3ー2

 擬乱人グールの片付けを終えた俺は、急いでレフカの下へと移動する。

 あの戦いの合間でもこっちの戦いは平行線のままらしく、有利とも不利とも言えない微妙な感じだ。


「フウロ。お前、メイに首を絞められてたが大丈夫か?」

「ガチで死ぬかと思ったけど、この通りだ。それよりも、今はどういう感じ?」

「ああ。少し厳しい。魔法が使えないからな。攻撃が通らない」


 そうか。やはり魔法無しでは有効なダメージは与えられていないのか。

 では、どうするべきだろう。レフカの剣でもダメージが無いなら、俺の戦杖も恐らく通じないと思われる。軟体に打撃は効かないイメージがあるしな。


 ぬるついた皮膚。数本もの大きな触手。地面から生える様にに刺さった頭っぽい部分。見れば見るほどタコに……いや、よく見るとイソギンチャクの様にも見えてきた。まぁ、どっちでもいいか。


「フウロ。お前は魔法はまだ使えるか?」

「そこは心配すんな。まだ余裕だっつーの」


 そりゃ神様に頼んで沢山使える様に頼んだからな。保有量は世界ナンバーワンの自信がある。


「では魔力供給を頼んでもいいか? 少しだけ分けてくれ」

「魔力を分ける!? そんなことが出来るのか!?」


 おーっと、ここで朗報だ。何と枯渇したレフカの魔力を回復させる手段が存在するらしい。

 その名を魔力供給という。……うーん、何ともファンタジックかつエロスな運命フェイトを感じる言葉だ。もしかして粘膜接触口移し的なやつ

 ──っと、ほのかな期待を寄せていると、例のイソギンタコの触手叩き付け攻撃が俺達を再び狙ってきた。危ない危ない。


「敵の前では隙が出来てしまう。上の方に一時退避だ」


 まぁ、そうだよな。わざわざ隙を見せるなんて自殺行為をする道理は無い。

 魔力供給のために俺達は触手のリーチが届かない位置まで上る。ここからだとバインドされて動けない擬乱人グールが見えるな。これもどうでもいいな。


「すまん。供給の前に少しだけ鎧を外す。待っていてくれ」

「ヒャッ!? 鎧を外す!?」


 おおっとぉ!? これはこれはこれは!? えっ、何? マジでそういうことなん?

 動揺を隠せないを俺を無視してレフカは背をこちらに向ける。ガシャッと鎧からロックが外れる音が鳴り、鎧の襟足から横へ半分に割れていた。中の黒地のインナーが丸見えである。


 えーっと、ここからどうするんだ? もしかしてインナーも脱がすの? いやいや、緊急事態とはいえ流石にそれは節操が無いというか……えっ、期待してもいいんですか?


「フウロ。私の首に手を当ててくれ」

「お、おう……」


 意外と綺麗な白肌に手を触れる。おそらく前世も含め生まれて初めて女性のうなじを触ったかもしれない。

 で、で? ここから俺は……?


「ん、その辺りだ。そのまま魔力を流してくれ」


 ……はい。そうなんだろうなぁとは思ってました。はい。ちょっと変なこと考えてました。すみません。

 期待が大いに外れて少しがっかり……もとい不純異性交遊的行為に至らなくて済んだ結果に安心しながら言われた通りにする。


 にしても『魔力を流す』ってどういうイメージなんだ? 何しろ努力して得た物じゃないからこの世界における魔力がなんたるかも分からんというのに。

 んー……。じゃあ、とりあえず水を流すイメージで。


「んっ……。お前、もしかして(供給する側は)初めてか?」

「言い方! 含みのある言い方は止めなさい!」


 ここで下ネタかよ! いや、本人にそんな気は無いというのは分かってるが、つい先程まで考えていた内容もあってそう捉えてしまった。反省。

 とりま、話は戻って水を流すイメージは違うみたいだ。他のイメージ……。

 ここでパッと思いついたイメージで、今度は挑戦してみる。


「うぉ……!? おいおい、こんなに魔力を受け渡して大丈夫か? ほぼ満タンなのだが」

「うわ、上手くいった。まぁ、量については気にすんな。多いに越したことはないだろ」

「そ、それもそうだな……」


 うん、幸いにも今のイメージで正解だったみたいだ。無事、レフカの魔力供給に成功である。

 それにしてもあのイメージが魔力を受け渡す形なのか……。え、どんなイメージかって? それは……恥ずかしくて言えねぇよ。

 ヒントは思春期になると自ずと考えてしまう妄想。やっぱりクッソ恥ずかしいわ。


「よし、ではフウロよ。私の読みではあのモンスターを私達だけで倒すのは難しい。だから、倒さずにここを離れるぞ」


 魔力供給のイメージについて悶々としていると、レフカは鎧を着け直しながら次の作戦案を言う。

 うーん、やっぱり倒せないのか。まぁ、剣もヌルヌルの表面には効いて無いっぽかったし、当然か。


「一度交戦した以上、逃げると追ってくる可能性も捨てきれない。だから、私はあのモンスターに全力の攻撃を放って隙を作り、その間にメイを連れて逃げるぞ」

「分かった。でも他の擬乱人グールはどうする?」

「彼らには申し訳ないが、しばらくは森で彷徨ってもらうことにする。このことをギルドに伝えて、後で助けに行けばいい」


 流石は元聖騎士候補。情に左右されない合理的判断である。

 俺はその案に反対はない。ここにいる擬乱人グール全員を連れて逃げるなんて難しいもんな。


「では、行くぞ」

「おっけ」


 そして、戦線離脱のため、俺らは行動に移る。

 レフカは再びイソギンタコの方へ向かいながら詠唱をし、魔法発動の準備を進める。その間に俺は倒れているメイの下に向かい、彼女を背負う。

 と、ここで気付いたがメイの体からは何とも名状し難い臭いが鼻腔を刺激した。


 どこか嗅ぎ覚えのある様な……。あ、これは二回目に遭遇した擬乱人グール化冒険者を助けた時に嗅いだのと似ている。その人のと同じということは、ただの体臭って訳ではなさそうだ。

 そんなことを思いつつ、俺の準備は終わる。残りはレフカ。ちょうど詠唱の最後を言い終えたところである。


「弾け散れ──」


 ん、あれ? 何か違う? いつもの大技は確か「吹き荒べ──」から始まるのだが……?

 すると、レフカの剣には風の奔流──ではなく、銀色をした無数のパチンコ玉みたいな粒が纏わり始める。間違いない、俺の知らない別の技だ!


「『炸裂せし玉石の飛礫ストーン・バースト・スプラッシュ』!!」


 この叫びと共に振るわれた剣に纏っていた銀玉は、イソギンタコに向かって飛ばされた。

 無数の銀玉の弾幕は辺りの景色も巻き込みつつイソギンタコを狙う。柔いながらも硬い表皮に食い込む攻撃は、今までの攻撃で最も効いている気がする。うーん、結構エグいな。

 そして、剣を納めたレフカは俺のいる所にまで走り、そのままスルーで駆け抜ける。


「行くぞ! 全力で走れ!」

「あ、ああ!」


 作戦通り、この場から離脱するために全力疾走で森の中を走る。このまま追ってくるなんてことにならなければいいんだがな。

 しばらく走っていると、薄暗い空間の奥に仄かに薄緑の発光をする物体が見えた。あの巨大な『癒繭コクーン・バリア』である。

 ふぅ、何とか救助ポイントに戻れたな。これで、ちょっと一息つける──かと思われたのだが。


「フウロ。休んでいる暇はない。メイを私に寄越せ。そしてお前はもう一人の冒険者を」

「へっ、何で?」

「仮にあのモンスターが追って来ていたら、こんな所で休んでいるとあっという間に追いつかれてしまうだろう。このまま遠くへ、もしくは森を出る」


 ええっー!? マジで言ってんのかよ。あのモンスター、身体が地面から生えてるみたいな感じだったから、そんなことは無いと思うんだがなぁ。

 うーん、でも確かにステータスに情報が出ない未知のモンスター。急激な進化とか本体が現れるとかの可能性が当たってしまったら、確かにこの選択は正しいのかもしれない。

 ならば仕方ない。レフカの言う通りにしよう。俺はメイを預けると『癒繭』の中に放置していた冒険者を回収して結界から出る。


「……フウロ。聞こえるか?」

「あ? 急になんだよ」

「耳を澄ませ。急がないといけない理由が現実になったかもしれん」


 何を言い出すかと思えば、また不安を煽る様なことを……。どれ、指示通り耳を済ませてみるか。

 うん、聞こえるのはよく分からない動物の鳴き声などの環境音。それに混じって聞こえるメキメキミシミシ、時たまバキッという破砕音。

 ……ウッソだろ、おい。


「どうやら予想が現実になったらしい」

「そう冷静でいられるのは、何か策があると信じてよろしいですか?」

「まさか。他の手など無い」


 あ、なるほど。つまり──


「逃げろッ!!」


 それに気付いた瞬間、背後の森は爆発するかの様に弾け飛び、その奥から現れた巨大な存在が今し方俺が入っていた『癒繭』に覆い被さってきた。

 な、な、な、何じゃこりゃあ!? でっかい軟体動物的なナニか! すごくキモい!

 この時すでに逃走を開始していた俺達だが、その衝撃は十分に伝わっている。異世界怖すぎワロエナイ。


「何なんだありゃあ!? さっきまであんなでっかい生き物なんていなかっただろぉ!?」

「そんなこと知るか! くっちゃべる暇があるなら足を回せ!」


 言われなくてもそうしとるわい!

 とにもかくにもあれは危険な存在であることは明白。捕まる=『死』と思っても良いだろう。よくて擬乱人グール化。とんだ鬼ごっこだぜ。


 どこに着くのかも分からず走る俺達。それを追ってくる謎のモンスター。あ、でも相手の移動速度はあんまり高くないみたいである。しかし、障害物の木々をすり抜けたり薙ぎ倒して進んでるから、実質スピードは同じくらいだ。


「なぁ! 魔法でアイツの足止め出来ないか?」

「馬鹿言うな。お互いに人を背負って走ってるんだぞ。下手に迎撃しようものなら落としてしまうだろう」

「ごもっともです!」


 そりゃそうか。うーん、どうすれば……。


「そうだ、なら……!」


 咄嗟の閃き。正直通じる気は全くしないが、少しでも攻撃出来る物であれば何でもいい。

 早速懐に仕舞っていたを取り出し、何とか片手を後方へ向けて使う。


「食らえっ!」


 ポン! という破裂音と同時に、俺の手から放たれた一本の煙尾。真っ直ぐにモンスターへと向かい命中すると、パーンと大きな音が林間に響く。

 その音に驚いたレフカ。後ろを見ずとも今のが何なのか理解したらしい。


「救難信弾!? 何故それを?」

「いや、何でもいいから攻撃出来そうな物を使っただけ。でも、試した甲斐はあったみたいだぜ」


 そう、俺が使ったのは本来助けを呼ぶ時に使うアイテム。それを制作者が想定していないであろう攻撃という形で使用したのだ。

 そして、またまた幸運が。どうやらこの攻撃は奴に通じたみたいである。


「モンスターが下がっていく……!?」

「何だか分かんねぇが、あいつは信弾が苦手みたいだな」


 こう冷静を保ってる俺だが、内心は驚きまくりだ。まさか適当にやったことが相手に効いたんだから当たり前である。

 何故に斬撃も魔法も効果が薄かったのに、攻撃用でもないアイテムの一撃が効いたのかは分からない。だが、そんなことは今はどうでも良い。


「何はともあれ相手が怯んでる今がチャンスだ。行くぞ」

「ああ、そうだな」


 とにかく、今は原因を解析する暇は無い。とっととずらかってしまわねば。

 再び走り出した俺達。とりあえず真っ直ぐ進みながらちょくちょく後ろを確認するが、例のモンスターが追いかけて来ている様子はない。

 マップを開くとすでに深部からは抜けていることが分かり、走るペースは増加。そして……。


「見ろ! 森を抜けるぞ!」

「や、やっとかぁ~……」


 そんな訳で、無事に俺達は森からの脱出に成功する。俺とレフカ、メイに名の分からぬ冒険者の計四人は無事だ。

 こうして、俺の初めてのフィールド探索は終わりを迎える。いやぁ、遭難したり首締めされたり大変だったわ。


 まぁ、楽しかったかと訊かれれば少しだけ。良い経験にはなったし、魔法も何個か創れた。しかし、今回みたいなのは可能な限り今後一切の遠慮願いたいところだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る