2ー5

 男爵の書斎から出た俺は、数冊の本を持って自室へと戻っていた。

 本は持って行っても良いって言ったから、少しくらいはね? どうせ男爵の依頼は明日だし、夕食までの時間をぼーっとしてるのも勿体ないので、この際だからという気持ちで現在に至る。


 ちなみに、現在読んでいる本は魔術関係と思われる革表紙の本。何やら俺の知らない単語がいっぱいでほとんど理解出来ていない。

 そんな本の内容はともかく、今まで気にしていなかったのが不思議なことに、俺は異世界の文字を理解出来るらしい。まさに異世界テンプレ。我ながらそう思うぞ。


「にしても、柔らかいベッドの上でする読書は素晴らしいことこの上無いな。この魔物も蔓延るファンタジックな異世界でストレスフリーな環境を過ごせるとは思いもしなかったぜ」


 正直、ずっとこの状態でいたい。旅とかもう面倒だわ。

 とか何とか言ってると、どっかで俺を見ている神様ズに人生を狂わされかねないので、叶わぬ願いだ。こうしていられる今を噛みしめておかねば。

 話は唐突に変わるが、俺は元活字中毒。それ故か自慢では無いにせよ速読が出来る。今もこうして意味を理解せずにペラペラとページを捲っていると、気になる項を発見した。


「……! 『詠唱基礎』のページ……?」


 そのページに書かれている文字を読むと、ふと思い出す記憶がある。それは、数時間前に初めて目にしたこの世界の魔法。


『──勇なる者、善なる者、賢なる者よ。我が勇に、我が善に、我が賢に応えよ。ガイヴィナンドの名の下に、力よ、正義よ、魔よ、集え!』

『吹き荒べ──。『零れ落ちる暴嵐の残滓オーバー・ザ・ハリケーン』!!』


「…………」


 狼が馬車に侵入した際にレフカが発した風属性らしき魔法とその詠唱。

 他に優先すべきことが多くてレフカに聞けていなかったな。折角このページを見つけたのだ。中身の確認をしておくべきだろう。

 ページを捲り、黄ばみかけた白地にびっしりと記載されている文字を見ても俺の知らない単語ばかりだったが、大まかには理解出来た。


 どうやらこの世界の魔法は一度の詠唱で一定時間だけ魔法を発動することが出来るという法則があるらしい。いつでも直ぐに使えないとは何とも不便な力だ。

 実例を上げると、あの時レフカが俺の前で初めて行った詠唱の後からしばらくは今の詠唱をせずともあの風の魔法を撃てるという訳だ。


 だが、それにはやはり個人差があるらしく、一度の詠唱で一時間以上も保てる者が居れば、僅か数十秒という短さの者もいる。おまけにMP的制限もある様で、放つ魔法によっては連発も難しいとのこと。

 余談だが無詠唱魔法についても調べを進めた。レフカ曰く、俺のは無詠唱それに分類されるらしいが、本にはそれに関する記述は名称程度しか載っていなかったため、詳細は不明。まぁ、神様から貰ったチート能力だからね。仕方ないね。


「ふむ……理解した」


 要は実際に魔法を使える人物に聞いた方が早いってことだ。では、行動に移ろうか。

 俺は自室から出て、レフカの捜索に当たる。アイツの部屋の場所は知らないので、またも独力で探すこととなる。

 所詮簡単思考の体育会系女騎士。どうせ一人で黙っているのは得意ではなかろう。きっと庭辺りで剣でも振っていると仮定し、向かってみる。


「……って、そんな訳ないか」


 正直、こうなるのは察してた。余計なところで礼儀正しいレフカが貴族の屋敷内で剣を振るなんてするはずはない。仮にしていたとしても、あの領主なら笑って許すとは思うのだが。

 さて、第一予想は外れ。次はどこを探そうか。


 思い悩みながら敷地内を歩いていると、別棟に近付いてきた。確か、ここで徴収した武器の確認作業をしているとのこと。

 俺が本館へ入る前に別行動をしたネムラがこの別棟に居るのは確実。とはいえ本題とは関係無い場所を探す訳にもいかないんで、さっさとずらかろうとした時である。

 がちゃっと、扉の開く音が聞こえた。それを聞き取った俺は、そそくさと庭の植木に身を隠す。びっくりしたからつい、ね?


「わざわざ手伝って頂き、ありがとうございました。レフカさん」

「私も退屈していたのでな、いい暇潰しになった。それと、私には言葉遣いを改める必要はない。呼びやすい様に言えばいい」


 およ? 何という偶然か。どうやらレフカは別棟の中にいた様だ。そして、ネムラと何やら親しげな様子が伺える。

 こそこそと植木の隙間から顔を覗かせて観察をする俺。悪意ある覗きではないからセーフ……だよな?

 そんな俺の存在に気付いていない二人は、そのまま移動をしながら屋敷の庭を散策をし始めた。


「それにしても、レフカさんって貴族なのに旅をしてるんですね」

「ああ。昔に色々あってな。今はこうして町を転々としている」



 何やら女子二人でトークに花を咲かせている。内容はレフカのことっぽい。

 やはり異世界とはいえ、貴族身分の者が家出をするなんてことはイレギュラーな出来事と見られる。一介の町娘であるネムラからすると、その異例たるレフカは珍しい人物なのだろう。


 そこからもうしばらく耳を立てていると、内容は異世界版ガールズトークというべきか、俺にはあまり興味が湧かない他愛の無い話が続く。

 うむ、このままここに居ても無駄な時間を過ごしてしまうだけだな。二人の楽しげな会話に割り込むのは些か申し訳無いが、知りたいことはとっとと訊いて退散しよか。

 そう決めた俺は、すぐに行動に移ろうとした。その時である。


「ネムラよ。お前、フウロのことをどう思っている?」

「えっ……!?」


 な、な、な、何と! このパターン……もしかして恋バナってやつか!? しかも、俺が話の中心点という普通なら本人に絶対聞かれちゃいけないやつだ、コレ!

 俺でもその意味を察したのだ。ネムラ本人もそれを理解している。だって、ほら。明らかに表情が引き吊ってる。


「え、ええぇえ……っと。私とフウロさんは武器を買った人と武器を作って売ったというだけの関係であって、他意は別に……」

「そうだったのか。あいつに抱きついて泣きじゃくっていたから、てっきり親密な関係なのかと。そうか、無関係なのか」

「あれは……狼の群に襲われたのがすごい怖くて、つい……」


 茹でたタコの様に赤面しながら当時の解説をするネムラ。恋愛的な話にはうぶなのか、あたふたと身振り手振りで招いてしまった誤解を解こうと必死になっている。愛いやつよ。

 にしても他意はないのか。そうか。うん、別に傷ついてなんかないよ。うん。分かり切ってたことだし、そもそも生前はモテたことが無かった故の反応だからね。うん、全然大丈夫。……大丈夫。


「そ、そういうレフカさんこそ、フウロさんのことをどう思ってるんですか?」

「私か? 私は、そうだな……」


 今度は逆にレフカが俺に対して抱いている思いを訊ね返されることになった。

 と、ここで俺は先ほど男爵にレフカのことをどう思っているかを訊かれたことを思い出す。


『今の彼女の心に一番近いのは君だ。理由は分からないが、出会って一日しか経っていない君に心を開いている。だから、彼女の信頼を裏切る様な真似はしないで欲しい』


 つい先ほど言われたのを一字一句思い出し、俺も少しだけ緊張が走った。

 俺があいつに抱いている感情は『馬鹿』『天然』『残念美人』の三つ。そこまで良いものではないにしろ、俺自身レフカのことは信用に値する人物だと思っている。


 しかし、当の本人はどうだろうか。元々俺はレフカが起こしたいざこざをどうにかするために旅の相方になった様なもの。俺のことを信頼していると男爵は言っていたが、それはあくまでも個人の解釈。本人の意見ではない。

 ここで、彼女レフカの真の本心は聞けるのだろうか。回答は如何に。


「……どうなんだろうな。私自身、あいつのことをどう思っているのか未だに分からないと考えることがある」


 思い悩んだ末の回答は、まさかの不明という曖昧なもの。これには問い返したネムラも呆然としてしまう。無論、俺もだ。

 自分から旅の同行を頼んできた上に、お前なら大丈夫な気がするとかなんとか言ってたのにも関わらず、今更理由が分からないとはおかしいだろう。最初っからはっきりしてほしいものだよ。

 心の中でぶつくさ文句を垂れ流す俺だが、それを知る由もないレフカは曖昧な回答の続きを口にする。


「ただ、あいつを選んだのは偶然じゃない。何となくだがそんな気がしている。運命というか何というか、出会うべくして出会ったのだと感じるんだ」


 ……なんか、想像以上にロマンチックな言葉を言ったな。異世界だからそういう言葉を使うのは抵抗が無いのか? 運命とか出会うべくして出会ったとか、まるで恋愛ドラマだな。

 それはともかく、こう盗み聞くことになって言うのも何だが、あいつが俺に対して抱いている感情が比較的好意的だと知って、ちょっとだけ恥ずかしいな。もし、これで悪口とかだったら今後の旅が気まずくなるところだったぞ。


「……何だかロマンチックで羨ましいです。良いなぁ、私もそういう感じの人と出会ってみたいなぁ。私も旅に出れば見つかるかな?」

「ふっ、止めておいた方がいい。お前には兄がいるんだろう。私の様な家族に心配と迷惑をかけさせる奴になっては駄目だぞ」


 ここからの会話は俺の耳にはほとんど届いてはいない。何故ならば、俺はすでにこの場から離れて自分の部屋へと帰り始めていたからだ。

 二人のガールズトークの邪魔をいてはいけない。あの空間に男という存在は不要なのである。マナーは守らねば。

 そんな訳で、少しだけ嬉しい気持ちを抱きつつ二人にバレない様にそっと本館の方へと移動をするのだった。

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