3ー12

「ギルマスからあなたがグラトニオンに食べられたとお聞きしまして、急いできました。吐き出された瞬間はちょっと名状し難い感じでしたが、何とか落ちる前に助けられて良かったです」


 どうやら俺の心配をしてくれてたらしい。ああ、ありがてぇ……。このDTスレイヤーさんはお優しい方だ……。てか結構腕力あるんですね。


 それはそれとして、正直今の俺は限界が近い。何せ右腕は火傷で痛む上に左腕にはレフカを抱き抱える。こうして中空にぶら下がっているだけでもつらいんだな、これが。


「ところで、グラトニオンの体内に他の人はいましたか?」

レフカこいつが最後残りだ。俺が見た限りじゃ、あの中に人はいない……」

「なるほど。つまり腹部への攻撃が可能になったという訳ですね」


 グラトニオンの体内情報にミアは何やら理解した模様。

 確かに今までは奴のひだか縁周りの部分にしかバリスタを当てられていない。それは体内に人がいるとして下手に狙えなかったからだ。


 こうしてレフカを助け出した事実、そして俺がこの目で確認した他の被食者が体内にいないという情報が揃ったということは、ここから本気の攻撃に入れるということか。


「とりあえずお二方は安全な所に連れて行きます。あとは、我々ギルドが行いますので」

「ああ、お願いしとく。それと上に着いたら連れを寝かせてくれ。死ぬほど疲れてる」

「えっ、その方死んでるんですか!?」

「今のは比喩だよ、比喩……」


 うーん、ネタとして言ったつもりなんだがなぁ。やっぱ異世界の人には通じないか。

 死体を連れてきたと勘違いされてしまったところで、ミアはゆっくりとワイヤーを巻き取って上へと登る。


 グラトニオンの方を見ると、俺が体内で与えたダメージが効いているのか何故か沈黙状態だ。所謂絶好のチャンスってとこか。

 何とかして壁上に登りきると、ミアはレフカを背負ってギルマスらのいる場所へと戻る。俺とレフカの生還を歓迎され、メイに至っては泣いて喜ばれた。


「ギルマス。フウロさんからの情報によると、体内に人は存在しないとのことです。あと、この方は体内に残っていた最後の方で、フウロさんからは休ませろと」

「うむ、分かった。あと少しでもう二台のバリスタが用意出来る。ミアは被食者を下に運んだ後に手伝いへ回ってくれ。それと、フウロ君をこちらへ」


 ミアがギルマスと呼んだ男の指示に従い、そのままレフカも連れて奥の方と姿を消す。はぁ~、やっぱりギルドの人だからバリスタを動かせるんですね。

 それはともかく、次に何故か火傷の応急処置を受けていた俺が呼ばれてしまった。一体何用だろうか?


 この方とは面識は無いが、如何せん冒険者でもないのに勝手に飛び出してあんなことをしている。あー、怒られる理由には十分すぎますね……。

 お叱りを受ける覚悟で、俺はトランのギルマスの下へ行く。


「な、何でしょうか……?」

「君がしたことは非常に危険な行為だ。装備不十分なままで敵の注意を引き、結果としては脱出出来たが奴に食われたという事実。それに加え、原因は分からんがその右腕の火傷。君は自身が冒険者や国の騎士でないと分かって取った行動であるという自覚はあるか?」

「……はい」


 ああ、やっぱり怒られた。だが、これも仕方がないだろう。

 グラトニオンを引きつけ、そしてわざと食われたのは事実。明らかに危険を省みない自殺行為に等しい物。右腕の火傷もまともな装備があればここまで広がらなかっただろう。だが、それでも反論ではないにせよ思うことはある。


 奴に襲われそうになった姉妹に逃げる隙を与え、バリスタ再装填の時間を稼ぎ、そして何よりレフカを救い出せた。全部勝手にやったことではあるが、それだけで俺は十分にやり遂げることが出来たと思っている。だから──


「でも、俺は後悔はしてません。俺は冒険者じゃないけど、大事な人を救い出せたんだ。他からはただの愚行だって思われてもいい。俺は自分のしたことに誇りを持てます」


 そうだ。生前は特に何をした訳でもなく死んでいったが、神様に出会って異世界で生き返れたからこそ、俺は改めて与えられた名前の通りのことをしたい。


 楓の花言葉は『美しい変化』。それを遂げる『みち』。それが楓路フウロの名の意味。

 例え他者からどう見られても、俺自身が良いと思える人生を送る。それが俺の異世界第二の人生だ。


「──はぁ、これだから最近の若者の冒険者気取りは……。だが、その勇気は本物にも勝るとも劣らない物だったというわけか……!」


 ギルマスは大きなため息を吐き出すと、どことなく嬉しそうに髭で覆われた口元をニヤリと吊り上げる。

 これは、結果認められたってことでいいのかな……? ま、それでいいか。


「ギルマス。第三、第四砲台の準備は整い終わりました。発射許可を」

「分かった。全てが揃い次第発射に移る。フウロ君、とりあえず君は下がって火傷の治療に戻ってくれ。引き留めるようなことをしてすまなかったね」

「あ、いえ。大丈夫です……」


 錆っぽい音を立てて第三砲台が運ばれてくる。そこにはミアが乗っており、ギルマスに発射の許可を訊ねてきた。


 これの返事を以てギルマスの話は終わりらしい。俺としてもこれ以上火傷の治療を遅らせる訳にも行かなかったので、嬉しい限りだ。

 他のギルドスタッフに誘導された先に壁の内側を伝うゴンドラがあり、そこに乗って壁内へ下っていると……。


「全砲門標準固定。発射!!」


 この叫び声のすぐ後に大きな金属音の混じった発射音が連続で耳を突いてきた。どうやらグラトニオンへの攻撃を開始したみたいだ。

 これで殺しきれたかどうかは戦況を見ていない俺には分からない。だが、何かが倒れるような大きな地響きがゴンドラを大きく揺らしたのだけは覚えている。


 何はともあれ、俺の役目はこれで終わり。一段落着いたってことだ。

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