3ー11

 ウワアアアア、気゛持゛ち゛悪゛い゛で゛す゛ゥゥゥゥゥ!



 ほんと最悪だ。中はぬるついてるだろうとは覚悟していたが、まさか丸飲みされるのがここまで気持ち悪いとは思わなかった。せいぜい圧迫感のあるウォータースライダー的な感じだと思ってたのに……。


 グラトニオンに捕まって食われた俺は、奴の口から食道を通過中。食われて知ったが、何とこいつ飲み込むのがくっそ遅い。そのせいで俺は全身にぬるついた粘液にまみれている。

 おまけに息も出来ないし早くしてくれよ……。と、思っている内に急な浮遊感を覚えて落下。俺は尻から水たまりみたいなところに落ちた。


「うわ暗……。予想はしてたけどさ」


 計画通り奴の体内に入り、その周囲を見渡してみる──といいつつも、中は暗い。故に俺は魔法を創ることにした。

 望みの効果は『灯り』に付け加えるイメージはランプ。はい、『ビルド』!

 手のひらからパッと点いた光。うん、成功だ。名前は『ライト』に決定である。


 それにしても、光を照らして見てみると周りは赤い肉壁。足を付けている所も柔らかい上に膝下まで謎の液体が貯まっている。すごくキモいです。

 あと、体内というだけあって臭いも酷い。あの擬乱人グール化冒険者のと同じ臭いで、それが鼻を直に通ってきて今にも吐きそうだ。


「長居は無用だな。さっさとレフカを探そう」


 俺は早速レフカの捜索を始める。

 ここを仮称として『胃』と呼ぶことにしよう。この胃の中は案外広く、まだ奥の方があるっぽい。

 辺りを照らしながら進んで行くと、俺はふと思い出す。


「そういえばグラトニオンって魔力を餌にしてるから人を襲うって仮定してたな。もしかして……」


 この疑問は少し前に立てた仮説である。今のところ胃内で俺以外の人を発見出来ていないので、俺のステータスをチェックしてみる。すると……。


「……!? やっぱりそうだったか」


 一瞬驚いたが、どうやら俺の仮説は正しかったらしい。

 開いたステータスからMPだけを確認すると、すでに五分の一近く魔力が無くなっていることに気付く。少し前に魔法をいくつも使用しているが、それでも神様から膨大な魔力量を授かっているので、この減り方は尋常ではない。しかも、よーく見るとほんの僅かづつ減っていくのも確認出来た。

 どうやらここにいるだけで魔力は吸われてしまうようだ。これは早めに脱出しなければ。


「……ん? あれは……」


 捜索を再開してしばらくすると、俺の魔法の光ではない淡い緑色の蛍光色が水面から覗かせているのを発見する。

 はて、どこか見覚えのある色だな。そんな記憶の引っかかりを覚えつつ近付くと、それが何なのか分かった。


「これ……もしかして『癒繭コクーン・バリア』じゃね? ってことは……!」


 この光を放つ物体を照らして見ると、表面は無数の糸を束ねて織られた繭のような質感をしており、俺の知っている人の中でこの魔法を使える者はただ一人。

 レフカ・エオ・ガイヴィナンド。俺の旅の相方にして、この捜索の目標である。


「レフカ! おい、聞こえるか!? 繭を破るぞ──って硬っ!?」


 表面を叩いて呼びかけるも反応は無い。癒繭を破ろうと引っ張るが思いの外頑丈なことに驚いたが、何とか破くことに成功すると、中には案の定レフカがいた。しかし、眠っているのか、あるいは気を失っているのか動く様子は見られない。

 もしもの場合があるかもしれない。念のためにステータスを確認する。


『レフカ・エオ・ガイヴィナンド 十七歳 女 職業:旅人 状態;昏睡・魔力枯渇 精神:不明 他詳細』


 擬乱人グール化はしてないみたいだが、やはり魔力は無くなってるようだな。眠っているのも死んだ訳じゃなくて昏睡状態になってるだけらしいので、少し安心する。

 とりあえず目標の身柄は確保出来た。念のためにまた周囲を照らして他の者がいないか見るが、それらしい人影は見えない。幸か不幸かどうやらレフカだけだったらしいな。ではすぐに脱出だ。


「……とはいえ、こっからどうやって出るかだよなぁ……」


 レフカを早々に見つけられたのはいいものの、次に乗り越えるべき壁は高い。

 このグラトニオンの体内という名の密室からどうやって出るのか。ふむ、難題だな。


「うーん、このまま巨大化でも出来れば脱出は簡単なんだろうけど……。流石に今のレベルで創るってなるとどれだけのコストを付ければいいか分かんねぇな」


 ぱっと最初に思いついた脱出案は巨大化というもの。どーん! と奴の口から手が伸び、そのまま破裂させるくらいの勢いで巨大な俺が出てくる……。そんな感じ。

 もっとも、これは全く現実的ではない。仮に巨大化が創れたとしても、イメージコストにかなりハイリスクなのを要求されるかもしれない。例えば元に戻れなくなるとか。それと使用魔力が尋常じゃなさそう。よってこれは却下だ。


 それか地道に胃壁を削って外に出れるかやってみるか。これは内側はともかく強靱な外皮までたどり着いた時のことを考えると果てしない。

 人為的な脱出は難しいか。運良く吐き出されれば脱出出来そうなんだが……。


「……いや、まてよ。……!?」


 そうか。この手があったか! 自力での脱出が難しいのであれば、グラトニオンあっち側から俺らを吐き出させればいい。

 ではどうやって吐き出させるか。もし俺がグラトニオンなら、胃の中を傷付けるような異物があったら真っ先に吐き出す。うむ、決まりだな。


「胃の中で暴れればいいのか……なら!」


 早速俺はトランスタッフを構えて胃壁を殴る。目一杯の力を込めて殴打を繰り返すが、胃壁は粘液の影響で打撃を受け付けない。

 うーん、これは手強いぞ。打撃が効かないとなると残る手段は魔法のみだが、この中にいる限り魔力は吸収される。上手く加減をしないと俺も枯渇してしまう。

 例えば、斬撃に魔法を効率良く使えるものがあれば……と、ここまで思った時だ。


「そうだ。そういえばがあったな……」


 俺は今まで忘れていたある物をふと思い出す。腰に引っ提げていた一振りの短剣の存在だ。

 それは、今から少し前に遡る。





 デトロイアでグラトニオン追撃作戦を考えていた時、元の所有者であるメイからこの剣の説明を聞いていた。


「フウロ。もし奴と最接近した場合の攻撃手段を考えてはいるか?」

「え? いや、基本的に近付いたりはしない作戦だから考えてないけど……」

「そうか……。だが、もしもの備えはしておいた方がいいぞ? いざという時に役に立ってくれるからな」


 追撃作戦があらかた纏まった時にそう訊ねられた。

 当時は目標の体内に入ることになるとは思わなかったので、返した答えは無策というもの。ま、仕方ないね。


 この回答はメイにとってそこまで良いものではなかったようで、念のために備えをしておけとのアドバイスを受けた。


「備えあれば憂い無しってか。なるほど、それも一理あるな。じゃあ、何を持って行けばいい?」

「ソレを肌身離さず持っておくといい。かなりのじゃじゃ馬だが、武器としては申し分無い性能のはず」


 ソレと言われて指差されたのは、本当ならレフカに受け渡す予定だったメイの短剣。

 元持ち主が自信を持って言うのだから、間違いはないはず。俺は改めて譲り受けた一振りを見て、初めてそのステータスを確認する。


『炎刃のフレア 武器種:短剣 所有者:フウロ 威力:80 他詳細』





『片割れである氷刃のガストの対となる剣。蒼い剣身は炎牙竜の燃える牙の芯を加工した物で、魔力を流すことによって火の性質を纏う』


 これだ。メイの言葉通り、もしもの備えが役立つ時がきたらしいな。

 グラトニオンとの戦闘に接近戦を想定してなかったから忘れていたが、ステータスの再確認でこの剣の能力を今一度思い出した。


「炎の剣……! うおお、ファンタジーって感じだ!」


 これは俗に言う魔剣。色合いからしてもしかしたら、とは気になってはいたが、まさか炎だったとは驚きである。

 ご都合主義であろうが何だろうが、奴が苦手としている属性が体内では効かないはずがなかろう! 早速使わせてもらうぞ!


「レフカ、本当はお前に渡すつもりだったけど、今だけは俺に使わせてくれ。お前と一緒に、ここから出るために!」


 眠っているレフカに返却を約束すると、俺は右手の短剣を握る。すると、無意識の内に魔力を送ったのか次第に取っ手の部分が温かくなり、一分もしない内にかなり熱くなった。おまけに不思議と平気。


 おお、これが魔剣の力か……。何だか今の俺は、負ける気がしねぇ!

 たぎる高揚感は、俺の勇気に加速が付く。そして、再び力を込めて目の前の肉壁に最初の一撃を決めた。


「ぅうらああ!! ──ってあっつ゛ぅ!?」


 斜めに切るように振った剣の軌道から噴き出す炎。どういう訳かそれは普通に熱かった。

 なるほど、じゃじゃ馬って言ってたのはこれのことか。俺にとってはそこそこ痛いデメリットだが、大丈夫だ。問題ない。


 俺にも若干のダメージが入る中で、奴にもこの攻撃は効いた模様。斬撃をした時に胃内が大きく揺れたのだ。体内でも炎は効くらしいな。


「へっ、ダメージはお互い様って訳だ。じゃあ俺が倒れるか、そっちが吐き出すか。どっちが根気強いか勝負しようぜ。肉塊野郎!」


 また柄にでもなくカッコつけた言葉を使ってしまったな。だが、ここからが我慢対決になるのは明白だ。

 俺は再び胃壁に炎斬の多重攻撃を行う。切る毎に揺れる体内に、噴き出る炎が利き手を炙っていくが、アドレナリンが過剰分泌されてるのか心做しか気にならない。

 これはちょっと異常だなぁ……。俺自身もそう思ったくらいだ。出れたらすぐに診てもらうか。


「でりゃあっ! ……おっ、なんか今までに無い感じの揺れだな。そろそろかな?」


 もう何度目かも分からない攻撃をすると、一際異質な揺れが襲ってきた。

 何というか、大きいだけじゃなくて胃の奥から波打つような……感覚的に言うと吐く寸前の胃の動きって感じ。

 これは……来るな。そう直感する。


「はっ……、へへっ。この勝負は決まったみたいだな……!」


 確信した俺は、攻撃を一時中断してエネロープを生成。レフカと離れないよう自分の体に巻き付け始める。右腕の激しい痛みが動作に支障を来たそうとしてくるが、それを我慢してお互いの体を密着させる。


 次で、ラストだ……。俺はぼろぼろの右手で炎剣を逆手持ちし、それを壁に突き刺した。

 炎が噴き出すそれは、いつぞやに遠目から見た鍛冶の炉の中を思わせる。そして、思った通りにこの一撃が勝負に決着を付けた。


 一番大きな揺れが起きると、それはすぐに始まる。

 胃内の収縮が始まると同時に胃液が大量に分泌され、俺たちを包み込む。非常に不快な感触が全身をくまなく圧してくるが、それを遙かに越える達成感が俺にはあった。


 次の瞬間にはまたも浮遊感。そして、どこからか吹き付ける風が水分にまみれた俺の体から体温を奪う。

 間違いないみたいだ。


 ──出れた。レフカを助けられた……!


 この勝負は、俺の完全勝利できれいに幕を降ろす──はずだった。



「ん? あれ。あっ、やべっ。お、落ちる……!」


 体内から出れたのはいいとして、この後である。吐き出された俺たちは胃液ごと宙に放り出されているため、このままでは十数メートルからの落下!

 えぇー……。せっかくカッコつけたのに、それも台無しになって終わるのかよ……。そう思った瞬間、奇跡は再び起こる。


 何者かが落ちていく俺たちに衝突したと同時に担がれると、そのまま凄まじい遠心力みたいなのが襲ってきた。えっ、何ごと?

 そしてぐいんと空中を半周した謎の人物は壁に垂直に立つ。というか固定したワイヤーに吊り上げられつつ壁に足を付けている。この技術……まさか!


「うっ、酷い臭い! えっ、ていうか何ですかその火傷は!?」

「あ、あんたは……!?」


 俺たちか担ぎ上げていたのは、あのギルド姉妹の妹方。緑色の頭髪をしたミアだった。

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