3ー5

 この不測の事態に一階に集まっていた森へ派遣される予定の冒険者は、予定を変更して現場へと急行することになるのは道理である。

 他の調査に参加しなかった冒険者らも同様。ギルドに所属している者は皆、壁が崩壊した場所に向かわされた。

 ちなみにその一部始終を二階から見ていた俺達と怪我をしているメイはそれに不参加である。


「何だ、あれは……!?」

「メイ……」


 ここで沈黙していたメイも窓の外にある怪物を見て現状の重大さに気付いた模様。てか歩けたんですね。知らなかった。


「レフカ。あれは間違いなく昨日のモンスターだ」

「ああ、それは分かっている。まさかこんなにも早く襲撃してくるとはな」


 どうやら相方もモンスターの正体察していたようだ。

 そう、あの白い塊はステータスを確認した通りに昨日遭遇したモンスターであることは間違いない。だが、最初の卵みたいな形は一欠片も残っていないな。


 仮称イソギンタコ。いやぁ、ネーミングは難しいな。ステータスが表示する名前がそれになっていたのも気になるところではあるが、そんなのを気にしている場合ではない。


「フウロ! 行くぞ!」

「え、お前正気か!? あんなでっかい奴と戦うつもりかよ!」

「当たり前だ! 私とて聖騎士を目指した者。脅威から人を守らずに何が騎士だ! 例えお前が行かなくとも、私一人でも行くぞ!」


 ぬっ、こいつ真面目か。だが、本物の騎士になれなかったとはいえ、その心は失っていないという訳か。

 今の態度で俺が戦いに不参加でいると思ったのか、レフカはそのまま部屋を出て行き、前線へと向かって行った。


「……フウロ、と言ったか。お前は本当に行かないつもりか?」


 そんな中で、窓際で立っていたメイが俺に語りかけてきた。

 今の問いに関しては、正直行きたくないってのが本心答えである。危険には無闇に突っ込みたくはないからな。


 だが、それとは別に思うことはある。今みたいにレフカが自分よりも他者を案じて戦いに身を投じた様に、俺自身も最前線で戦っている冒険者の手伝いをして、モンスターを退治しないといけないとも思っているのもまた事実。

 保身と事故犠牲のせめぎ合い。それに勝利したのは勿論──


「……まさか、あいつを放っておける訳ないだろ。正直嫌だけど、俺も行くさ」


 そうだ。ここで動かなかったら男爵から取り決められた約束を破ることになる。それに、俺とて冒険者を目指してる男。目指してる職業の人達が動いたのだから、俺も動かないと。


「待て!」


 レフカの後を追おうとした時、メイから制止の声がかけられた。


「行く前にこれを」

「!? これって……」

「ああ、いいんだ。お前が使っても、レフカに渡しても構わない。好きなように使うといい」


 そう言って手渡したのは、なんとレフカが渡したあの短剣である。折角手元に帰ってきたのに、それを人にあげるのかよ!?


 無論、俺はそれに困惑だ。刃物なんか包丁かカッターくらいしか使ったことないし、そもそもこれはメイが長年使い続けてきた物のはず。相棒とも言える武器を人に渡すのだろうか。


「本当は察してるはずだろう? 実は今月で冒険者として第一線から退くつもりでな。警備の仕事を断ったのもそれが要因なんだ」

「退くって、つまり……」


 引退。そうか、そういうことか。

 もう戦いで稼ぐのは止めて普通の人として生きていく道を選び、その象徴である武器短剣を自分の下から離そうってことか。

 冒険者の引退が警備の仕事とどう直結するかなど問うまい。おそらく、何を言っても返る答えは同じだろう。


「……分かった。この剣は俺が一旦預かる形で貰ってく。レフカには引退するっていう話は言わないでおくけど」

「十分さ。ほら、こうしてる間にも町は避難を始めている。私もすぐにここを離れるから、さっさと戦いに行ってきな」


 俺は青い短剣を受け取って急いでギルドを出ると、謎のモンスターの出現によってパニックに陥りかけている住人達がギルドか衛兵らの指示に従っている光景が見えた。


 この流れる方向の反対側を行けば、モンスターが出現している場所に着く。故に人波に流されない様に進行方向の反対を進む俺。勿論、それを指摘する者もいる。


「この先は危険区域になった! 大人しく避難指示に従え!」

「くっそぉ! 俺だってそうしてぇよ! でも、行かないと!」


 避難指示を出す衛兵の制止を振り切り、俺は強行する。もし、これで上司とかに怒られたら俺のせいです。ごめんなさい。

 そんな心配を余所に、俺は誰も居なくなった町並みにある道具屋から救難信弾を持てる分だけ拝借する。当然だが、これは紛れもない犯罪だ。こんな非常事態だから多少はね?


 ポケットいっぱいに詰め、俺は再び走り出す。近付くにつれて巨大化したイソギンタコの全貌が明らかになってくる。

 はんぺんみたいな白いボディの周囲には触手らしきヒダが生えているのは確認出来るが、見た目にはもはやタコやイソギンチャクなどの欠片は存在しない。完全なグロブスターだ。


「ここから見える限りじゃ動いてる様には見えないな……」


 だが、さっきの咆哮をしたのは紛れもなくこいつ。突然の行動を起こす可能性も有り得る。慎重に行動せねば。

 外壁の真下に着いた俺は、行動に移る。


「『ビルド』!」


 本日最初の魔法創造。望む効果は『ロープ状の物理的に触れられる魔法』『最長二十メートル』といった感じ。イメージ的には八百万の神々が来る銭湯の経営者が使う様な利便性の高いやつ。さぁ、創れるか?

 重ね合わせた掌を展開すると、イメージ通りの形で黄色いエネルギー状のロープが生成された。うむ、成功であるな。


 ネーミングは『エネロープ』に決定。早速それにトランスタッフを括り付けて、壁の向こうへ投げ飛ばして引っかける。忍者も城壁を登る時に使うあれを俺もするのだ。

 うん、どうやら引っ張っても大丈夫みたいだ。壁を伝って昇りきり、俺は愛杖を回収して目的の場所に向かう。


 すると、奥の方で倒れていたイソギンタコ……否、姿が完全に別物なのでグロブスターと呼称しよう。そのグロブスターが非常にゆっくりとした動きで立ち上がったのだ。


「うへぇ、マジか。こりゃ一旦待機だな」


 一体何をやらかしてくるのやら。俺は外壁の上を移動するのを止め、一時待機する。

 こうして見ると、より奴の大きさが分かる。遠目からでは十何メートルと曖昧だったが、ここから見ると二十メートルは確実に超えているかもな。


 そして、グロブスターは柔らかそうな体を大きく広げた瞬間、その巨体を再び前方に倒れさせたではないか!

 まさかの二連続伸しかかり。倒れた衝撃で大きく揺れた大地と、そこを駆ける風圧は凄まじいことだろう。


 当然、揺れは俺のいる外壁も大きく揺らす。一瞬崩れるんじゃないかと思わせるくらいの揺れではあったが、まだ大丈夫そうだ。


「ちっくしょう、やりやがったな。だが。人類の反撃はこれからだぜ」


 壁に作られた通路を通り、俺は破壊されてこれ以上進めれない所まで来る。その下には白い巨体が再び沈黙している。

 動かない今がチャンス。人間の底力、見せてやる!


「食らえ! お前の苦手な救難信弾をプレゼントだ!」


 下向きに信弾を発射。白い煙尾を引きながら突っ込んだそれは、グロブスターの白い表皮に着弾し、ぱーん! と弾ける音が鳴る。

 まだ終わりじゃねぇぞ。その後も次々と信弾を撃ち込み、的は色鮮やかな煙に包まれる。


 すると、下から『ギュイイイ』という低い金切り声が聞こえた。案の定、この姿になっても救難信弾こいつを苦手としているみたいだな。

 よし、これでラスト。俺は懐から最後の信弾を取り出すと、それを下方に構えて撃ち出した。

 ぱーんと弾ける音。ど、どうだ……?


「…………」


 煙に紛れて分かりづらいが、沈黙を保ってるみたいだな。成功か? いや、あの巨体だ。今の攻撃で倒れるほどヤワではないはずだ。

 その予想を裏切らない形でグロブスターは再起する。再び立ち上がる様に体を起こすと、体の向きを俺の方へと変更した。

 おー……っと、これはまずいですね。まずいまずい。


「逃っげろ!」


 はい、回れ右! そのまま直進ダッシュ! 刹那、背後からとてつもない衝撃と風圧が俺の背中を襲ってきた。

 一瞬ふわっと浮遊感が全身を包んだが、それに耐えつつ壁の上を全力疾走を維持。まさかとは思ったが、どうやらグロブスターは俺を標的に定めたみたいだ。


 そのおかげで外壁の穴はさらに広がる。さっきまで俺がいた場所はすでに奴の攻撃に飲み込まれて崩壊済みだ。


「あんなの食らったら即死じゃん。何とかして隙を見つけないと……」


 奴の攻撃に巻き込まれないよう、とにかく距離を稼ぐ俺。ぱっと振り向くと、グロブスターの姿は遠くにある。だいぶ走ったな。


 ……ふむ、どうやらあの巨体故か速度はそこまで速くないみたいだが、一回の伸しかかりで稼ぐ距離は広い。連続で来られればあっという間に近付かれるだろう。

 なら、ここで迎撃するまで。救難信弾の残数はゼロだが、無いなら作ればいいだけのこと。


「──『ビルド』!」


 俺はさっと救難信弾のイメージを形作り、それを具現化。すぐさまそれを放った。

 掌を向けた方向へまっすぐ飛んでいく光はグロブスターを標的に捉えている。しかし、それは目標に届くことなく途中で弾けてしまった。


 一瞬だけ「あれ?」と思ったが、原因は直ちに判明。元の信弾は途中で弾けて音と煙を出す道具なのだから、それとほとんど同じイメージで創った魔法もそれと同じ効果を持つのは道理。つまり飛距離が足りなかった。うん、完全に凡ミスだな。


『新しい魔法を創造しました。ネームを決定して下さい』


「はいはい、じゃあ『救難魔弾』っと」


 試みは若干失敗だが、使えない物ではないのでネーミング。エンターキーを押して画面とキーボードを消すと、次の行動へ。

 距離が離れすぎてるのであれば、近付いて使えばいいじゃない。危険だが、俺は勇気を振り絞って標的との距離を縮めに行く。


 タイミング良く、奴は伸しかかりを終えた直後。次に動き出すまでのタイムラグの隙を突く。


「食らいやがれ!」


 俺は再び魔法で再現した信弾を下方へ撃ち込む。今度は全弾命中し、白煙が白い巨体を包み込んだ。

 現状、まともにダメージを与えられるのは救難信弾のみ。とにかく撃ち続ける。だが、ここで俺は先のとはどこか違う様な気がしていた。

 この違和感は何だろうか。光景的にはさっきのとほとんど変わりは無いはず。


 一体何が違うのかを悩みながら魔弾を撃ち出す最中、不意に気付く。

 そう、『声』である。この攻撃をしてから、下からグロブスターの鳴き声が聞こえないのだ。

 ここまで気付いた時、それは唐突に俺を襲ってきた。


「なっ……!?」


 白い触手。それが一瞬の内に俺の胴へと絡みつき壁上の通路から足の裏を離す。

 あ、捕まった。そう気付いたのは体がグロブスターの真上にまで持ち上げられた時である。

 ここからだと町の全体が良く見える。そして、真下を見た時に俺は察した。


 おそらく、また上体を起こしたのだろう。俺の直下にあったのは先ほどまではどこにも見当たらなかった口の様な器官があった。奇妙なことに、それはまるで歯を全部抜いたかのような人っぽい形で、まるで巨人に丸飲みされる寸前の様。


 ──落とされれば食われる。この結論に至った時にはすでに胴回りを締めていた拘束は解かれていた。

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