3ー4
翌日。俺達は本来の目的であるメイとの接触のために、再びギルドへと赴いた。
するとギルマスに頼んだ派遣部隊が揃ったのか、中に入ると大勢の冒険者が集まっており、中々に騒々しい。
「どうやら私からの頼みをきちんと受け入れてくれたみたいだな」
隣のレフカはこの光景を見てふんすと胸を張る。はいはい、お前の手柄ですよ。
そんな彼女の衣服は青色をした丈の長いスカートと白いシャツという非戦闘衣。剣だけは持っているが、いつものアーマードレスではない。
何故この様な姿なのかを説明すると、昨日のシャワーから出たレフカが着替えようとした際、普段着のアーマードレスに臭いが付着していて着られないため、俺が代えの服を見繕って今の装いとなっている。ついでに俺も新しい服を買い、それを着用中だ。
ま、それはともかく冒険者っぽい装備をした人達がいる空間に今の俺達はかなり不相応極まりない。ここはさっさと目的を果たして出よう。
「すまない。メイという人物の容態を確認したいのだが」
「メイさんですか? 分かりました、少々お待ちください」
受付嬢にメイの様子がどうなのかを頼むと、確認のために一旦席を立つ。
これで目が覚めてたら俺としてもいいんだがな。レフカもちょっと緊張気味である。そして……。
「はい、昨夜に意識を取り戻しているそうです」
「意識が……!」
「良かったな」
おお、どうやら目は覚めてるみたいだ。流石は貴族階級に警備員として直接指名されるだけのことはある。回復力も早い。
俺とレフカは顔を会わせて喜ぶ。うん、これで男爵からの依頼も達成出来るな。いやぁ、長かった。
「面会を拒否しているという訳でもなさそうなので、よろしければ面会もなさりますか?」
「ああ、是非頼む」
なんと面会も出来るとのこと。願ったり叶ったりだ。
これを拒否する理由も無いので、二つ返事で了承。俺達はギルドスタッフと一緒にメイが休養しているギルドに二階に移動し、その部屋まで案内される。
「メイさーん、面会したい方がいるそうなので、入れても良いですかー?」
「お、早速か。入れても良いぞー!」
ふむ、部屋の奥から聞こえた声はずいぶんとフレンドリーというか、警戒してなさそうな感じだな。
本人から入室と面会の許可が下りたので、スタッフはここで本来の仕事に戻る。お勤めご苦労様です。
それはそれとして、レフカは扉の前で固まって一向に中へ入ろうとしない。こいつは本当に緊張しやすいな。仕方ない、
「レフカ。あの時は
「分かってるさ……」
俺はそう諭すと、深呼吸をした後にようやくドアノブに手をかけた。全く、疲れる奴だぜ。
そして、扉を引いて部屋の中に入る。すると、部屋の奥にあるベッドの上に一人の見覚えのある女性がこちらを見ていた。
「……メイ」
「ああ、レフカ。しばらく見ない間に大きくなったなぁ」
一足遅れて俺も入室し、その人物を視界に入れる。うーん、あの時は
メイ・ケリス。俺達が探し、そして救助した人物がそこにいた。
†
「話は聞いている。お前達が
「メイ……、そんなのはいい。無事で何よりだ……」
「迷惑を掛けたな。レフカ」
ベッドの上で深々と頭を垂らすメイ。あ、何だか予想してたよりも礼儀正しいな。時間とか守らない人とギルドから聞いていたために大雑把な人物かと想像していたが、実際は違うっぽい。
見た目は手配書通りの頬傷に、髪型は解いているためにポニーテールではなくセミロング。傷が少々厳つさを思わせるが、全体的に見ると歳相応の女性って感じである。でもあの病衣の下には鋼の腹筋があるんだよなぁ……。
はい、ここでステータスチェックだ。
『メイ・ケリス 38歳 女 現職業:冒険者 状態:怪我 精神:通常 他詳細』
ふむふむ、
そして、MPの確認をしたところ、ケージはが半分にも至っていないことが分かった。
ふむ……原因は何だろうな。普通に考えれば
「いやぁ、それにしても時の流れは速いもんだ。ちょっと見ない間にレフカが男を連れてるなんて、今でも信じられないぞ」
「おっ、おと──!?」
ステータスチェックをしていると、何やらメイがからかい始めた模様。その標的に定められたレフカは顔を真っ赤にして過剰反応。やっぱこいつ喪女だわ。
まぁ、男爵からも俺とレフカが恋愛関係ではないかという疑いを一度掛けられているのだ。俺自身は特にこれといった感情の起伏は無い。
「ななな、何を言って……! 私とフウロは旅の仲間である訳で、それ以上でもそれ以下でもなく……つまりその、決してそんな関係では──」
「ははぁ、照れるな照れるな。私は分かるんだ。そう恥ずかしがらなくても誰にも言いはしないさ」
「だーかーらー!」
おお……、あの女騎士が完全に手玉に取られてる。これがレフカの尊敬出来る人物の実力か。
まぁ、何はともあれ本人も元気そうだし、レフカも自尊心を弄ばれて可哀想だからそろそろ本題に入ろう。
「あー、メイ……さん?」
「いや、私のことは好きに呼ぶと良い。別に気にしないからな」
ほう、好きに呼んでいいのか。ではお言葉に甘えるとしよう。
「分かった。じゃあ、メイ。実は俺達、あんたに用事があって来たんだ。話を聞いてくれるか?」
と、ここでようやく本題に入ることが出来た。俺は男爵に頼まれた依頼の内容をメイに口頭で説明をする。
おおかたの内容を伝え終えると、最初は笑顔を浮かべていたメイは顔をきつくした。
「また警備の仕事をか……」
「領主は経歴を見て選んだっぽい。俺はそういうのに疎いからよく分かんねぇけど、ちまちまとギルドの依頼を受けるよりかはいいんじゃないかなと思うんだけど」
俺からも勧めてみるが、それでも表情に変化は見られない。むしろ少しだけしかめた気もする。うーん、何か後ろめたいことでもあるのだろうか?
「すまないが領主にはこう伝えてくれ。『無理だ』と。まぁ、怪我してるし、何より気がかりなことがあるからしばらくは町を離れられないしな」
「気がかりなこと?」
この言葉に俺とレフカは首を傾げる。はて、気がかりなこととは、一体何のことだろうか?
疑問を浮かべる俺達を見て、メイはその詳細を語り始める。
「ああ。お前達はこの町で流行っている噂を知っているか? 私はそれの真相を確かめるために森へ探索に行ってな」
「噂って、あのモンスターの卵のことか?」
「そうだ。ギルドは最近遭難者が多発していることを表に出そうとしなくてな。理由は分かっていたが、もしかしたらその噂と何らかの関係性があると踏んで実際に行った。そしたら、行方を眩ませてた冒険者が
そうだったのか。他の人とは違い、危険を省みずに真相と原因の追求という形で森に入ったのか。
流石はレフカが憧れるお方だ。その行動力の高さは俺も見習うべきである。
それにしても、何故彼女は
「でもメイはギルドでも指折りの実力者だったはずだ。それなのに、
「それは、大量の
やっぱり覚えてないか。ま、そうだろうと思ったよ。人外化で前後の記憶が曖昧になるってのはファンタジーには良くあることだ。
なる程、集団に囲まれて負けたのか。まぁ、
「ここからは夢だったのか現実だったのかは分からない。だが、私は引きずられてどこかに連れて行かれ、何かに入れられた気がする。気付いたらベッドの上だったからな。前後の記憶は今もはっきりとしていない」
「何かに入れられた……?」
また気になるワードが出たな。引きずられた……は交戦した
ここでふと思う。そういえば
「レフカ。今思ったんだけど
「前にも言ったが
研究結果ってなんか科学的だな。それはともかく、発生しやすい場所は分かった。つまり、あの森の深部は何かしらの生き物が大量に死んだ場所ってことになるな。
だが、仮にあの場所が
うーむ、何か引っかかるな。探偵を気取る気はないが、全てを解決するために必要なピースが足りない。この謎は解かれたがっているのに!
難解な謎に頭を悩ませていると、レフカはふと思い出したかのように腰に下げている唯一の騎士要素の剣に触れ、何かを取り外した。
「そうだ。メイ、これを……」
そう言って、ベッドに横たわる人物に一振りの短剣を渡す。あれは確か、森でレフカが見つけたメイの双剣の片方だったか。
「無くしたと思って諦めてたが、お前が拾っていたのか……」
渡された自分の得物に驚くメイ。そりゃあ、広い森の中で無くした物が自分の知り合いに拾われてここにあるのだ。これを奇跡と呼ばずに何という。
メイは青い剣身を見つめ、感慨に浸っている模様。良い話だな。感動的だな。蚊帳の外にいる俺はひっそりと思う。
しかし、そんな状況を考慮しないのが運命というもの。
その鐘音は突如として町に響き渡った。
「……? 何だこの音?」
がーん、ごーんと鳴り響き始めた鐘の音。もしかして現時刻が昼であるということを伝えるチャイム的な何かかな? 如何せん、無知な俺には検討がつかない。
そして、さらに次の瞬間である。ほんの一秒程度の揺れが発生したその直後。
──悲鳴はどこからともなく、この町にいる全ての人間の耳をつんざいた。
「うあっ……!? 耳がっ……!」
「今のは……!?」
それは室内にいる俺達も例外ではない。そのあまりにも大きすぎる怪音の影響により、少なくとも俺とレフカは強烈な耳鳴りを起こしてしまった。
マジで何だよ、今のは……! 耳元で叫ばれた時と同じ不快な感覚は久しぶりだぞ……。うおっ、ふらついて立てねぇ。
「外から聞こえたが、一体何、が……!?」
中々立てない俺だが、レフカは比較的大丈夫っぽい。よろめきつつも立ち歩いて窓を開ける。あ、俺も外の空気吸いたいです。
今の現象が何なのかを確かめようと窓を開放したレフカ。だが、どういう訳か外を見たまま固まってしまう。え、何どうした?
外で何か見つけたのか? 気になった俺もやっとこさ立って窓の外を確認する。
だが、外は町民の困惑する声と慌ただしく動いている人だけで、他にこれといった異常は見受けられない。あれれ、おかしいな。
「何だ、何を見たんだ? まるでこれまで一度も破られなかった壁が破られた時みたいな顔して」
こんな時に言うのもなんだが、我ながら良い例えであるな。実際、レフカが見ているのは下では無く奥……つまり、この町を取り囲う外壁と思われる。あながち間違いではなさそうだ。
そう、その例えは割と間違いではなかったのだ。その事実に俺もすぐに気が付くこととなる。
ふと視線を上げた時、視界の奥には外壁。そのさらに奥の方に何かがちらりと姿を見せる。
白くて柔軟そうな表皮。そのぬるりとした質感の物体は、高さ十何メートルもあろう外壁の縁からはみ出る形で見えたのだ。
……え、何あれは? 天気は快晴だから、光の反射によって起こされた錯覚かな? 如何せん妙な物を目撃したせいで、俺は耳鳴りのことなど忘れていた。
「今、何か見えたよな……?」
「……違いない。壁の奥に、何かがいる」
ああ、そういうこと。今の白い何かは俺の錯覚では無かったみたい。
ということは、アレがさっきの怪音を出した張本人と断定してもいいな。うん、俺が見るに、あの大きさは優に十五メートルを超えていると予想される。
……あ、SAN値チェックです。ついでに今見えた奴のも。
『イソギンタコ(仮称) 種族:不明』
あ、ふーん。昨日のモンスターか。あれ、あいつってあんなに大きかったっけ?
あまりの出来事により逆に冷静になれた俺は、そんな疑問を芽生えさせた。
そして、次の瞬間である。
「あ……」
「あっ」
白い半固体は外壁の縁に
それを見て、思わず出たのはあまりにも簡素過ぎる語。しかし、現状を語るには十分過ぎた。
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