3ー3

 町へと戻った俺達は真っ直ぐギルドへ足を運ぶ。

 支部内に入ると色んな冒険者達の視線を集めてしまったが、俺達が背負っている者達を見てか現場は騒然となる。


「どっ、どうされました!? うぇ!?」

「この者達を早く医務室に。恐らく何らかの状態に陥っているはずだ。早めの治療を頼む」

「あっ、は、はい! 衛生班! 衛生班を早く呼んできて!」


 案の定慌ただしくなるギルド。俺達を心配して駆けつけてくれたスタッフもぼろぼろの状態となっている冒険者を見て驚きを露わにする。

 そして、すぐに現れた衛生班なる人達が二人をどこかへと運んでいった。ま、これでしばらく安静にしていれば大丈夫だろう。


 やっと背中の重荷が外れ、久々の開放感に腕を回す。結構重かったから疲れたや。

 そんな中、この騒ぎを聞きつけたのか受付の奥から一人の男性が俺達の方に向かってやってきた。もしかして、ここのお偉いさんかな?


「一体これは何の騒ぎだ!?」

「ん、貴殿はここのギルドマスターか?」

「あ、ああ。そうですが……」

「呼ぶ手間が省けた。少しばかり話したいことがある。一刻を争う重大な問題なのだ。少しばかり時間を頂きたい」

「え、ああ、はい……?」


 レフカの問いにより、この人がここのギルマスであることが明らかとなる。しかし、それを知ってかレフカは丁度良いタイミングと言わんばかりに話を持ちかけた。

 それを前にギルマスはたじたじとしている。まぁ、騒ぎを聞きつけて出たら急に女騎士から対談を求められたのだ。困惑も致し方がない。

 そんな訳で二階の応接間に移動し、そういう訳か俺も一緒に話し合いの席に同行することとなる。


「そ、それで話というのは……」

「ああ。今し方運び込まれた冒険者二人のことと、最近噂立っている例の話についてだ」


 そう言ってレフカはこの一日で起きた出来事を話した。モンスターの卵の話や擬乱人グールの出現、そして正体不明のモンスター。俺が聞く限り全てを言ったと思う。

 それらの話を聞かされたギルマスは、うーんと唸っている。レフカの言ったことについて疑念を抱いているのだろう。


「にわかには信じ難い話ですな。確かに謎の卵の噂は立ってはいますが、行方不明者が擬乱人グール化し、それが謎のモンスターに必ずしも結びつくとは……」

「だが事実だ。運ばれた冒険者を調べれば彼らが擬乱人グール化していた証拠も見つかるだろう。それに、まだ他の擬乱人グール化したままの者達が森の奥で今も彷徨っている。私達が行方不明となっていた冒険者を連れてきたからな。他の冒険者達もまだ取り残された者の存在に気付き始めることだろう」

「で、ですが……」

「このまま動かなければギルドの体裁に傷が付いてしまうのではないか? 実際に被害が表立ったにも関わらず、一切行動をしないとなれば利用者からの反感を買う事態に陥る可能性もありうる上に、私達が遭遇したモンスターが人を襲う様なことにでもなれば……」

「……わ、分かりました。こちらもそうなってしまうのはなるべく避けたいところ。仰る通り、デフィルの森へ隊を派遣させましょう……」


 おお、若干否定気味だったギルマスを論破したぞ。俺、こういう展開テレビとかで見たことある!

 これで、あのモンスターの正体も判明するだろう。これで短くも長かった半日は終わり。俺達はもう何もしなくてもいいのだ。やれやれだぜ。

 ギルマスが森へ行かせる調査員を集めるための準備で応接間から抜けると、俺達もこの部屋から出る。そのままギルドからも抜けると、空はすでに夕暮れになりかけていた。


「さて、これからどうする? 後はギルドがやってくれるっぽいから、暇になるな」

「そうだな。……ちょっといいか」


 その時である。レフカはいきなり俺の腕を掴むと、そのまま引っ張って体を近付けさせてきた。


「えっ、何……っ!?」


 いきなりの行動に、俺は戸惑う……ってかテンパる。何故ならレフカは俺の肩に当たりそうな程に顔を近付けさせている。それは同時に俺の顔にも近いということと同義なので、驚かない方がおかしいだろう。

 ふわっと香る匂い。女性らしい、微かに甘さのある芳香が俺の鼻腔を通る──


 ……のを期待した。そうしたのだ。だが、現実は……。


くっっさっ!!」

「ぬ、失礼な」


 実際に鼻が感じ取ったのは女性どころか人間が発して良い臭いではなかった。まさに鼻がもげる臭い。マジで臭う上にこれには嗅ぎ覚えがある。

 そう、それは擬乱人グールのとほぼ同じ香り⋯⋯もとい、悪臭がレフカから出ていたのだ。


「そういうお前もだいぶ臭っているぞ」

「え、マジか!?」


 あー、そうか。どうやら擬乱人グール化していた冒険者達を背負ったから、臭いが移ってしまったみたいだな。うん、確かに俺からもプンプン臭う。

 流石にこのままでいるのはダメだ。宿屋に戻っても臭いが他の利用客に迷惑を掛けてしまうだろうし、そもそも人と会うなんてしたら避けられるのも目に見えている。


「仕方ない。フウロ。行くぞ」

「行くって、どこにだよ?」

「決まってるだろう。風呂だ。そこ以外にどこがある」


 風呂!? この世界にもあるのか! これは予期せぬ朗報である。

 俺の知る異世界物は中世をモチーフにした場合が多い。それ故か風呂という概念が無いのもしばしばある訳で、正直この世界に入浴の概念があるとは思っていなかった。

 それが、どうやら俺の転生先には普通にあるらしい。これは思ってもみなかった話である。


「ほら、どうした。行かないのか?」

「ま、待てよ。俺も行くって」


 そうか、風呂か。この世界の風呂は一体どういう感じなのだろうか。

 なるべく清潔感のある所だといいな。そんな期待を抱きつつ、デトロイアの風呂場を目指して歩を進める。





 ……無闇な期待はしないのが正解だな。うん。

 現在、俺がいるのはこの世界における銭湯と同じ立ち位置にある施設の中。人呼んで『洗体浴場』。しかし、『浴場』というのは名ばかりで、実際は浴槽など存在しない電話ボックスくらいの広さの個室に籠もっている。


 まぁ、意外だったのが、ここにシャワーがあったということ。いやこれは素で驚いたわ。

 だってシャワーだぜ? 科学技術がそこまで発達していないであろう──無論偏見だが──世界でシャワーヘッドに酷似した物が存在し、なおかつそれで湯を浴びることが出来るんだぞ? こりゃあ、異世界シャワー警察が黙ってないね。


「でも、普通に浴槽に浸かりたかったんだけどなぁ……」


 そんな不満を呟いても今はどうにもなりはしない。どうせ王都とやらに行けばでっかい浴槽があるはずなので、場所相応の施設だってことにしておこう。

 とりあえず、今は体に付着した臭いと汚れを取ることが優先事項。目の前のノズルを回して湯を出す。


「あぁ~、生き返るわ~……!」


 おっ、良い湯加減。いやはや、異世界でもこうして生前通りのシャワーが浴びれるなんて不思議なもんだ。これを考えた人、あるいはこの世界に先に来た勇者様とやらが伝えたのだろう。感謝感謝。


 しゃわわーっと木製の床に水が落ちる心地の良い音を耳にしていると、入り口の方から別の利用客の足音が聞こえた。そのまま左隣の個室に入ったが、そんなことなど気にせずに俺は髪を洗う。シャンプーとかもあったが、流石に買えなかったので水洗いだ。


「どうだ、フウロ。色々あった後の風呂は良いものだろう」


 レフカからそう訊ねられ、俺は素直に肯定する。


「ああ、そうだな。願わくば今度は──」


 ゆっくり浴槽に浸かりたい…………っと、いや、ちょっと待て。ストップ。何か変な現象が起きた気がするぞ。

 うん。今、間違いなく聞き覚えのある女声が隣の個室から聞こえた気がする。それもさも当たり前と言わんばかりに。

 落ち着け……まだ慌てるような状況じゃない。もしかすれば知らない人の勘違い会話である可能性も否定出来ない。確信するには早すぎる。


「えーっと、レフカ……ですよね?」

「どうした。今は私達以外に利用している者はいないぞ」


 OK。確認は取れた。どうやらご本人に間違いはない模様。

 そしてこのタイミングでお隣からもシャワーが落ちる音が鳴る。うん、つまりあちらは何も着ていない。理解した。


 ………………え、裸?


「えええぇぇッ──っごゥわッ!?」


「!? ど、どうした? 今明らかに普通じゃない音がしたぞ!?」


 その事実に気付いた瞬間、俺は絶叫の後に足下を滑らせて狭い個室の中で大転倒。おまけにそれを一枚の壁越しに心配されてしまった。いや、ありがたいけども!


「なななな、何でお前がいるんだよ!? ここ男子風呂だろ!?」

「何を言ってる。ここは基本的に性別関係なく誰でも利用できる場所だぞ。まぁ、確かにお前の言う通り男がいる状態で女の私が入るのは些か不用心だがな」


 何ですと!? ここには女性専用、男性専用の概念が存在しないだと!?

 つまり、この洗体浴場は事実上の混浴風呂が出来る場所なのか!? 異世界最高……じゃなくて、こんなにみさおの管理が危機的で大丈夫なのかよ!?


「まぁ、そう気にするな。どうせ私達はこの壁一枚に隔たれている訳だし、それ以前に装備が無くて身軽な分、風呂場でなら五人でも負ける気はせん」

「いやいや、そういう問題じゃないだろ……」


 あくまでも冷静さを保つレフカ。そっちはいいだろうけども、問題はこっち側なんだよなぁ……。

 ただでさえ今日はレフカを僅かでも異性として見てしまった場面がいくつかあったというのに、今みたいな状況では落ち着いてなんかられない。ましては頭はアレでも顔は整ってる故か余計に意識してしまう。おお、解脱解脱。


 一応チーレム俺TUEEE目指してるつもりだったが、いざとなると全然ダメだな、自分。所詮はただのラノベ大好き人間か……。

 この結果論により軽い自己嫌悪へ至った俺は、また悶々としつつ再びシャワー浴びに戻る。そこからしばらくしてから、また隣から名前を呼ばれた。


「フウロ。今日のことは感謝する。ありがとう」

「……え? どうした? 急にありがとうって、俺なんかしたか?」

「覚えてないのか。昼間にお前が私に諭してくれたじゃないか」


 あー、あの時の。メイの安否で戦意が萎えてた時に俺が言ったアレか。

 それは俺が擬乱人グールの行き先が気になったのを無理に着いて来てもらおうとするために言った台詞。何の根拠も無いままに口にした言葉だ。


「私はあの人のことを信頼していた。それなのにたった一つの双剣の片割れイレギュラーに戸惑い、混乱しておかしくなっていた。あんなことで恐怖感を覚えてしまったなどとメイに知られれば、小馬鹿にされてしまうだろうな」


 と、少し自虐気味にレフカは語る。似たような話は森にいた時にも聞いているが、それでも俺は話の腰を折るようなことはせず、静かに傍聴する。


「お前が諭さなければ、私はあのまま動かなかっただろう。その間にメイは擬乱人グールとしてこの森を彷徨い、二度と出会うことはなかったのかもしれない。こうして再び出会えたのも、お前が私を再起させてくれたおかげだ。本当に感謝しかない」

「はっ、止めろ止めろ恥ずかしい。お前からの感謝なんて最初の一回で十分だ。そう何度も言われるとありがたみが無くなっちまうだろ」


 感謝の言葉は今日ですでに三回目。回数的には十分以上に受け取っている。

 それに、救うべき人はきちんと救えているのだから、俺が感謝される道理は無い。これ以上はもう無用なのだ。


「ふっ、やはりお前は純粋なのだな」

「どういうことだよソレ?」

「良い人ってことさ。そろそろ湯が冷たくなる頃合いだろう。先に出るといい。いくらお前が信頼に足る人物とはいえ、流石に裸は見せたくないからな」


 そう急かされた俺は現状をちょっとだけ忘れていた。それは、お互いが薄い壁に隔たれているだけの裸同士であることを。

 シリアスな雰囲気だったのに急に現実に引き戻されたな……。いや、悪いことじゃないんだけどさ。


 そんな訳で、十分湯を浴びた俺は言われた通りにシャワールームの個室を出て更衣室へ移動。レフカが出やすいように、俺はすぐに着替えを終えて待合室に行く。

 その着替えをしている間、水の音に紛れてレフカの呟きを偶然拾ってしまった。


「本当にありがとう。フウロ……」


「……ふん」


 再三に渡る感謝の言葉に、俺はちょっと恥ずかしがりながらも少し嬉しいと思ったのは秘密だ。

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