3ー10

 奴の腹足類っぽい裏側がどこにあたるのか判別が付きにくいものの、赤く熱された鉄火の大槍は赤く焼け爛れた部分を狙う。

 熱を帯びた弾は物理攻撃を軽減する表皮を易々と貫通し、着弾地点から激しく炎を燃え上がらせた。流石は対城兵器。あの威力にこの炎。切り札と呼ぶだけのことはあるな。


 これまでの攻撃の中で一番の悲鳴を上げるグラトニオン。よし、希望が見えてきた。


「第二射、用意!」


 ダメージに喜ぶ暇なく発射担当が次の攻撃の準備を進める。どうやら水をかけて熱くなった砲台を冷却してるみたいだ。次に間に合うだろうか?


「……ギルマス。奴が」


 と、第二射を待ってる間に橙色の姉方が何かに気付いた様子。えっ、一体何だろうか。恐る恐る俺も目標を見る。


 すると、グラトニオンは燃え盛る大槍に封じられた箇所を引き千切って拘束から逃れようとしていた。熱はかなり効いているはずなのに正気かよ……!?


「まずい、奴の動きが想像以上だ。次の発射はまだか!?」

「あと六分で第二砲台の発射が完了します!」

「ええい、仕方ない。ルコ、ミア。もう一度頼む」

「承知致しました」


 どうやらまたギルドの姉妹が囮になるみたいだ。あとさりげなく彼女らの名前も明らかとなる。

 どちらがどちらなのかは分からんが、ルコとミアは間髪容れずに宙へ飛び出す。再びワイヤーフックを壁に突き刺して今一度グラトニオンの応戦に移る。


「な、なぁ。俺も何かした方がいいかな……?」

「いや、止めておいた方がいい」

「えっ。で、でも……」

「今は彼女らとバリスタを信じろ」


 この逼迫した状況に俺は柄にもなく自分に何か出来ることを訊ねるも、返答してくれたメイからは何もせずにいろと言われてしまった。

 いや、確かにそうだ。俺は冒険者じゃないし、メイやギルド姉妹のように強くはない。おまけにバリスタとかも動かせないから、ここにいるのはほぼ場違いみたいなもの。手伝おうとするのがおかしいんだ。


 今の俺は、ただ戦況を見守ることしか出来ないか……。レフカだったら今の状況をどうするだろう?

 たぶん、アレだ。制止を振り切ってでも奴に一撃を与えに動くに違いない。あの女騎士ならやりかねん。

 その辺りはやっぱり俺と違うな。神様から色々もらってるのに、俺はまだそれを本当の意味で使いこなしたことは無いのかもしれない。


 と、ここでまた戦況は一変する。

 またグラトニオンの触手を断ち切ろうとしたのか、一つの影が先と同じように円運動を始めていた。おそらくあれも姉の方だろう。

 もう一回切断ダメージを与えられれば、間違いなく次の発射には間に合う。だが、同じ手が二度も通じる程相手もバカではないらしい。


「まずい! 逃げ──」


 その異変に気付き、壁上からの指示もしようとするも間に合わず、グラトニオンは糸で巻かれている触手を一気に振るった。


「ルコっ!?」


 触手に自身のワイヤーを強めに絡めていたため、解くことに手間取ったのだろうか。ルコと呼ばれた方の人影は壁外に飛ばされてしまい、俺が乗り捨てた馬車に土煙を上げて激突してしまった。


 もしかして運が良かったのか? おそらくだがあのまま地面に叩き付けられるような結果だったら、間違いなくルコは死傷を負うことになっていただろう。完全に偶然による結果だが、俺、ナイスフォロー!


「お姉ちゃん!!」


 すると、壁下で叫んだギルド姉妹の妹、ミアが動く。

 姉を吹き飛ばした標的に突撃──ではなく、その姉の方へと勝手に移動を始めていた。

 何せ姉妹だ、無理もない。家族が敵の攻撃にやられてしまったのを放っておけるはずがない。


 ミアが敵方を離れて一気に壊れた馬車の方へと跳び、倒れていた姉を抱き起こすのが見えた。姉の方も無事だといいがな……。

 しかし、ここでまたも異常が。なんとグラトニオンが離れた二人の方に向かって進み始めたのだ。


「次射はまだか!?」

「もう少しかかりそうです!」


 このままでは二人とも押し潰されてしまう。周りにはフックを固定出来る建造物もない上に敵のスピードが思ったより速い。もしかして腕を切ろうとしたことに怒っているのだろうか。とにかく、バリスタもこのままでは間に合わない!


 どうする? 俺に何が出来る? 瞬時に自問自答をした俺は、無意識の内に答えを出していた。


「……っ! どけっ!」


 気付くと俺はギルドの関係者らを押しのけて壁の上を走っていた。それも、グラトニオンから遠ざかるように反対側の方向へ。

 これには俺自身も驚きを隠せない。普通なら壁から降りて助けるなり、また新しい魔法を創るなりして現状を変えようとする努力をするもんだ。それなのに、俺は逃げるように距離を離している。


 だが、何も怖くなって逃げ出した訳ではない。他からどう見られようが関係なしに、この時の俺は頭にある考えが浮かんでいたから、それを実行するために奴から逃げ出したのだ。

 もう一つのバリスタ砲を通り過ぎた時に、俺は急制動をかけてとある魔法を発動した。それは──


「挑発魔法!」


 この瞬間、今まさに姉妹に伸しかかりを仕掛けようとしていたグラトニオンは動きを寸前で止め、体の向きを俺のいる場所に変更した。


 そう、俺があえて奴から距離を離したのは、これを使うためだ。挑発魔法『J』。ターゲットを俺に強制変更させる魔法である。

 これによってターゲットが俺に変わり、グラトニオンはスピードそのままに向かってきた。


「やっべー……。二人を助けられたのはいいけど、こっからのことを全然考えてなかったわー……」


 うーん、後先見ない行動って怖い。とにかく、やってしまった以上は致し方がない。


「とりあえず、壁の上走って打開策を考えるか……」


 たった数時間前も同じようなことをしたなぁ~と思いつつ、俺はトランの壁上を走り出した。

 再び俺目掛けて襲いかかるグラトニオン。壁に体をぶつけてバランスを崩しにかかってくるが、神様に上げてもらった身体能力にそんな小細工は通用しない!


 無論、逃げるだけでは勝てないので、俺は時々炎塊弾を奴に向けて撃ったりして僅かながらダメージを重ねていく。決定打にならないのは自覚しているがな。


 それはそれとて、これからどうしようか。このまま走り続ければ俺の底上げされた体力もいずれ底を突く。その前に壁を壊されてもおかしくはない。

 現時点で最もダメージを与えられるのはバリスタ砲。次いで発火樽。

 流石にもう準備は整っているだろうが、こんな状況じゃあ狙えないだろう。発火魔法も一回の量は少ないから攻撃手段としては好ましくない。


 じゃあ、どうすればいいか。俺はこのまま壁を一周、あるいは反対方向に急転換してバリスタの射程内に入る案を考える。これならリロードを終えたバリスタを使うことが出来る上にまた大ダメージを与えられるだろう。

 しかし、射程圏内に入ったところでバリスタを撃ち、ダメージを与えられたとしよう。もし、これで倒れて壁側に向かって倒れてきたら大惨事だ。


 倒れかかったグラトニオンの重さで壁は崩壊。瓦礫などが壁内に入って住民に被害が及ぶ。これに倒しきれなかったという事態が合わさったら、さぞ恐ろしいことになるだろうな。

 これは俺としても、ギルド側からしても絶対に避けなければならない。これは最終手段にしておこう。


 策無しってのはつらいな。隣にレフカがいれば少しは良い状況に出来たんじゃないだろうか。


「……レフカ」


 しかし、あいつはここにいない。マップを見ても側から追いかけるように移動しているのを見る限り、まだ腹の中だ。

 奴に食われると擬乱人グール化が起きる。そうなっても俺の魔法で治せるからいいが、本当にあの中から助け出すことが出来るのかどうかさえ怪しい。


 最悪な事態に陥るのだけは嫌だ。俺の相方である責任、領主との約束。なにより本人レフカからの信頼を受けた以上は必ず奪還を成功させねばならない。

 そう考えるだけで心火が強く燃え盛る。やはり、俺自身もレフカに対する想いがあるんだなと自覚した時である。


「──んべっ!?」


 いきなり脚がもつれてそのまま前方へと転んでしまった。

 うわ、内心であんな決意をしておいて転ぶとか、我ながらダセェ! しかも転んだ時の声が「んべっ」って恥ずかしいわ!


 どうやら壁上に敷かれているレールにつま先を取られてしまったらしい。そして、この時もまだ挑発魔法の効果は継続している。

 不意に、何かが俺の脚に巻き付いた。


「やべっ!?」


 その正体は分かっている。グラトニオンだ。奴が再び俺に拘束攻撃を仕掛けて来やがった。

 片足を掴まれて持ち上げられる俺の体。そして奴の口まで運び込まれてしまう。


 こんな状況、抵抗しない訳がない。俺は暴れて拘束から逃れようとするも、意外と強く巻き付かれて離してくれそうもないな。俺ピンチ!

 そんな中で俺はあることに気付く。


「くそっ! 離せ! 離──って、もしかしてこのまま食われたらレフカの所に着くんじゃね!?」


 我ながら空気の読めない発想。だが、言い方を変えればピンチをチャンスとして見方を変えれたということ。

 奴の体内に入るのは正直嫌だが、レフカを助けられるなら乗り越えるべき壁だ。

 大丈夫。神様から貰った『勇気』はある。決して萎えない、勇者の証。


 俺は抵抗するのを止めて、奴の口に運ばれるのを待つ。

 やはり怖さというものはあるが、それを押しのけるくらいの『勇気』が湧いて出てきているような気がして、案外平気だった。


「待ってろ、レフカ。今行く……!」


 そして、俺は奴に食われた。

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