2ー7
馬車を飛ばして三時間弱。目的の町デトロイアに到着し、俺達は馬車を駅に預けて早速捜索に移る。
とは言いつつも手がかりはこの似顔絵のみ。この町のどの辺りに住んでるかなんて聞いていないので、探し当てるには地道な聞き込みからだ。何だか異世界に来てからというものの、人や物を探してばっかりな希ガス、否、気がする。
「そういえば、お前に聞こうとしてたことがあったや」
「ん? 何だ、言ってみろ」
そんな聞き込み合間の休憩にて、俺は常々思っていたアレについて訊ねてみることにした。今まで色々あって聞けなかったし、後々になってまた忘れるのも困るしな。
「お前、あの時に使った魔法って何なの? 勇やら賢やら、オーバー・ザ・なんちゃらとか」
「知らないのか? あれは術式詠唱といって、魔法を放つ前に必ず唱えなければならないものだ。人によって唱える際の文は変わるらしく、私の場合は『勇なる者、善なる者、賢なる者よ。我が勇に、我が善に、我が賢に応えよ。
へぇ、なんかカッコいいな。個人によって文章が変わり、さらに自分の名前が入るなんて、それはまさに自分専用ってことじゃないか! まさにザ・魔術って感じだ。
確か本に載っていた情報によれば、その術式詠唱からしばらくは魔法を詠唱無しでも唱えられるんだったか。では、レフカはどれ程保てるのだろうか。
「で、お前はその一回の詠唱でどれくらい魔法発動時間があるんだ?」
そう何気なく訊いてみた途端、レフカの目はキッと細められ、俺を睨みつけてきた。えっ、俺何か悪いこと言った?
俺を白眼視する旅の相方。この三日の付き合いで初めて目にする表情に俺は思わずたじたじになる。
「フウロ。訊ねた相手が私だったのを幸運と思うんだな。もし、私以外の貴族……例えば王都住みの貴族とかに今の問いかけをしたのであれば、投獄ものだぞ」
「えぇ……!? マジか。術式詠唱の時間って訊いちゃダメ系な質問なの?」
「当然だ。お前の様な無詠唱が出来る者と違って、私の様に術式詠唱に頼らなければ魔法を使えない者にとって一番知られてはいけないのが術式後の時間だ。時間を知られるということは、即ち弱点を晒すのと同義。肝に銘じておけ」
「お、おう……気を付ける」
そうだったのか……、これは迂闊だった。
よく考えればそうだよな。魔法を使うに制限時間があるこの世界。もし、自身の詠唱後の時間が知られていれば、時間が切れたところを狙って攻撃されてしまいかねない。
うん、確かに失礼極まりない発言であった。今日一番の反省点である。
ここで異世界の常識の一つを知れたところで、この妙な気まずさを紛らわすかの様に休憩を終了させ、聞き込みの再開に戻る。
それにしても詠唱ねぇ……。俺のは魔法の名称を言うだけで発動が出来るが、やはり無詠唱だと目立ってしまうだろうか。レフカは俺の無詠唱に驚いている様子はそんなに無かったが、他の人からすると珍しいのかもしれない。
面倒なことに巻き込まれない様、人の目につかない場所を中心に使っていこう。
†
市街地にて情報を収集していると、例の人物についての情報がついに得られた。
何でも今は居住区にある一軒家に住んでおり、時々ギルドに顔を出しては依頼をこなして生計を立てているとのこと。
なので、俺達はすぐさま教えられた場所に向かうことにした。
「ここだな」
「ここらしいな」
そして、メイ宅と思わしき小さな一軒家の前に立つ俺達。端からはどう見られているのかちょっとばかし気恥ずかしいが、今は無視だ。
「じゃあ、行くぞ」
「あっ、ちょっと待ってくれないか?」
メイ氏を呼び出すために早速ドアをノックしようとするが、寸前でレフカに止められてしまった。一体何なんだ? 何か忘れ物でもしたのだろうか。
何かと思いレフカの方を見ると、何だか様子が変だ。まぁ、変なのはいつものことではあるのだが、何というか今はもじもじと落ち着かない模様。
キュピーン! と、ここで俺は僅かな手がかりで犯人を特定する名探偵の如く、この意味を察する。
「ははん、さてはレフカよ、久々に会うから緊張してるんだな?」
「ぐっ……」
顔が固まった。どうやら図星らしい。俺は確信する。
まぁ、気持ちは分からんでもないぞ。何せ今のレフカを形作らせた一人、つまりは恩人と数年ぶりに会うのだ。緊張してしまうのも致し方がない。
故に紳士である俺はドアの前から下がり、代わりにレフカを前に立たせた。
「なっ、なななな、何をっ……!?」
「ほらほら、折角久々に会うんだからさ、出るのは俺じゃなくてお前が良いはずだぜ?」
全く、緊張しいだな。いつもの女騎士風のでかい態度はどこに行った! そんなんじゃあ、メイ氏もがっかりするぞ!
おろおろとするレフカだが、俺の意図をようやく理解したのか急に落ち着きを取り戻し、深呼吸をする。そして、普段の凛とした態度に戻ると、ドアを数回ノックした。
これで、こちら側の要求を相手が飲み込み、領主の屋敷まで連れて来られれば俺達の依頼は達成。旅の道具を一式頂いて旅の続きとなる。しかし──
「……あれ?」
「出ないな。留守か?」
家の構造からして、このノック音は聞こえていてもおかしくはないはず。何回か叩いてみてもやはり結果は同じだった。
「もしかして依頼受けに行ってんのかな? だとしたらとんだ無駄足だったな」
どうやらその可能性が高いらしい。ここまで知らない人に散々話しかけて集めた情報で辿り着いたというのに不在とは、運というのはそう簡単に味方についてくれないものだな。
これにはレフカも残念という感情がオーラとして出ている。家に居ないことが判明した以上、帰ってくるまで待つ訳にもいかない。よって……。
「よし、次の作戦だ」
「作戦?」
そう、プランBだ。レフカや町の人達から聞いた目的の人物の性格を俺のラノベ脳(推理小説バージョン)で照らし合わせると、家に居ない可能性も十分にありえた話。
聞き込みで得た情報も組み合わせて作られたプランBの内容はこうだ。
「この町のギルドに行って、メイって人が何の依頼を受けに行ったか聞きに行こう!」
てな訳でやって来ました『冒険者ギルド・デトロイア支部』! ここで俺達の知りたい話が聞ける、はず。
中に入ると、人の声が沢山耳に届き過ぎて何言ってんのか全然分かんねぇや。どうやらここのギルドはトランのよりも人が多いらしい。俺が最初にイメージしてたギルドに近いな。
ま、そんなことはともかく、俺らは真っ先にカウンターの受付に例の話を持ちかけてみることにした。勿論、変な疑いをかけられぬ様、男爵から直々に受け取った似顔絵を掲示しながらだ。
「あのー、すいません。このメイって人、ここで何かの依頼を受けてませんかね?」
「あー、メイさんですね。えーっと……、はい。三日程前に近場の森に探索に出ていますね」
「探索? え、じゃあ、いつ帰ってくるとかって分かりますか?」
「う~ん……どうでしょう。あの方は時間をあんまり守らないで有名ですからね……。今日帰ってくるかもしれませんが、逆にまだ三日四日かかるかもしれません」
「えぇ……」
時間守らないって、元とはいえ貴族家の警備員経験者がして良いことかよ、ソレ。男爵もこれを分かっててスカウトしてるんだろうな?
ふと横を見ると、レフカが「あ~」と何か思い当たる節があるみたいで納得している。いや、おい……おい。
「先ほども言いましたが、もしかすれば今日帰ってくる可能性もあります。なので、申し訳ありませんがもう少しお時間を開けてから入らして頂きたいのですが……」
そう畏まる受付嬢。ううむ、ギルドでも今はどうにも出来ないならば、今日は諦めるしかないな。
捜査に協力してくれた受付のお姉さんに感謝を言いつつ、俺らはギルドの休憩コーナーの一席に足を運ぶ。
「にしてもお前の恩人は随分と自由人なんだな」
「そうだな。昔からそういう方ではあったが、今も変わってないのは安心した」
「それのせいで依頼の進行が滞ってるのですがそれは」
全く、
今は何も出来ない以上、現在考えるべきは本日の宿泊場所だ。まだ昼とはいえ、夕方にもなれば人通りの人口は現在の半分にまで落ち込む。今の内に泊まれる宿をキープせねば。
そんな次に移るべき行動について考えていると、騒々しいギルドのどこからか話が聞こえてきた。
「なぁ、最近近くの森で、遭難する奴が多いみたいだけどもさぁ、やっぱりアレ目当てなのかな?」
「ああ、そうだ。例のアレを探して森の奥まで入るバカが最近多いらしい。まったく、モンスターの卵なんて身も蓋も無い噂に踊らされるなんてな。まぁ、もし本当だったら研究所で馬鹿みたいな値段が付くだろうがな」
「……卵?」
うん? モンスターのとな?
「今何か言ったか?」
「あ、いやぁ何でもない。そろそろ宿取りに行くか」
なんか少し気になる話だな。詳しく聞いてみたいところではあるが、残念なことにこちらの時間が迫って来ている。
とりあえず、今の噂話は俺の記憶の片隅に置いておこう。今は宿屋を探さなくては。
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