指示に従おうと歩き始め様とした時、何やらレフカがネムラに突っかかってるのをちらと見えてしまった。
おいおい、俺や御者さんだけでなく、一般鍛冶士に対してまで罪を重ねる気かよ。止めねば。
「ネムラよ。私が貴族の身分であるという話は他言無用で頼むぞ……?」
「えっ……。あっ、は、はい……」
……ん? あ、そうか。俺、理解。どうやらレフカは今の話で自分の正体を
まぁ、自分の身分を知られてしまえば、周囲に噂が拡散されて身が危うくなったり、家から使いが来て連れ戻される可能性も否定は出来ない。何やら他に目的もあるらしいレフカからすれば、そういう状況になるのはなるべく避けたいのだろう。
また脅迫紛いのやり方にならなくて俺としても安心だ。
「ほら、早くしないと領主様が怒るぞ」
「ん、そうだな。すまない。では行こうか」
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