2ー2
そこから、俺達の決死の行動によって狼の群を徐々に減らして行く。送られてくる狼も三~四匹から一~二匹にまで減っていた。
もう少し。後何匹か削ることが出来れば群は離散してあの馬車は助かるだろう。その時までもう少しだけ耐えてくれよ。
「でぇい!」
また飛びかかってきた一匹を叩き落とし、迎撃に成功する。だが、残っていたもう一匹は俺達の様子を見ていたのか、群の中へと戻っていた。
流石に何度も同じ様に対処されては、獣とはいえ学習はするだろう。ああやっていくつもの班に分かれて狩りをするのだから、賢い種類であることには違いない。
「レフカ、気を付けろ。アイツら俺達の攻撃パターンに感付いたっぽいぞ」
「その様だな。もしかしたら反対側から出てきたり客車の後ろのドアを破って来るかもしれないな」
「マジか。じゃあ、俺はここの迎撃に専念する。だから、お前には反対側と後ろの警戒を頼んでもいいか?」
「分かった。お前の実力を頼りにしてるぞ」
狼の行動変化に気付いた俺はそれをレフカに忠告する。
ゲームでもそうだが、戦いの途中で学習したり成長するタイプの敵っていうのは非常に厄介な存在だ。あまりの変貌ぶりに、逆にこっちが動きを読めなくなってやられるのもしばしば。
そんな相手と戦うに当たって必要なのが、状況の再確認及び把握する冷静さだ。
俺は向かって右側の御者の席に立って迎撃をしている。故に反対側と客車側ががら空きな状態となっているので、不意を突かれた時に対処が遅れてしまうだろう。
なので、ローテーション攻撃は一旦止め、レフカには空いている場所の警護を担当してもらうことにする。こうすれば、死角からの攻撃に対処が可能となるだろう。
狭い御者のスペースをさらに借り、反対側にレフカが剣を構えている。こんな二人の旅人の間に挟まれている御者には後で感謝の意を伝えておこうか。
「あちらが動かないというのであれば、こちらから動くまで。もっと寄るんだ!」
ああっ、また御者さんに圧を掛けてるよこの女騎士。右手の剣をちらつかせてるせいで、もはや半分脅迫じゃないか。
そんな脅しに屈した御者は、指示通りに右側へと寄せてさらなる接近を試みる。様子見をしていた狼も突然の接近に驚き、馬車から距離を置いた。
それにしても二重の恐怖でヒィヒィ言ってる御者には後で何枚かチップを渡さなければ。そして、レフカには後で説教しないと。
それらはともかく、この接近が奴らの何かに火を付けたのか、群の中心で動いている班からも数匹がこちらに向かって来た。全て合わせて計七匹。本日最高数だ。
「おいおい、一斉攻撃だけは勘弁してくれよ」
だが、警戒班だけでなく別の班からも増援をしたということは、あっちも相当カツカツな状態なのかもしれない。
もしそうなら、こいつらを片付ければミッションクリア。数を減らされたリューデント・ウルフは本能によって狩りを中断。それ即ち俺達の勝利となる。
「勝利は目の前。いける──……っ!?」
そう勝ち確を想像した時、それは思わぬ行動に出てきた。
狼達は何を悟ったのか一気にスピードを落として俺の視界から一匹を残し、全て消えてしまったのだ。
何と、ここに来てまさかの奇行。否、奴らの作戦は分かっている。先ほど予感した通り、馬車の死角から攻撃をするつもりだ。
おそらく、群へと戻った一匹が俺達の状況を伝えたのだろう。ううむ、狼のくせに生意気な。
「レフカ! 多分そっちからも来るぞ。気を付けろ!」
「ああ、理解した」
敵が予想通りの行動を取ったことを伝えると、レフカはさらに警戒を強める。右側と後ろを守っているのだから、集中度合いが俺とは違うな。
そして、その瞬間が迫る。左側から二匹が現れて飛びかかってきた。
やはりな。だが、死角から攻めてくるのは想定内な上に相手はレフカ。奴らが勝てる要素は微塵も無い。
レフカは抜剣した後に狼を一瞬にして斬り伏せ、刃を鞘に納める。しかし、その小さな隙が奴らの本当の狙いだったのかもしれない。
ばんっ! と、大きな音が後ろで鳴った。俺は外の警戒から一瞬だけ目を離して、その音源先を見る。
『グルルルルル……!』
「うっそだろぉ……!?」
「ちっ。私としたことが、相手に隙を突かされるとはな」
おいおいおいおい、勘弁してくれ。一斉攻撃は勘弁とは願ったが、馬車内に乗り込んで来るのはオッケーだなんて一言も言ってないぞ。
まさかの展開にレフカも舌打ちで悔しさを露わにする。冷静さは保っているも、状況は完全に絶対絶命だ。
御者さんもさらなる恐怖と緊張でガチガチに固まってる。早く何とかしないと事故は免れない。
「……! フウロ、余所見するなっ!」
「えっ……おわぁっ!?」
その声によって、俺は余所見していたことを気付く。そうだ、俺の視界にはもう一匹の狼が攻撃の機会を伺っていたんだった。
レフカが先に気付いてくれたおかげで間一髪。あの狼は俺が余所見した瞬間を狙って攻撃を仕掛けてきやがった。
逸早く反応出来たおかげで何とか一撃食らうのは避けれたものの、反撃する間は与えられなかった。攻撃してきた狼はそのまま体勢を整えて再び馬車を追い直す。
「くっ、客車の中では狭すぎて剣がつっかえるな……!」
一方で客車内での戦闘に移ったレフカだが、中の狭さ故に苦戦を強いられていた。
侵入してきたのは三匹。近くで見るとそこそこ大型だ。しかし、計算上では四匹が客車に侵入するはずなのだが、一匹足りない。もしかすれば乗り込むのに失敗したのだろう。いずれにせよ、警戒は一切緩めれない。
レフカ愛用の武器は騎士らしく長剣を使用している。広い空間なら彼女としてもやりやすいのであろうが、ここは立つだけで天井に頭が着くくらいに狭い。こんな場所では本気など出せるはずもない。
それでも、レフカは御者や俺に攻撃が行かない様に威嚇をして防衛している。
くそっ! 今の俺には何も出来ない。こうして視界に入る敵を警戒しているだけなのに、レフカの手伝い一つすら出来ないとはチート所持者として恥ずべき事態。
せめて攻撃魔法を創れればいいのだが、今の状況では新たな魔法など創造も難しい。
ここで詰みか──? そう思ったその矢先、事態はまたさらに一変する。
「──勇なる者、善なる者、賢なる者。我が勇に、我が善に、我が賢に応えよ。ガイヴィナンドの名の下に、力よ、正義よ、魔よ、集え!」
「えっ、何、詠唱!?」
「吹き荒べ──。『
あまりにも突然過ぎる詠唱からの、まるで物質化した奇跡の如き奥義が炸裂する。
体に当たったこの感じを例えるなら、木も折れそうな程の暴風を受けた時の感覚に相当するだろう。
だが、それもすでに過ぎ去った刹那の間。俺も御者もたった今起きた現象で何が起きたか分からなかった。いや、正確に例えるとすればどうやって現状を逆転させたのかが分からなかったのである。
何故ならば、レフカの前に並び立っていたリューデント・ウルフは姿を消し、さらに客車の屋根が丸ごと無くなっていたからだ。
「……うむ」
いや、『うむ』じゃねーよ。なにちょっと満足げな顔してんだよこいつは。
まぁ、それのおかげで助かった訳ではあるのだが、それでも突っ込み所が多すぎる。
「何じゃ今のはァ!?」
「説明は後だ。……あっ、私達の荷物まで吹き飛ばしてしまった」
「何やってんだレフカ~~ッ!!」
マジで何やらかしてくれてんだコイツはぁ!? 俺の大銀貨四枚分の荷物と全財産がオシャカに!
やってしまったと少し焦るレフカ。やる前に気付けよ……。
だが、侵入してきた狼の撃退を成功させたということに変わりはない。今はそう思わねばやってられない。
「むっ! 見ろフウロ。狼の群が!」
はいはい、今度は何ですかーっと群の方を見ると、例の馬車を追いかけていた大群は徐々に後退している。そして、名残惜しむかの様に少しずつ離れていき、数分掛けて狼は姿を消していった。
どうやら予想通り今が最後の刺客達だったらしい。ぎりぎりの所で助かったな。
追われていた馬車もこれで安全だ。流石は野生。ここまで苦戦を強いられるとは思わなかったぜ。
そうほっとしていると、あっちの馬車から何かが飛び出した。白煙の尾を引いて空へと高く昇っている。
「あれは……どうやら私達に感謝を示してるようだな」
「そうか。いやぁ、何かアレだな。人助けした感がすごいな」
危ない目に遭ったが、結果は上々。善行を積んだ気分である。
レフカの手によって殺められた狼達は、俺から少しだけ弔いをしておこう。あちらは自然の摂理に従って行動したまでであって、悪意など存在しないのだから。
犠牲となった個体を心の中で弔っていると、奥に見える馬車はスピードを落とし、停車した。
その意を悟った俺達も馬車を移動をして近くで同じ様に停める。
「この度は感謝申し上げます、旅のお方! あなた方が居なければこの荷物が無駄になるところでした。乗員を代表してお礼を」
「いや、人助けをしてこその旅人。そちらが無事でなによりだ」
俺達が馬車を降ると、あっちの馬車から出てきたのはモジャついた癖のある髪をした中年の男。一目で分かったが、服の素材が他と異なっている点を発見。つまり相手は良い服を着ているのだ。
服屋で一般庶民の服がどんな物かを一通り見てた俺からすると、彼が着用しているのは上流階級の服と思われる。この男、貴族関係者か?
「私は王都より派遣されて来ましたレグゼンと言う者です。とある依頼でトラン町のギルド公認武器屋から武器を引き取った帰りに、まさかリューデント・ウルフの襲撃に遭ってしまうとは思いませんでした。改めて感謝申し上げます」
とある依頼? それに武器の引き取りとな?
ということはこの馬車、領主の館行きの運搬車だったのか。ん、武器ってことは、まさか……?
俺はレグゼンとレフカの会話の隙を見て、運搬車の後ろを覗いて見る。中には予想通り大量の武器と共に武器屋関係の人達がおり、その中でたった一人だけ女性の姿を捉えた。
「おーい、もしかしてネムラか?」
「……! そ、その声、まさかフウロさん……!?」
「おー、やっぱり。大丈夫だったか?」
俺は荷台から顔を覗かせて女性の名前を呼んだ。すると、案の定本人だった模様。
暢気に話しかけた俺を見て、最初は驚いた表情を浮かべていたネムラだったが、次第にその顔は歪み、涙を浮かべる。
「──っフウロさん!」
おっふ。ネ、ネムラさん!?
顔面の涙を決壊させたと同時に、ネムラは荷台から飛び出して俺に抱きついてきた。まさかこんなラブコメチックなシチュエーションに遭遇するなんてな。全く、異世界は最高だぜ。
そのまま荷台から押し出される形で倒された俺。どしん、という大きな音を立ててしまう。
「何だ。何事だ」
「フウロはどこだ? おーい、そこに居るのか──って……!?」
物音に気付いた貴族組は音がした場所の確認をしにやってくる。うん、察した。
片や女性。それも戦闘以外では簡単思考の喪女。そんな奴が見知らぬ女性に泣かれながら抱きつかれている旅の相方を見て、固まらない訳がない。
「──~~~~ッ! このっ、不埒者がッ!!」
「あーっ、レフカさん! 困ります! 剣はお納め下さい! あっ、あー!」
とりあえず、俺が殺されるという事態にはならなかったことをここに残す。
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