頼まれ事には事件の香りが付き物

2ー1

 移動の途中、俺はレフカにこれから向かう町について話を聞くことにした。

 この馬車が行き着く中間地点にして次の目的地である『デトロイア』には、レフカの知り合いが住んでいるらしい。

 何でも、その人物は以前までレフカの屋敷の警備を務めていた冒険者だったらしく、レフカ自身も相当お世話になっていたとのこと。


「私がこうして旅に出たのも、あの人の下を訪れるのが目的の一つだったりする。世話になったからな」


 俺はへぇー、と適当くさく相槌をしておく。

 にしても知り合いか。一体どんな人なんだろうかと俺は想像する。

 レフカをこういう風にしてしまった要因なのだとしたら、さぞかし大雑把で適当な人間なんだろうな。まぁ、これはあくまでも偏見なのだが。まともな人物であって欲しいと願っておこう。


「それにしても馬車は初めて乗るんだよな」

「なに、すぐに慣れる」


 そんな他愛もない話で到着までの長い時間を潰す中、俺はふと目線を右の窓に向ける。すると、木々の隙間からちらと覗く先に一台の馬車が暴走もとい全力で走っているのを目撃した。

 何だ、乗客にでも急かされたのか? いや、急かされたというよりかは、何かから逃げている様に見えなくもない。さらに目を凝らすと、何か黒くて小さい何かが馬車の周囲に集ってるのも確認出来る。しかし、如何せん木が多くて見えづらいな。


「どうした?」


 そんな俺の様子に気付いたのか、レフカが訊ねてきた。


「いや、あの林の向こう。俺達のと似たような馬車が走ってたんだけど、何か様子が変っていうか、追われてるみたいに見えて」


 俺はその問いに答えると、レフカも同じ様に窓から外を見て、凛々しい横顔に厳しい色を浮かべた。

 そして、そのまま窓から顔を引っ込めると、御者に向かって声を荒げたのだった。


「おい! このまま林を抜けた先はどうなってる!?」

「一応、平野に出ますよ。もう少し進んだ先で右方向へ進めば領主の館に着きますが……」


 右。その馬車が走っているのもこの馬車から向かって右側の林の先だ。


「今すぐ飛ばせ! そして、そのまま右側へ曲がるんだ!」

「はっ、はい!?」


 ほぼ怒りの形相でレフカは怒鳴り声を上げて指示を出した。俺も怖い。

 その迫力に負けたのか、御者はこの馬車を引く生き物に付けている手綱で命令を送ると、緩やかに進んでいた馬車のスピードがぐんと上がった。

 おお、いくら車酔いしたことがないとはいえ、これは少しだけ厳しいな。内蔵が揺られてしまいそうだ。


 そして、林を抜けて御者の言う通り平野に出る。そこで、俺達は再び右の方向を見て、あの馬車の状況を知ることとなった。

 あの全力走行している馬車の周りに、数十にも渡る数の犬っぽい生き物が群がっていたのだ。しかも、よく見るとその動きには統一性があって、まるで軍隊の隊列みたいなイメージが浮かぶ。


「な、何だあの生き物!?」

「あれは『リューデント・ウルフ』だ。集団で狩りをする社会性の高い獣で、時々群から外れた個体が旅人を襲ったりする。ちなみに正確にはモンスターではなく通常の獣に分類されているが、人をよく襲うのでモンスター扱いにもなっているぞ」


 丁寧な解説と備考、ありがとうございます。うん、本当はこんなこと言ってる場合じゃないので、突っ込みは控えておくことにする。

 ともかく、あの馬車はそのリューデント・ウルフとかいう動物の群に襲われているみたいだ。縄張りにでも入ってしまったのだろうか? 何はともあれ、助けなければ。


「レフカ! 何か良い方法はある!?」

「あの狼は獲物を狩る班と獲物の逃走を防ぐ班、そして狩りの妨害する敵を警戒する班の三つに分かれている。少しばかり危険だが、この馬車をあえて接近させて、警戒班を引き寄せつつこちらで迎撃。それを繰り返して群の数を減らしていく。一定の数減らせれば相手は獲物よりも仲間を優先させるから、馬車から離れさせることが可能だ」

「なるほど。よく分かんねぇけど、分かったぜ!」


 流石は戦闘慣れしてそうな相方だ。戦い関係では頭が回る。

 そんな訳で嫌がる御者を無理矢理説得させて、俺達の乗る馬車は狼の群へと近付いて行く。ちなみにこの馬車には俺とレフカ、そして御者の三人のみしか居ないので、他の利用客の許可は要らない。

 長年馬車の車道として踏み固められた道を外れ、徐々に近付いて行く。おおよそ三十メートル近くまで接近した瞬間、群から何匹かがこぼれた。


「来るぞ!」


 うむ、どうやら俺達の存在に気付いた様だ。作戦通り三匹がこっちに向かって走ってくる。

 その迫力たるやいなや昨日のレフカの怒りにも匹敵する野生的荒々しさがある。あの馬車はこんな奴らに追われているのか。生前の俺だったら漏らしてるかも。

 だがしかーし、今は違うぞ。神よりし授けられた異能の力、野性の前にて今表わさん!


「食らえ犬野郎!」


 御者の座る席の一角を借りて迎撃体勢を取る俺。ジャンプ噛みつきをしようとした一匹の顔に向かってトランスタッフの払いを当てる。

 ギャンッ! という獣らしいダメージボイスを上げて、リューデント・ウルフの一匹を撃退した。

 ちなみに、今の俺のレベルは4。昨夜の荒くれ冒険者達との喧嘩で二つレベルアップしている。故に、このイベント戦でも上げさせてもらうとしよう!


「お前ら狼共には申し訳ないが、ここで俺の経験値になってもらおうか!」


 威勢良く武器を構える俺、格好良い。こういう台詞は異世界くらいでしか言えないからな、今は妄想の中で動くキャラクターになったつもりで行く。

 そこから残りの二匹が襲ってきたが、これらも戦杖の叩き払い攻撃によって撃沈。地面に叩きつけられた狼はそのまま大地を転がって姿を消す。


「よし、次だ。もっと近付いてくれ。そしてフウロ、交代だ」

「あ、うん」


 最初の一波を攻略し、次の攻撃へ。御者に再び指示を出した後、レフカが俺と場所を交替した。なるほど、ローテーション戦法か。これなら連戦しないで済む上に休憩も出来る。

 少し近付くとまた群から数匹が離れる。新たに向けられる刺客、今度は四匹。少し多いな。


 だが、さっきのより多いにも関わらずレフカの表情は澄んでいる。焦りの色が欠片も見当たらない。

 きっと戦いには慣れているのだろう。一人でモンスターを狩り、自分よりも体格の良い男を三人相手取っても勝てるのだから当然か。


「──はあっ!」


 狼が跳びかかってきた刹那、レフカの一閃は狼達の首を狙って薙ぎ払われていた。

 本当に一瞬の出来事だったが、レフカの体に隠れて紅い液体の拡散と共に大小それぞれ二つずつの毛むくじゃらが大地に落ちたのが見えた。

 生で見るのはほとんど初めて。どんな生き物であれ、首と胴体を断たれるという死に方など見て良い気分にはなれない。

 ちょっと、SAN値が削れた気がする……。うん、グロいのは苦手だ。


「ほら、フウロ。次はお前だ」


 SAN値の減少に虚ろっていた俺に、レフカが交代を知らせてきた。

 残りの三匹もいつの間にか倒した様だ。いやはや、容赦無く生き物の命を奪ったのに平然としていれる辺り手慣れているんだな。

 やはり異世界といえども、ここも一つの現実世界リアリティ・ワールド。ゲームの様に死体が欠片も残さず綺麗に消えていく訳などないか。

 前の世界と比べて危険度が違う異世界で生きる以上、生死が関わる問題は避けられない。俺も不殺などを貫ける自信など無いから、もうこれ以上生き物の生殺に迷ってはいられない。


「……ああ。任せろ」


 生命剥奪は自身が生きるための致し方のない行為。俺はそう覚悟を改めて固めると、迎撃ポジションに立って武器を構えた。

 次に迫ってくるのは二匹。大丈夫、とりあえず殴って気絶させとけばオーケーだ。

 今は助けるべき相手を優先せねばならない。俺は得物を構え、次々と襲いかかる狼の撃退に専念するのであった。

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