1ー11

 予想は寸分の狂いも無く的中した。

 酒場で暴れてしまった俺とレフカ。おまけに迷惑冒険者一行も含め、この町にある留置所にて身柄を一時的に拘束されてしまった。


 当たり前といえばそうなのだが、まさか本当にこうなってしまうとはなぁ……。異世界転生初日にして初めて過ごす夜がこんな場所になるとは、人生何が起こるか分からないな。


「それにしても、レフカ。こんな状況だってのに、よく落ち着けるな」

「公共の場で暴れた以上、こうなるのは覚悟していた。今更どうこう足掻いても遅い」


 同じ牢にて佇む女騎士は冷静に回答した。

 そうか。逃げるという手もあったな。確かにラノベでもいざこざに巻き込まれたら衛兵が来る前に逃げて面倒事を回避してる場面も多い。俺らもそうすれば良かったと今更後悔しておこう。

 ちなみに俺もレフカも武器は没収。少なくとも一日の間はここで大人しくしていなければならない。


「ところでフウロ。あの棒はどこで手に入れたんだ?」

「ああ、そういや話──す暇も無かったな。うん。お前がチンピラと話をつけに行ってる間にギルドの向かいにある武器屋で規格外の槍柄を加工して武器にして貰ったんだ。本当は武器を買いに行くつもりだったんだけど、店に置いてる武器は領主経由で全部王都に送らないといけないらしくて売ってもらえなかったんだ」

「武器を王都に? それって大魔獣討伐作戦のことに関係してるのか?」

「大魔獣? 何だそれ?」


 何それ怖い。そして、ものすごく異世界チックな話だな。大魔獣て……。


「知らないのか。トゥーリダ領にある大森林でかなり大型のモンスターが出現したっていう話だ。様子見に遣わした冒険者や討伐団が誰一人として帰ってこないから、国が直々に腰を上げて討伐に乗り出したっていう」


 そんな事件が起こっていたのか。様子見に行った人が帰らないとか異世界怖すぎだろ。

 にしてもなるほどな。大型モンスターを討伐するのか。それなら武器の大量発注も頷ける。てっきり隣国に戦争でもふっかけるつもりだったのかと思ったのだが、そんなことはないみたいだ。


「だが、国が動くってことは、聖騎士や国王直属の機動騎士が出るってことだ。奴らは強いからな。その騒ぎはすぐに収まるとは思うぞ」

「ふ、ふーん。聖騎士ね……」


 大魔獣だけでも十分に異世界感全開だったのに、それを追い打ちをかけるが如く新たな単語が飛び出したな。

 聖騎士……。語感からして強そうだ。そこはかとなく七人くらいの叛逆者が出そうな気もするし、裏で凶悪な陰謀が渦巻いてそう。

 それはそれとして機動騎士って何だ? 聞き慣れない言葉ではあるが、もしかすれば日本でいう特殊部隊のことなのかもしれない。いや、直属ってことはSPが近いか。


「ま、国の末端にあるこの町にはあまり関係の無い話ではあるんだがな」


 そう言ってレフカは話を切り上げる。

 うーん、大魔獣ねぇ……。ネット小説界隅なら主人公の強制参加パターンだが、場所が場所らしいので参加は無理そうだ。出来たとしても、多分拒否するけど。

 あー、でも聖騎士は見てみたいな。想像に過ぎないが、きっと純白の鎧に聖剣を持っているに違いない。そう信じたい。


「おい」


 そんな妄想をしている中、牢屋の外から声を掛けられた。その人物を見るとここの看守の様で、俺達を見ている。

 何だ何だ。よく見ると鍵を持ってるじゃないか。釈放か?


「お前達に客が来てる。出ろ」


 はて、客人とな? 俺はレフカの方を見て心当たりが無いかを無言で訊ねるが、彼女も身に覚えがないのを表す様に首を横に振る。

 お互いに知り得る可能性としては、服屋か酒場のマスターくらいだろう。後者に至っては物を散らかしたしな。

 とりあえず、行けば分かるか。俺達は看守の言う通りにして、この留置所から出ることとなった。





 俺達が連れられた場所は留置所の応接間。そこには、どこかで見た覚えのある服を着た若い女性同士のペアがソファに腰掛けて待っていた。おまけに顔つきも似ている。双子かな?

 うん、でもやっぱり知らない。初めて見る顔だ。むしろ、この瓜二つな顔は一度見たら強く印象に残るはず。多分、レフカも同じ考えを浮かべてるだろう。

 そんな見知らぬ女性達は俺らの存在に気付くとソファから立ち上がって一礼。顔を上げると、向かって右側の明るい青緑色をした頭髪の女性が口を開ける。


「初めまして。私達は冒険者ギルドの者です」

「え、冒険者ギルド?」


 何と。俺達の客人とはまさかのギルド職員だった様だ。服の近視感もようやく分かったぞ。これには流石のレフカも驚きを隠せない様子。

 きっと、さっきの出来事について物申しに来たんだろうな。いくら迷惑行為を繰り返していた冒険者達とはいえ、所属は冒険者ギルド。問題を起こした相手に注意くらいしてもおかしくはない。

 そんな訳で、四人はソファに腰掛ける。さて、話を聞こうか。


「それで、冒険者ギルドが私達に何の様だ?」


 なんか偉そうだなレフカよ。確かに原因が荒くれ冒険者にあるとはいえ、先に手を出したのは俺ら。その上から目線は流石にマナー違反だと思うぞ。

 しかし、そんな態度をとられたにも関わらず、職員の方々の表情は変わらない。やはり、ちょっとやそっとの態度の悪さには慣れているのだろう。


「いえ。用件としましては、つい数時間前に起きたいざこざについて、少しばかりお話をと思いまして」


 次に喋ったのは左側のオレンジ色をした頭髪の女性。やっぱりか。ま、そうだろうな。

 諦め半分で俺はその話に耳を傾ける。もしかしたら、ギルドの登録が出来ない様にされるかもしれない。あーあ、一体何を言われるのやら。


「本来なら規約上、一部を除いた冒険者の問題についてギルドは関わらない様にしております。我々もただ椅子に座ってるだけではありませんので」

「ですが、今回の場合はそうはいきません。あの冒険者達の処遇も厳しくしないといけませんから」

「それで、私達に言いたいこととは何だ?」


 やっぱり偉そうな態度のレフカの言葉に、ギルド職員は一瞬アイコンタクトを取ると、同時に立ち上がった。

 え、何? ちょっと怖い。そんな嫌な予感を催す俺だが、それは外れる結果となる。


「この度のご迷惑、本当に申し訳ありませんでした。我々、ギルドを代表してお詫び申し上げます」

「そして、今回の件について感謝致します。本当にありがとうございました」

「……はい?」


 職員の二人はいきなり深々と頭を垂らし、俺達に対して謝罪と感謝の意を伝えてきた。

 ん、急にどうした? 訳も分からないまま、俺は唖然とする。レフカは無表情だが、内心驚いていると思いたい。

 長々と頭を下げていた二人はようやく顔を上げると、それの回答をする。


「以前からあの冒険者らが当ギルドや他の冒険者の方々に対し迷惑行為を働いているという話はご存じのはずです。本来ならば我々があの者達に罰を与えねばならないのですが、ギルド側のルールにより暴力沙汰の現行犯でなければ制裁は禁止となっていました」

「おまけに人に対する暴力は最近では少なくなる一方、素材提供の方に迷惑行為が多くなり、制裁を下そうにも何も出来ない状況にあったのを、お二人が行動を起こしていただいたおかげでようやく下すことが出来ました。改めてお礼申し上げます」


 なるほど、そういうことだったのか。確かにギルド側が他の冒険者に頼んで奴らにちょっかい出させるなんて真似は出来ないだろうし、ルールを破って制裁をすれば本部からどんな処罰が出されるかも分からない。

 どうやら俺達の行動は結果的にギルドやその関係者の助けになったという訳だ。

 いや~、良かった。わりかしマジで。もし、これでギルド加入不可の罰が下ったら夢が一つ潰えることろだった。


「なので、ギルドから僅かばかりのお礼ではありますが、お二人を留置所から釈放する際に必要な釈放金と」

「酒場で暴れた際の家具等破壊による被害請求金の二つをギルドこちら側で代わりに請け負うこととなりました」

「ん、つまり、私達はこのまま帰れるだけでなく、金も払わないでも良いということか?」

「その通りです」


 おお、なんて太っ腹なんだ冒険者ギルド。俺の懐は中々厳しかったから、これはありがたいことこの上ない。

 この処遇にはレフカもご満悦だ。旅人である以上、余計な散財は避けなければならない案件。銅貨を一枚も払わなくて済むのは非常に助かるのだろう。


「それと、こちらは例の冒険者らの迷惑を受けていた我々ギルド職員個人からのお礼です」

「お二人は旅人とお伺いしましたので、こちらをどうぞ」

「……! これはッ!? これも貰って良いのか!?」

「何それ?」


 一体どこで俺達のことを知ったのか、職員個人のお礼としてレフカに手渡されたのは一枚のチケット。表面にはどこかの大陸の一部を描いた絵と、点々と付いた黒点がどことなく地図を思わせる一品。

 俺にはそれが何なのか見当が付かなかったが、レフカは違うみたいだ。


「お前、これを知らないのか!? これは、見せるだけで各都市を回るのに必要な代金を払わないで済む馬車のチケットだぞ!?」

「まぁ、各駅で一回しか使えない一方通行用のですけど」

「流石に無制限使用のチケットは用意出来なかったので」


 お、マジか。制限付きとはいえ無料で馬車が使えるようになるチケットか。そいつはすげぇ。

 てか、それ以前にこれを渡して貰えるくらいにあの冒険者らはギルドに迷惑かけてたんだよ。もはや伝説だな、あいつら。

 貴重らしいチケットを手にして呆けているレフカを置いといて、双子職員らは向きを改めて俺達の方を見る。


「用件はこれで終わりなので、我々はこれで失礼致します。再三改めて今回の件について感謝申し上げます。では」

「もしギルドに登録された時は、今一度お会い出来るのを楽しみにしています。では」


 最後にそう言った二人は、そのままこの部屋から退室。残った俺達も看守の手引きによって武器を返却されて留置所から出されてしまった。

 外はもう真っ暗だ。妙に明るくて大きい月の明かりが道を照らしているが、街頭が少ない故になかなか見えづらいのは変わりない。


「今日は良いことだらけだったな」

「あー、うん。そうかもな。ん、そうなのかな?」


 馬車のチケットを貰って機嫌の良いレフカはポンと俺の肩に手を当てる。

 まぁ、確かに良いことがあったといえばそうなのかもな。武器も手に入ったし、経緯はどうあれギルドにも感謝された。異世界転生初日としては十分に濃い一日を過ごせたとは思う。


「牢屋で寝る結末にならずに済んで良かったとは思ってるよ。……ん、あ」


 本日の出来事を思い返す中で、俺は何か頭の中で何かの記憶が引っかかってしまった。

 寝る……、夜……、あ。そうだ。宿屋だ。


「……! ああ──っ!! 部屋の鍵締めてなかった!!」

「何やっているんだよ。お前は……」


 あー、そうだった。ここは異世界。元の世界程宿の警備は厳重じゃあ無いんだった。

 この失態を思い出してしまった俺は、急いで宿泊施設への道をレフカに教えて貰いながら辿るのであった。

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