2ー8

 翌日。俺達は現在行方不明のメイを探すために、少しばかり準備を整えていた。

 いつ帰ってくるか分からない以上、このままだと時間ばかりが過ぎていくだけだからな。近くの森……つまりあの変な噂とやらが最近立っているデフィルの森へと向かう準備だ。


「えーっと、他に何か持って行く物って何だ?」

「そうだな。最低限水と食料があれば良い。遭難した場合も考えて救難信弾があれば尚良しだ」

「救難信弾……? あ、これかな」


 レフカの指示に従って着々と装備を整える。流石は旅人としての経験が長い女騎士様だ。冒険に行く前の準備は手慣れたものだ。

 そう、冒険である。場所は近場の森とはいえ、モンスター出現区域へと今から俺達は行くのだ。勿論、俺自身初めての冒険である。

 生憎にも冒険者という職には就けない身ではあるが、フィールドに出る程度のことは誰にだって可能だ。


「よし、大体こんなものだな。ではフウロ、すぐに出発だ」

「オッケー。行こう」


 さぁて、異世界転生後初となる冒険は、一体どんな形になるのだろうか。無事に帰って来れるかは大事だが、何かしら珍しい発見があればいいな。










 ──その時は、まだウキウキとした気持ちでいられたんだなぁ……って思う。うん。

 え? いきなり暗いって? そりゃそうだよ、姿形の見えないオーディエンスと空の神々よ。


 何故ならば、今の俺の側にレフカはいない。現在、たまたま見つけた木のうろの中で身を潜めているのが現状だ。

 ……はい。そーなんです、遭難です。皆様のお考え通り案の定な結果となっております。

 そう、それはつい一時間くらい前までに遡る。





 出発の準備を終えた俺らは、デトロイアを抜けてデフィルの森を探索していた。

 入ってからはまだ良かった。周りは薄暗かったものの、時々遭遇する無害な野生動物を見つけたりして進んでいた森は、一見しただけでは生前に見た森と何ら代わり映えのしない景色が続いていた。


 そう、あたかも気分はピクニック。この時まではそう思えても仕方がなかったんだ。それらが急激に変わったのは、森の陰が若干濃くなる場所まで進んだ時である。


「……ここからが怪しいな。もしかすればモンスターが出てくるかもしれん。いつでも戦える様、準備は整えておけ」

「分かった。何かあったらすぐに言えよ」


 レフカの直感がここから先がモンスター出現エンカウント率の高い区域だと察すると、俺も愛杖を手に持つ。

 お互いに周りを警戒しながら進んでいくと、それは気配から現したのだ。


 ガサリ、ガサリ……。遠くから草をかき分ける音が聞こえた。


「……な、なあ。何か嫌な予感がするんだけど、気のせいかな……?」

「いや……。気のせいではないと思うぞ」


 おいおい、イヤな冗談は止めてくれよ。お化けは流石に勘弁だぜ。

 背中合わせになって謎の音と気配に警戒度を上げる俺ら。まだ音は聞こえている。

 ガサリガサリと音が近付くにつれて嫌な予感が止めどなく溢れてくる。ちょっとタンマ……なんて手は使えない。


 徐々に近付く何か。俺はトランスタッフを構え、レフカは剣柄に手をかける。

 ばくばくと心臓が鼓動してるのが直に分かる程、この場の空気は張り詰められる。一体、一体何が来るというのだ──!?



「あー……」



「……ん、あれ? ひ、人……?」


 暗がりの奥から現れたのは、安そうな革鎧に身を包んだ一人の男性冒険者。何だモンスターじゃないのか。脅かしやがってこの野郎。

 謎の気配が人間の冒険者であると判明した途端、俺は緊張が解けてほっと一息つく。

 てっきり幽霊タイプのモンスターかと予想はしていたが、そんなことは無かったみたい。安心だ。


「あんまり脅かす様な真似はしないでくれよ~、もう」

「あー……?」


 ん? 今、俺問いかけたよな? んで、返事は気の抜けた疑問系の「あー……」のみ。……何か様子が変に見えるんですが?


 そういえば、何となく血色の悪い顔をしている。この雰囲気……生前、画面の奥で今の冒険者と似たような感じの化け物を銃で倒すゲームにハマってた時期があったな。それの雑魚敵として登場するやつらに似て無くもない様な気がしなくもない。

 そんな妙な近視感を覚えている俺に対し、隣の相方は何かに気付いた模様。


「……フウロ。刺激を与えず、静かに下がるぞ」

「えっ、何で?」

「こいつ、ただの人間じゃあ無いぞ。気を付けろ、下手に動いたら襲われるかもしれない」


 ちょっと、ちょっとちょっと。それは一体どういうことですかな、レフカさん?

 いや、違うな。俺自身も彼の正体を知っているかもしれない。もしかすると、もしかするかもしれない。


「こいつ……擬乱人グール化している……」


 ほほう、擬乱人グールですとな。うむ、聞いたことのない単語だが、そのヤバさは一瞬で十二分以上に伝わった。

 つまりこの冒険者、モンスター化してるってことか。それはそれは。


 …………やばくね?

 え、何。バイオがハザードしちゃうの? ゲームあっちのはゾンビだけども、こっちも噛みつかれたら俺も擬乱人グール化状態感染確定回避不可避?


 おいおい、少し深いとこまで来たとはいえ、町の近隣にある森でアンデット系モンスターと遭遇するなんて難易度設定おかしくね? そんなこと思ってる場合じゃねぇや。早くこいつから離れないと。


 と、その時である。頭上からいきなりバサバサバサッ! と何かが羽ばたいて行く音が鳴った。ったく、びっくりしたじゃねぇか。

 そして、レフカ曰く刺激を与えずに逃げることが擬乱人グールと遭遇した際の対処方らしいのだが、今の羽ばたきでトリガーが引かれちゃったっぽい。


「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁッ──!!」


「ぎょわあああ────!?」

「ぎぃやあああ────!!」


 唐突に興奮状態になった擬乱人グール化冒険者は目の前にいた俺達に生気を感じさせない絶叫を上げて襲いかかってきた。

 当然、それに驚いた俺達。パニックとなって逃げ、そこで離れ離れになるまでが一通りの流れとなっております。





 うん、舐めてた。レフカから離れなければこうなることはないと思っていたが、全然そんなこと無かったよ。

 まさかあの境域に入って早々に驚異的な強襲者によって脅威にさらされることになるとは……。こんな状況なのにも関わらず、妙にダジャレが冴えるな。

 ……そんなくだらねーことに気付いてる場合じゃねぇな。一刻も早く現状を打破しなければ。


 現在地はデフィルの森の深い所以外に情報はない。持ち物は事前に用意していた水と食料と救難信弾が二発。武器にトランスタッフと軽量だ。

 一応、逃げてる内にあの擬乱人グールを巻くことは出来たが、如何せんアンデット系モンスター。ゾンビみたいにそこいらにいるかもしれない。見つかられたらまた追いかけっこ状態となる。

 はてさて、現状をどう切り抜けようか。


「にしても擬乱人グールか。闇属性っぽそうだから、光属性的な攻撃は効くんだろうか」


 アンデット系モンスターといえば、闇属性で光とか聖だとかの属性に弱いイメージがある。この世界でもその法則は通じるのだろうか?

 レベルは荒くれ冒険者や狼の群などの戦闘で4から10へと上がっている。昨日今日と『ビルド』の魔法を使っていなかったが、おそらく今は以前まで創れなかった魔法まで創れる様にはなっているはず。

 物は試しだ。二日ぶりにつくってあそぼ……もとい、対擬乱人グール魔法できるかな?


「んん~……、『ビルド』!」


 ……。


 …………。


 ………………あれ? 失敗?


 手を前に翳してはいるものの、イメージにあった魔法が出てこない。失敗した可能性が高いのだが、普通に失敗なら『レベルが足りません』って出るはず。しかし、その表示が無かったということは、魔法自体は発動しているということになる。

 事実、それを裏付ける様にMPの確認をしたら少しだけ減っていた。


「えー……? どういうこっちゃ、これぇ……?」


 初めての事態に困惑する俺。一体原因は何だ?

 ちなみに、イメージしていたのは『対擬乱人グール特化』『光属性』『聖属性』『攻撃用』等に所持済の『水塊』を合わせた聖水モチーフの魔法。手から聖水が飛び出てアンデットを浄化するって感じだ。


 まさか、イメージのコストオーバーが原因か? でも、レベルが二桁まで行けば流石に攻撃魔法は創れるだろうし、そもそもMPが減った現象の理由にはならない。では、一体何がダメだったんだろうか?


「あー、もしかして……」


 しばらく考えられる原因を模索していると、ある考えが浮かんでしまった。

 成功する可能性はあるが、ぶっちゃけ結構危険な試案だ。失敗するとバイオハザってしまうかもしれない。


 だが、新魔法を創るにはこれを実行する他無い。ほら、毒の抗体を作るに自分の体に毒を打つ科学者だっているんだから、俺もそれくらいの意気込みで……ね?

 なので、虚から顔を出して左右の確認をする。


「……この辺りにはいないっぽいな。仕方ない、少し奥に進もう」


 俺は未知なるモンスターの目を避けるために入っていた隠れ家を脱し、魔法作成のために擬乱人グールの捜索に当たり始めた。

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