1ー10

「がははははははっ! そりゃ傑作だな!」


 俺は酒場のマスターから水の入ったジョッキを一杯貰い、例のパーティーへと近付いて行く。

 すげーうるせぇ。これが割れ鐘の様な声ってやつか。ますます近寄りたくない気持ちが強くなってきたが、体を張った以上、もう後には引けない。

 一番声のデカい男の側に接近し、声を掛ける。


「おう、そこのイケメン達。なんか楽しそうな話をしてるじゃん。俺にも聞かせてくれよ」

「……あ? 何だこのガキ。さっさと帰んな。ここはお前みたいなひょろっちい奴が来るとこじゃねぇよ」


 ふむ。案の定な反応だ。そりゃあ、誰だって急に知らない奴から話しかけられたら白けるもんだよな。

 だが、俺とて何も策が無いまま接触なんてしない。事前情報はすでにこの頭の中だ。


「俺、あんたらのこと知ってるんだぜ。確かこの辺りで活動してる冒険者の中ですこぶるキてる奴ららしいな」

「ほぉ、このガキ、俺達のことを知ってるみてぇだな? 有名になったもんだぜ、全く!」


 俺の言葉に若干気を良くしたのか、リーダー格らしき男はガハハとさらにクソデカ声で笑い出した。やはり、こういう奴らにはこの手に限る。

 俺はこのジョッキを貰う際に、酒場のマスターからこいつらの情報を耳に入れている。大銅貨一枚分が犠牲となってしまったが、対価以上の情報が手に入った。


「何でもどんなモンスターもその戦斧で一撃粉砕、数多の喧嘩も拳一つで制したとか何とか。かっけーなぁ、おい!」

「だはは、そうだろう? 俺たちゃあ、最強なんだよ!」


 前者はこいつらの武器が斧というだけあって、ギルドに提出するモンスターの状態を全く考えずに換金を要求する迷惑行為。後者が色んなパーティーに突っかかって一方的な暴力で伏せさせる違反行為などの皮肉を装飾した言葉。要は遠回しに馬鹿にしているのだ。

 こいつら、この辺りで名のある迷惑冒険者パーティーらしい。

 しかし、酒が回ってるのか、誰もが言葉の真意に気付いていない模様。よし、作戦は順調だ。


 ここで、ちらと見ると奥の席でレフカがどこから出したのかフードを深く被ってこちらの様子を見ている。目がかなりきつい。まだ時は近付いてはいない。もう少し待っててくれ。

 そこから、俺はこの馬鹿共の迷惑行為を賞賛で色付けた皮肉を使い、奴らの気を良くさせる。数十分くらいの時間が経った後には、目的通りこいつらの輪の中に入り込めたみたいだ。


「それでよぉ、俺は言ったんだよ。『何でさっきの奴らと同じモンスターで、おまけにこっちの方がデカいのに買取額が低いんだよ』ってな。そしたら逆ギレしてきやがってよ、『これ以上の迷惑行為を続けるなら冒険者の権利を剥奪する』とか何とか脅されてよぉ、しぶしぶその金額で我慢したんだよ。あー、むかつく話だぜ」

「ひっでぇ話だな。まぁ、所詮ギルドも人が動かしてる機関だからな。全部の冒険者を公平な目で見ねぇよ。悔しいよな、うん」

「おお、分かってくれるか!」


 予想外だったのが、こいつらの話が結構面白い。ほぼ愚痴ばっかりになってきたけど、自分らが悪いって気付いてないことが滑稽過ぎてつい話を聞いてしまう。

 素行はすこぶる悪い奴らではあるが、きちんと同情した相槌を打つと素直な反応もしてくれる。

 しかし、それでもこいつらが悪いタイプの冒険者だっていうのは大前提にある。それはこれからどんな話をされても変わることはない。

 話が途切れ、小休止となったところで俺はようやく作戦を決行する。


「そういえばさ、昨日か一昨日だったか? 金髪の女の人と絡んでなかったか? 知り合い?」

「ああ、あいつか。すっげー美人だったろ。俺達、今そいつを狙ってんのよ」

「ははーん。もしかして、シモの狙いでか?」

「がっはっは! あったりめぇだろ? この辺じゃそうそう居ねぇ顔だ。一発ヤってみてぇしなぁ。それ狙いで俺達のパーティーに誘ってんだけども、あっちも強がりやがって、ギルドにも入ってないくせに組んでる奴がいるとかほざきやがった」

「本当はそんな奴、居ないくせになぁ! だっははははは!!」


 ここまで打ち解けられたせいか、こいつらレフカを狙ってる理由を簡単に吐き出しやがった。はっ、チョロいな。

 にしても胸糞悪い話だ。あいつの予想通り性的干渉を目的で近付いたらしい。生前の世界なら通報案件だぜ。


「そういや今日、あいつがその仲間を連れて来るって言ってたな」

「出てってからそこそこ経つよな? もしかして逃げられた?」


 レフカの話題を出したことによって触発されたのか、荒くれ共の中から約束を疑う者が出始めてきた。そろそろ頃合いかな。


「あ、そうそう。あんた達に言い忘れてたことがあったわ。悪い悪い」

「何だよ何だよ。怒らねぇから言ってみろよ。ガハハハ!」


 俺の背中をバンバンと叩いて承認される。ここまでくると、もう俺に対する警戒もほとんど無くなった様だ。うん、もう行くか。

 俺はジョッキを片手に天井を突くかの如く腕を上げた。ちょっと恥ずかしいが、レフカの筋肉頭でも分かりやすい合図が必要だから我慢である。

 荒くれ共も、いきなりの行動に少しだけ拍子抜けした様子だが、俺は気にしない。次の台詞でこいつらの運命は変わるのだ。


「レフカ! もう我慢しなくても良いぞ。来いッ!!」


 その合図が、殲滅の証。

 瞬間、どこからか人の大きさをした布が荒くれ共のテーブルの上に降り立った。料理の乗った皿を踏まないのは流石といえよう。

 さらに呆然とする中、周囲の目もこちらを引いてしまっている。


「貴様ら……。やはりそういうことだったんだな」

「お、お前……聞いてやがったのか!? ってことは、まさかこのガキっ……!?」

「騙す様な真似して悪いな。俺、本当はお前らみたいな奴、大っ嫌いなんだよ」

「て、てめぇらぁ……!」


 どうやら、ここで荒くれ共のリーダーは全てを悟った様だ。全く、遅すぎだぜ。

 俺がレフカの仲間だということ。彼女の言ったことは本当で、さらには水面下で考えていた不埒な狙いまでもが露わにされたという事実が、こいつらの怒りを上昇させる。


「よくも騙したな……! このクソガキッ!!」

「──ッ!? っとと、危ねぇー!」


 リーダーの男は、騙された怒りのあまりに側に立て掛けていたアックスを持って俺に向かって攻撃を始めた。

 いきなりの攻撃に、俺は一瞬だけ反応に遅れてしまったものの、神から授かったこの身体はそれを凌駕する身体能力の高さを発揮する。

 一瞬で上体を反らした俺は、横振りに斧撃を紙一重でかわす。服には掠った様で、腹部分に小さな穴が出来てしまった。

 危ない危ない。身体能力を底上げして貰ったのは正解だった。少しでも遅れれば身体が真っ二つだったぜ。

 そのまま後方回転をして体勢を整えると、レフカの方に目が行った。


「覚悟しろ、女っ!」


 フードを外したレフカは三人の荒くれ者達と同時に戦いを始めている。テーブルの上に立つ彼女は周囲三方向を敵に囲まれて逃げ場は無い。

 だが、荒くれ者の一人が動いた時、ほぼ同時と言っても過言ではない程に瞬時に対応をした。


「はぁっ!」

「かはぁっ!?」


 小ジャンプをしてその攻撃を回避。勢い余ってテーブルに突っ込んだ荒くれの一人は、そのまま落下してきたレフカの踏みつけを食らう。

 一気に肺から空気が抜けた男はそのまま沈黙。レフカは何も言わずにその男から降り、酒場の床にブーツの底を付ける。


「この女っ、意外と強……ぐあっ!?」

「ディン! このやろっ……」


 レフカの強さに驚いている最中でも、攻撃は容赦なく荒くれ者の雑魚を襲う。

 ディンと呼ばれた男は、台詞の途中でレフカの腰に提げていた鞘付き剣の打撃を顔に受けて、そのまま気絶。あっという間に荒くれの仲間は一名のみとなる。

 なるほど。あの時に言った『三人同時なら余裕で勝てる』の言葉はあながち嘘じゃなかったらしい。


「よそ見すんなオラァ!」


 おっと、思わずレフカの戦いぶりに見とれた俺は、少しだけ荒くれ冒険者リーダーのことを忘れていた。

 斧を持ち直すとそのまま俺に接近。また横薙ぎの攻撃を仕掛けてきた。

 バックステップでそれをかわし、俺も反撃に移ることにする。


「頼むぜ、俺の杖」


 背中に背負っていた武器加工済みである規格外の槍柄を手に取り、それを一回転。うん、流石プロだ。よく手に馴染む。

 初めての実践が人であることには疑問は抱かない。むしろ良い練習台になるな。


「蛮族紛いの冒険者さんよ。俺の新しい武器の練習相手になってくれ」

「ふざけたこと、言ってんじゃねぇっ!」


 不思議と心に余裕があった俺は、ついそんなことを口に出してしまった。それに反応するリーダー格の男は激昂状態となっている。

 それにしても、動きが三通りしかないな。横か縦か斜めにしか斧を振らないとは、格闘術に詳しくない俺でも酷いと分かる。もしかして、パワー全振り?


「そんな単調な動きじゃあ、すぐに読まれちまうぞ! 隙あり!」


 斜め切りをかわした刹那、低姿勢になった後に杖を回して男のすねに一撃を打ち込んだ。弁慶の泣き所なんて別名があるくらいだ。その痛みは尋常ではない。

 リーダー格は自分の得物を手放して唸りながら臑を押さえている。そんなに痛かったか。でも、悪人には容赦は出来ない。


「持たば太刀!」


 その縦振りの一撃は脳天を打つ。イメージは剣道の面だ。

 武器自体は20の威力しかないのだが、相手を怯まさせるとしては十分だった様で、衝撃で脳を揺すられたのか男の体はふらつきを見せる。


「払えば薙刀!」


 次は横払い。顔の横を狙った一撃は見事にヒット。そのまま横に吹っ飛んでいった。

 転がる男はもはや自ら動く気配はない。軽く伸びてしまっているな。ちょっとやりすぎたか。

 でも、最後がまだ決まってない。後味悪い終わり方は勘弁だが、ラストは空振りで済まそう。


「突かば……槍!」


 伸びてる荒くれリーダーの喉元に、俺は杖の先端を突き立てる。

 勿論、なるべく人命優先。悪人でも命は奪わない、奪えない。

 喉を突くはずだった先端は、首の横を狙って床を突いていた。つまり、とどめは刺さなかったのである。


「ふん」

「く、くそっ……」


 あちらは相手側の投降という形で決着がついた様子だ。うん、平和的解決。いいね。

 これで、このパーティーはレフカに手を出そうとはしなくなるだろう。もしかしたら、この騒ぎで冒険者資格の剥奪もありえる。

 にしても、ついやってしまったなぁ。暴れたせいで辺りがごちゃごちゃになってしまっている。弁償待った無しだろうな。

 僅かばかりの後悔を思っていると、酒場の入り口も騒がしくなる。今度は何事かと思えば、人並みを掻き分けて現れる者達が現れた。


「衛兵だ! ここで暴れた奴がいたと聞いたのだが……まさか、お前達か?」

「は、ははは……」


 衛兵さんですね。分かります。

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