1ー12
翌日。俺は寝心地の悪いベッドから背中を離すと、すぐに準備に取りかかる。
準備と言っても、また道具の買い足しとかをする訳ではない。自分の荷物を再確認した後に、レフカと合流するまでが準備である。
理由は後述。とりあえず、昨日の騒ぎで鍵を閉め忘れた俺の部屋にあった道具は全て無事であると改めて安心する。
「目が覚めたか。フウロ」
「おはよう。で、本当に行くのか?」
「当たり前だ。せっかくコレが手には入ったんだ。使わん訳にはいかんだろう」
112番号室から出て、宿屋のホールに足を運ぶと、そこにはすでに準備を整えたレフカが昨日のチケットを眺めながら椅子に腰掛けて待っていた。
現在時刻はだいたい十時辺り。この世界では生前の世界と比べてファンタジー世界らしく時間にルーズな部分がある故に、この時間でもまだ朝扱いだ。
そして、お互いに忘れ物が無いかを確認し合った後、俺達は部屋の鍵を返却してから目的地に向かって宿屋を出た。
時間にルーズとはいえ、今の時間帯ともなれば町は活気付く。大通りには人が目立ってきた。
「で、出発までもう少し時間がある訳だが……」
「うむ。私も最後に用件を残していてな。出発までにそれを済ませて来る。お前も自由に行動しても構わないぞ。時間が近付いたら例の場所で落ち合おう」
「はいはい。分かってますよっと」
次は一体何の用事なのやら。また変なことに突っ込んでなければいいがな。
そんな訳で、俺とレフカは再び別行動をする。とはいっても、俺自身何かをしたい訳でもないので、とりあえず町をふらつく。
旅人である以上、次の町で使う分を考えると金もあんまり使えない。なので、今一度今回の作戦もとい、プランを復習する。
あの時、宿に戻った俺達は、自分らの部屋に戻る前に少しだけ今後のことについて話をしていたのだ。
†
「え、明日この町を出るだって?」
着いて早々、言われた。
あまりにも唐突な宣言だったために、俺は今一度聞き返して今の台詞である。
「ああ。このチケットを偶然にも手にしたからな。これで馬車代分を稼ぐ必要性が無くなったからだ」
昨日、俺達は悪漢冒険者らに喧嘩を振っかけたおかげで、ギルドから感謝の気持ちとして各駅にて無料で馬車に乗れるチケットを手に入れた。それが、レフカにとって予想外の出来事。嬉しい誤算だったらしい。
あの時、服屋でモンスターの素材を売っていたのも旅費を稼ぐためらしく、少しばかり苦しかったとのこと。それが今回の件によって予算に余裕が出来る程助かったのだという。
まぁ、旅人だからな。旅費は出来るだけ工面しなければならない。
「そういう訳だ。明日の昼便の馬車に乗って次の町に行く。今の内に準備は済ませておけよ」
†
とまあ、そんな感じだ。とやかく言おうとは思ったが、チート持ちの俺とて疲労はする。とりあえず睡眠を優先した結果が今の状況だ。
それにしても、馬車出発まで二時間近くある。ぶっちゃけやることはない。
酒場に行けば時間潰しは出来そうではあるが、昨夜の件もあって自分からでは入りづらいことこの上無い。マスターも修理代はギルドが支払ったとはいえ、俺に何かしらの疑念を抱いている恐れがある。
さあ、ラノベもアニメも無いマジの異世界。暇を潰すにはどうすべきだろうか。
「どーすっかな。……うん? そういえば……」
と、ここで俺はあることをふと思い出した。
それは、ギルドの向かいにある武器兼鍛冶屋の店。あそこの兄妹に疲労回復効果を付与した果物の実験をしていたことだ。
すでに半日以上経過しているのだから、食べていてもおかしくはない。確認と別れの挨拶も含めてもう一度行こうではないか。
てな訳で、俺はその場所へと向かう。はてさて、実験の効果は如何に?
「ごめんくださーい。いるー?」
「……はい、はい。いらっしゃいませ……ってフウロさん。どうされましたか?」
出迎えてくれたのは、妹兼看板娘のネムラではなく、武器制作と店長を務める兄、ノズだった。うむ、改めて見てもデカいな。
店内を見ると、武器類が全部無くなっていた。剣も槍も戦斧、さらには使用用途不明な武器まで根こそぎだ。
「あー、引き取りって今日だったんだ。なんか本当に忙しい時に来ちまったんだな」
「いえいえ、そんなことはありません。実はフウロさんが初めて来ていただいた時には追加分の武器はあらかた完成していたので、そうお気になさらずとも大丈夫です」
はー、そうだったのか。ある意味、タイミングとしてはそう悪くない時に俺は来店したみたいだ。危ない危ない。
にしても、この店の華は一体どこへ行ったんだ? 風邪でも引いて引っ込んでんのか?
そんな辺りを見渡す俺の意図に気付いたのか、ノズはその答えを俺に教えてくれる。
「妹は武器の引き払いに店の代表として同行しており、今はこの店におりません」
「同行? 何で?」
「はい。渡した武器がきちんとギルド公認鍛冶士の手で作られたことを証明するためです。この町の各鍛冶屋から一人以上を必ず同行させないといけません。本来なら自分が行くべきなのではありますが、ご覧の通り武器が無いので新しく作らなければなりませんので……」
そういう事情があったのか……。ギルドの向かいにあると大変だな。
それはともかく、ネムラが不在というなら致し方が無い。最後の挨拶は二人がいる時にしたかったが、その時になると俺が乗る予定の馬車は出発しているだろう。非常に残念である。
「ところで、今日は何をお求めで?」
「ああ。実は俺、この後すぐに町を出るんだ。だから、最後の挨拶にと思って」
「町を出るのですか? ああ、そういえば旅人の方でしたね。それは残念です。妹には私から伝えておきますので、ご心配なさらず。ああ、そうでした。昨日、フウロさんからいただいた果物なんですけど、それを食べた後に休んだら心
どうやら例の疲労回復魔法の実験も無事に成功していた様だ。
『ノズ・フェン 28歳 職業:鍛冶士 状態:通常 精神:安定 他詳細』
試しにステータスをチェックしてみると、状態の欄から疲労の文字が消え、通常になっている。自費で買った物が無駄にならない結果になり、俺としても心底安心した。
ま、何はともあれネムラにも俺のことを伝えるそうなので、後は大丈夫そうだ。この店が繁盛することを願っておこう。
「んじゃあ、また。俺が冒険者になった時には、ここに来て良い武器を作ってもらうから」
「その時を楽しみにしております。では、良い旅を!」
男と男の約束だ。遠かれ遅かれ、この誓いは叶えてみせよう。
武器屋の店主に見送られつつ店を出た俺は、出発までの時間を何とかして潰すことに成功した。
†
出発の時間が近付き、俺は待ち合わせの場所である馬車駅へと到着。ここから、次の町へと向かう馬車が出るとのこと。
多くの利用客で混雑していても、その存在感は圧倒的だ。レフカ、発見である。
「少し遅かったな。フウロよ」
「そういうお前は早ぇよ。もうその用事とかいうのは済んだのか?」
「当然。次の町までの食料を取りに行っていただけだからな」
俺はあいつの下へ向かう。例の用件とは、どうやら旅の途中で食べる食料を取りに行っていただけだったらしい。トラブルの元になりそうなことではなくて安心だ。
その食料が入った袋を俺に示したレフカはまたドヤ顔を決める。うん、とりあえず無視で。
「私はともかく、お前も何か用事があったのか?」
「ああ、ちょっと。俺の武器を作ってくれた人に挨拶をな」
「ふん、律儀だな」
そんなやり取りで他の忘れ物などが無いかお互いに確認をし終えると、いよいよこの町から離れる時が来た。
レフカと俺はチケットを係に渡す。聞くところによると、チケットに描かれている大陸の絵はオラリオ国とされ、さらに所々に付いている黒い点はここの様なチケットが使用可能な馬車駅を指しているという。簡単な地図の代わりにもなっている様だ。
そして、この町を示す点に穴が空いたチケットを返して貰うと、俺達は指定された帆馬車へと乗り込む。
現在地である『トラン』から、次の町『デトロイア』へ。
「さて、そろそろ時間だな。その前に訊ねるが、お前は馬車酔いする質か?」
「いいや。むしろ本を読みながらでも酔わない自信がある」
「なら結構」
レフカの問いに肯定すると、聞き慣れない嘶き声の後に馬車は動き出す。
この世界で言うところの馬に該当するであろう生物の鳴き声は「ヒヒーン」というよりかは「バルファファファッ」っていう感じだった。
それはともかく、この世界に来て一日しか経っていない俺にとっての始まりの村もとい町は終わり。隣のレフカ以外に親しい人間は出来なかったが──多分レフカは異例だったであろうが──、また会いたいと思える人達とは出会うことが出来た。迷惑冒険者みたいな奴らとは金輪際関わりたくはないが。
「……あ、そうだ」
馬車が町の門を抜け、その外を隔てる壁が遠のいて行く光景を見ていた俺は、あることを思いついた。
いきなり声を出したことに反応したレフカは
客車の壁に立て掛けていた俺の武器を手前に持って来ると、ステータスを開いて名前の欄に触れる。
『トランスタッフ 武器種:戦杖 所有者:フウロ 威力:20 他詳細』
これで良し、と。うん、思った以上に安直なネーミングになったが、これでいい。
昨日、レフカの怒りによって中断され、その後に色々な出来事が起きて出来ず終いだった武器のリネーム。それを今、行ったのだ。
名付けて『トランスタッフ』。あの景色に見える町『トラン』に、棒や杖の意味を持つ『スタッフ』を合わせただけの単純なネーミング。
たった一日だけの間だったとはいえ、良い経験をして
「何してるんだ?」
「わっ……と、何だよ。何でもねぇよ。ただ俺の武器のメンテしてただけだ」
俺が思考に耽っているところにレフカが首を突っ込んできやがった。安心しろ、お前には関係無いと心の中で喚起したから、お前には関係無いんだぞ。
適当な言い訳で奴を離し、俺は気を取り直して新しい名前を持った武器を持つ。
「俺の、俺達の旅はまだ始まったばかりか」
我ながらクサい台詞。マンガだったらこのページで完にされそうだな。
自虐的に自分の発言を笑った後、俺は改めて思うことがある。
──異世界物ってのは、やっぱり楽しいもんだな。
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