2ー6
部屋に戻った俺は、そのまま本の知識を意味も理解せずに吸収する。新しい魔法を創る際に参考となるかもしれないからな。とりあえず、大事そうな文章だけは記憶していく。
集中しているとあっという間に時間は過ぎていき、夕方過ぎ頃に部屋にメイドの一人が夕食を伝えに入って来たので言われた通りに食堂へ。そこにはレフカとレグゼンにネムラ、他武器屋の代表数名が席に座っており、全員と席を合わせて食事をすることとなった。
そんなこんなあって夕食会も終わり、俺ら旅人を含めた客は各々の宿泊部屋に寝泊まりをした。ここまでを割愛する。
そして、翌日。
「では、男爵。私はこの者達を町に戻した後、次の町へと向かいます。次に帰ってくるのは六日後かと」
「うむ。期待しているよ。頑張ってくれ」
次の町へ武器を徴収しに行くレグゼンを見送る男爵と俺ら旅組。聞くところによるとまだ二件分の町を渡らないといけないらしく、しばらくは帰って来られないとのこと。
貴族も大変だなと思っていると、レグゼンとトランの町の武器屋代表一行は馬車に乗り込んで、そのまま屋敷を出発する。俺は最後まで手を振ったが、レフカは冷静に馬車の行き先を見つめるだけだった。
「それじゃあ、今度は君達だ。昨日言ったことは覚えてるよね?」
「問題はありません。私達も期待に添えるよう頑張って来ます」
「うんうん、そう言って貰えると僕も嬉しいよ。あ、馬車はあっちにあるから」
見送りが済んだ後、俺達も男爵の言葉によって馬車が用意されている所へと移動する。これで、あの雲の様なベッドと本がある屋敷から離れる時が来た。ちょっと名残惜しいな。
移動した先には俺達が使っていたやつより一回り小さい馬車が一台準備されていた。これに乗って次の町へ赴くことになる。
ちなみに俺達が使い、そしてレフカが壊した方の馬車はそのまま屋敷の方で修理し、そのままトランの町へ帰すとのこと。先に直してくれるのはありがたいことこの上無い。言い換えれば依頼を途中放棄することが出来なくなったということでもあるが。
馬車に乗り込み、後ろの客車の窓から見送りをしている男爵を見る。最初は何となく怪しい雰囲気の若作りした中年だと思っていたが、こうして思い返せば中々の善人だった。多分、生前も含めて一番性格が良かった人だったかもしれない。
「フウロ、そろそろ出発だが、私の御者としての能力は期待はするなよ」
「安全運転第一でお願いします」
今のは自分の御者としての技術を謙遜して言ったんだろうが、いくつかの前科がある以上、それは不安を煽る言葉にしかなっていないというのを本人は自覚しているのだろうか。
レフカが馬車を操れるというので屋敷の御者は雇わなかったのだが、もう怖くなってきた。どうか何事もなく町まで着けますように……。
「では男爵殿。私達は例の人物を探しに行きます。暫しお待ちを」
「うん。出来るだけ早めにお願いね」
最後に言葉を交わすと、レフカは握っていた手綱で馬らしき生き物に指示を送る。
一応は馬車を操れるだけあって、初動は安定のスタートを切った。流石にいきなりトップギアで猛スピード走行なんていう事態にならなくて心底ほっとしてる。
最後まで見送ってくれる男爵に手を振りながら、俺達の馬車は屋敷の敷地内を抜け、いよいよデトロイア行きの道へと辿り始めたのであった。
†
話はおおよそ半日前に遡る。丁度夕食会を終えて屋敷で働いているメイド達が後片付けをし始めた頃だ。
俺ら旅組は男爵に呼び出されて応接間に留められてた時の話である。
「やぁやぁ、待たせたね」
どうやら男爵は人を待たせた、あるいは人を待っていた時に今の言葉を先使うのが癖らしい。うん、どうでもいいか。
それはさておき、俺達がこの別室で待たせていた間に男爵は羊紙皮らしき小さな巻物を二つ持って現れた。何でも昼間にしていた話の続き……つまり、俺達に頼みたいことの説明をするらしい。
「二人とも、これを」
そう言われて渡された巻物。封を解いて中を確認してみると、モノクロの絵で女性の似顔絵とその人物の名前と特徴他様々な情報が記されていた。
名は『メイ・ケリス』。髪型はポニーテール風で、右頬に大きめの傷があることから女性ながらに戦いに身を投じている者だと理解に早かった。
「君たちに頼みたいことは、この絵の人物を探して来て欲しいんだ。情報によると、彼女は現在デトロイアに身を置いているらしい。実のところ僕が直々に出向いても良いんだけども、今は館から出られないから、君達にお願いするよ」
どうやら俺達に頼みたいことというのは人探しらしい。領主たる人物ならギルドや憲兵に直接頼めるのでは? という疑問はこの際考えなかったことにしておく。
にしてもまさかデトロイアに赴くとは思わなかった。俺達の当初の目的地として目指していた町に行くことになるなんて、世間は案外狭いものだ。
「報酬は後払いで、交通費も付けよう。壊れた馬車はこちらで直した後にトランへ戻すから、デトロイアまでの交通には僕の馬車を一台使うといい。なるべく壊さない様に注意してくれよ?」
「だそうだ。気を付けろよレフカ……って、どした?」
領主の注意事項を相方に受け流した時、その様子が変だったのを俺は目撃する。
言葉通り、じーっと似顔絵の描かれた羊紙皮を凝視し、まるで俺や男爵の話を聞いていない。
マジでどうした? とりあえず、耳元で呼びかけてみる。
「おい、おい! 聞いてんのか?」
「……! おっと、すまない。この紙に描かれている人物がもしかしたら私の知り合いに似ていてな。つい考え事をしてしまった」
ほう。知り合いに似ているとな。そういえば、最初の町から出た時に冒険者の知り合いがデトロイアに居るみたいな話をしていたのを思い出す。もしかしてその人物か?
「もしかしてレフカん家の警備をしていた冒険者の人か?」
「ああ。その通りだよフウロ君」
訊ねた問いに答えたのは、レフカではなくアルゼント男爵。予想もしなかった回答者に俺は少しだけ驚き、顔を男爵本人へ向ける。
「実は、うちの屋敷で契約中の冒険者を兼任してる警備員の一人が近々ある仕事に同行することになってしまってね。彼の代わりに良い人がいないか探してたら彼女を見つけたんだ。それで、少し調べたらレフカちゃんの家の警備経験もあるらしかったから、彼女がいいなぁって思ったんだ」
ふーん、なるほど。つまりレフカの家の元警備員がアルゼント男爵の屋敷の警備員にスカウトしたいから探し出して来いって訳だ。どこにいっても世間ってのは狭いんだな。
偶然に偶然が重なった結果とはいえ、俺達に任される仕事の真意も知ることが出来た。レフカも目的の人物と知り合いであることから、怪しい感じの内容ではなさそうである。
「ま、そういう訳なんだ。やってくれるよね?」
†
まぁ、断る理由なんて無いので、この依頼は二つ返事で了承する。
こうして馬車を借してくれているだけでなく、壊れた方を直してくれているのだから、これを蹴るなんてありえない選択をするなんて論外だ。
俺は改めて男爵から渡された巻物を広げ、目的の人物の顔を改めて見てみる。
如何にも戦い慣れしてそうな感じの女戦士だ。絵でも直にそう思えるのだから、現物はもっと圧倒されるのだろうか。
「なぁ、レフカ。このメイって人はどんな感じの人なの?」
「ああ。とても豪快な人だ。よく近場に現れたモンスターを倒してはその肉を誰にも見られない場所で隠れて食べてたりと、茶目っ気もある方だ」
「ええ……。隠れて食べてるって……それお前にバレバレじゃん」
「あの時に食べたデリズ・ベアのステーキは私の中で最も美味な料理だった……」
「こいつ買収されてやがった」
うわ、こいつ思い出の料理を想像して涎を垂らしてやがる……。ちょっと引くわ。
てか、今さらりと熊を倒してる発言もしたぞ。一人で野生動物とも渡り合えるとなると、かなりの実力者であるのは間違いない。
「ま、まぁ、昨日も話したが、今の私を構成する上で上位に入る人物ではあるな。最後にやりとりをしたのは三年前の手紙だったから、まだデトロイアに住んでいるとは思わなかったぞ」
やはり今のレフカの人格を作り上げた元凶の一人だったみたいだ。せめて人前ではまともな人物であって欲しいと願うばかりである。
そんなこんなで話をしつつ、馬車は安定した速度で目的地へと進んで行く。林を抜けて再び走行していると、ついにその町は見えてきた。
「フウロ、見えたぞ。あそこがデトロイアだ」
「あそこか。とっとと探し出してゆっくりしたいもんだぜ」
遠くに見えている町の壁を見ながら、俺達は領主の使いとしての役目を果たすべく、馬車のスピードを一段階上げて向かって行った。
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