終結の後

エピローグ

 グラトニオン事件から早くも五日が過ぎた。

 火傷の方もファンタジー世界らしく、魔法による本格的な治療を受けて今はほぼ完治ってところ。もっとも、ギプスのせいで食事やトイレがしづらかったことこの上無かったがな。


 ギルドの二階でしばらく療養していた俺の下には沢山の人が見舞い来てくれた。例えばギルドの姉妹やネムラとその兄、メイにルウクとここ数日で知り合った人たち。そして領主も直々に出向いてくれたりと、多分VIP待遇だったのかもしれない。

 他にも様々なことがあったが、一番に特筆すべきことと言えば、やはり……。


「大丈夫か、レフカ。病み上がりが無茶してんじゃねーぞ?」

「ふっ、心外だな。これでも元聖騎士志望だぞ。二日もあればある程度は回復する」


 相方のレフカが無事に目覚めたということだろう。いやぁ、良かった良かった。

 でも聖騎士だなんだ言っておいて、実はこいつ二日経ってようやく目を覚ましてる。メイは擬乱人グール化しても翌日には意識を取り戻したというのに、魔力を吸われただけでここまで時間がかかったのは、やっぱり個人差ってやつか。


 ま、何はともあれ元気になってるのは相方である俺としても安心だ。


「ところで、俺らはどこにいくつもりだよ」

「それは着いてからのお楽しみだ。ま、お前のようなやつには到底分からないだろうがな」

「なぁ~にぃ~? 言ったなお前」


 そう煽られる俺はレフカの先導の下、トランの町をぶらり散歩旅中だ。

 何でも病み上がり騎士様が行きたい所があると言うので、仕方なく了承したら速攻連れ出されたという訳である。もっとも、そこがどこなのか俺も気になったので、あまり気にしてはいないがな。


 それにしても辺りを見渡すが誰も先日の襲撃について触れている感じはしない。どこもかしこも平和な光景が続く。

 つい最近あんな騒ぎが起きたというのにも関わらずにここまで活気づいているのは、やはりギルドの働きによって直接的な被害が少なく済んだからだろうか。あれこれ気にするよりも平和を楽しむのが一番ってな。


「そうだ。目的の場所へと向かう前にいくつか摘める物を買っていこうか」

「買い食いか? それなら付き合うぜ。俺これな」


 ここに戻って来たのは六日前だが、こうして町中を歩くのは転生初日から十日近く経っている。久しぶり……っていうほどでもないか?


 ……いや、よく考えたらあの時は旅の道具を買い集めたり、留置所の帰りだったりと色々アレだな。今みたいに武器も持たずにお互いに私服で歩くのは実質初めてか。


「フウロ。菓子を食うのはまだ早いぞ。話聞いてたのか?」

「悪い悪い。美味そうでつい味見しちまった」

「なるほど。そういうことなら大丈夫だな。どれ、私も一つ」

「はっ、お前も摘み食いかよ。俺と同じじゃねーか」


 今し方購入した商品をお互いに味見という体で口にする。うーん、スイートポテトっぽくて中々に美味。気に入った。

 しかし、こうして並んで歩いていると、何というかその……デート、みたいな感じだな。他の人の目から今の俺たちはどう映っているのか気になるところではある。


 生前は妖怪ラノベ漁りだった俺にはデートどころか女性に関する縁は無かった。故に初めての事態にちょっと意識しちゃっている自分がいる。内心を表に出てしまわぬように気を付けなければ。


「ん、ここだ。ここを登るぞ」

「ここって……、町の門じゃねーかよ」


 色々駄弁りながら到着した場所は、トランの町を行き来する際に通る門。その関所前だ。しかも登るってどういうことだよ。

 レフカが目的地にしてる場所は多分壁の上なのだろう。しかし、先日の件もあるから立ち入り禁止なのでは……? それに俺が使ったゴンドラもあるようには見えないし。

 そんなことを気にする素振りも見せずに、レフカは関所の中へと入る。おいおい、大丈夫なのかよ。


「失礼する。ここの担当はおられるか。話がある」

「俺がここの担当だ。一体何用……」


 レフカの声に応答して出てきた人物に、俺は一瞬背筋がヒヤッとした。


「む、お前は……」

「え、ええーっと、人違いじゃないですかね……?」


 なんと、受け答えに出てきた担当とやらはまさかの俺がこの町に入る時にチャームの魔法で操った時の門番! あの厳つい顔が俺を見た途端に何か勘付きそうになるもんだから、思わずレフカの後ろに隠れてしまった。


「おい、レフカ! 何でよりによってこの人がいる所の門なんだよ!」

「あ、そうだったな。お前は確かここで……」


 小声で問いただすと、どうやら故意にここを選んだ訳ではなかったらしい。そういうのは止めてくれよ……。

 どうしよう……。もしこれでバレてお縄になるようなことになったら、ほぼ封印状態だったチャームを使うのも止む無しか……?

 そうどぎまぎしている中で、門番の男は俺の予想を裏切ってくれる。


「そうか。で、男女二人揃って何の用事だ?」

「うむ、私たちを壁の上に行かせてもらいたい。これを」

「……ギルド関係者か。良いだろう、そこの階段を使うといい」


 意外にも門番の男はあの時の件に触れることなくレフカへの対応に戻った。あれ? もしかして気付いて……ない?

 そしてレフカはいつの間に手に入れたのか、何やらカードらしき板を提示して門番からの承諾を得る。


「助かる。フウロ、行くぞ」

「あ、ちょっと待って。……あの、俺のこと覚えてます……?」

「何のことだ? こんな田舎領の町じゃ中央都市みたいに通行料を取って入れるなんてことはしないし、第一に旅人なんざ腐るほど来る。いちいち人の顔を覚えてる訳ないだろう」


 えっ、そうなの田舎領の町事情? 町に入るのに通行料はいらないのか。

 じゃあ、俺がチャームを使ってまで入ろうとしなくても良かったって訳か。何だよ、そういうのは早く言ってくれよ……。

 新たに分かったルールにほっと一安心。これで心おきなく上へと行けるな。


「ああ、だが俺に魔法をかけて入って行った奴のことだけは覚えてるな。今じゃあ、町を救った奴らの一人になってんだから、今頃とやかく言っても仕方無いからなぁ?」

「うっ……」


 やっぱり覚えてんじゃねーか! しかも俺が六日前にしたことも知られてる!

 俺が安心しきったところで言いにくるとは。さてはこの門番、性根は腐ってるな?


「ほら、せっかく見逃してやろうと思って黙ってたんだ。さっさと行け」


 しっしっと手で追い払うように俺らを階段の方へと移動させてくる。何だよ、言葉使いは悪い上に結局優しいとかツンデレかよ。本性表したね。

 そんな棘付きの親切を受け取って、俺らは階段の方へ。これを登れば目的の場所に到着か。







 壁の内側に作られた階段を登り、俺たちはようやく目的の場所である壁の上へと到着。初めて登った時は夕暮れ時に加えてグラトニオンと交戦してる途中だったから、こうやって見るのは初めてだ。


 眼下には草原が広がっており、奥には点々と繁る林。どこを見ても緑色がほとんどを占め、生前のようなコンクリート製の建造物は存在しない。俺、本当にファンタジーの世界にいるんだなぁ。


「良い景色だな。幼い頃の私はことあるごとに両親に頼んで壁上に上がらせてもらっていたものだ」


 自然の大パノラマを見ているとレフカが自分語りを始める。わざわざここを選んだのは、過去の思い出が関係しているそうだ。


「少し、歩くか」


 この提案通り、俺とレフカはバリスタを移動させるレールを挟んで同じ速度で進む。

 軽い雑談をしつつ時間をかけて歩いていくと、壁外側に黒こげの付いた巨大物体が見えた。先日の戦いで討ち倒したグラトニオンである。

 そんな亡骸を見つつ、俺は六日前の出来事を思い出す。


「お前が奴の体内に入って私を助けたのだな。腕に大火傷を負いながらも諦めずに、危険を犯して救い出した。それには感謝しかない。ありがとう」

「止めろよ。火傷はこの通り目立たないくらいにまで治ってるし、第一お前を助けたのは領主と約束したからだ。もっと辿れば、お前を危険に晒したのは俺の作戦に付き合わせたのが原因。全部俺のせいだよ」

「何故そんなに自分の責任にしたがる? お前は何もへまをしてないだろう。私が甘かったからお前に迷惑をかけた事実は変わらない。捕まりさえしなければ、最後までお前とともに戦えたのだ」


 レフカはそう言うが、それでもやはり俺の責任だと思う。自嘲する訳ではないが、俺が即興で考えたに過ぎないものを信じたせいでああなってしまった。不満を一切口にしないで付き合ってくれたことに、むしろ俺が感謝すべきだ。

 お互いに責任を取り合って少しだけ気まずくなる。そんな中、俺はグラトニオンの方を見てちょっとだけ面白い発見をした。


「ん? レフカ、見ろよ。いつぞやの迷惑冒険者っぽいのがいるぞ」

「何? はっ、本当だな。因果応報ってやつか」


 指さす先には、怖そうな現場監督に怒られている四人の男。あの雰囲気、間違いなくレフカにちょっかいを出した冒険者らだな。

 巨体の処理にはトランとデトロイアの冒険者たちが研究所なる施設に運ぶために協力しているとは事前に聞いていたが、まさかギルドから処罰を下されたはずのあいつらまで参加してるとはな。もしかして、ギルド側からの交渉があったのかな? 何はともあれ、きちんと更生してくれるのを願っておこう。


「……フウロ。お前に相談したいことがある。大事な話でもあるんだ。聞いてくれるか?」


 またしばらく進んでいると、若干先に進んでいたレフカは急にその歩みを止めて俺の方を振り向いた。

 突然の相談とやらに少し驚いたが、その目を見て何かを決心したのだと察する。

 一体何を話そうとしているのか。俺は沈黙しつつ、その行く末を見守る。


「いきなり脱線してすまないが、この町でお前を仲間にしてから十日……まぁ、その内二日は眠っていたが、楽しかったぞ。元々は私の揉め事を処理するためにお前を誘い、その手伝いをさせた。この辺りは本当に申し訳ないと思ってる」


 改まって口にしたのは、十日前の出来事。俺とレフカが旅の仲間になった時の話だ。

 俺を誘った理由が判明して、レフカが意外とアホだと知ったのもこの時か。日数的にはつい最近の出来事なのに、何かかなり前のことみたいだな。


「そこから色々あった。留置所に入れられたり、狼の襲撃、領主からの依頼に果てはメイを探してグラトニオンを見つけたり。本当に、私のこれまでの人生を振り返ってもここまで濃い十日間はない。お前と過ごした日々は本当に良い物だった」


 ふっと笑顔を浮かべるレフカ。元より整った顔に加え、その静かな笑みは俺の頬を赤らめさせるには十分以上の破壊力があった。

 しかし、それと同時に気付いていることがある。それは、レフカが言い放った言葉のほとんどが過去形であるということに。


「ここで話を戻そう。フウロ、私から誘っておいてなんだが、お前はもう私の旅に同行しないでくれ」

「……!? どういうことだよ、それは……」


 言い放たれた突然の拒絶に、俺は思わず問い返した。

 旅に着いてこないでくれ……。文脈から何となくは察してはいたが、何故だ?


「ああ、お前は私の我が儘に付き合ってくれた。そのせいでお前に散々迷惑をかけてしまった。もう、ここまで言えば分かるだろう」

「俺にこれ以上迷惑をかけさせたくないから、自分から離れるのか」

「分かってるじゃないか」


 この回答にレフカはまた笑みを浮かべる。今度のはどこか物悲しげな、寂しい笑顔だ。


「それに私は家出している身とはいえ貴族。そもそも出生がお前とは違うのだ。おまけに男と女である以上、メイや先の門番もそうだったように、周りが私たちがただの旅仲間だと見る者は少ない。こんなのを親やかつての恩師に知られて離別することになれば、もう二度と会えなくなる可能性だってあるんだからな」

「……っ」


 次の理由には不覚にも納得してしまった。

 今まであまり気にしてこなかったが、レフカは貴族。しかも領主の娘。彼女自身が言うように、そんな気はなくても俺のような一般人が釣り合うはずがないのは明白だ。


 これには反論の余地はない。レフカが大事な仲間であるのには変わりない上に、例えここで旅の相方であるのを辞めたとしても、これからは友達としての道を俺は選ぶ。

 確かにもう二度と会えなくなるのは、ちょっと嫌だからな……。


「お前は私の知らない所で色んな人と良好な関係を作れてるだろう。ギルドの姉妹やネムラ、他にも何人か。だから、ここで私と別れてもお前は一人になる訳じゃない」

「……お前が一人になるじゃねーか」

「そこの心配は無用だ。私は元々一人で旅をしていたんだ。言ってしまえばお前と出会ってからの十日間など、私がこれまで重ねてきた日数と比べれば一瞬の出来事みたいなものだからな」


 ここで前を向き直すレフカ。あくまでも強がって平静さを装っているつもりではあるようだが、その声が少し震えているのに気付かない訳ない。


「ここでお前が旅の同行を止めてくれれば、私とお前はまたいつか必ず会える。その時にもなれば、お前は冒険者になってるだろうし、何の階級であれ私ももう一度騎士の身に戻っていれば何らかの仕事で顔を会わせることも考えられる。ここで別れるのは最善手でもあるんだ。だから、頼む……!」


 この懇願するかのような言葉に、俺は声を失う。

 ここまで論破されてしまうと、もはや何も言うことはない。貴族の人間関係に対するルールとかには詳しくないが、二度と会えなくなるか、また会えるかもしれない可能性が出るだけでも選択肢としての価値は十分にある。


 またいつか会えるなら、『友達』としてもう一度顔を会わせることが出来るのであれば、俺はレフカとのコンビを解散する選択をするだろう──




 ──以前生前までの俺だったら、な。




「それがお前の本心か?」

「…………ああ」

「俺はそう思わないけどな」


 予想している言葉と違う物が返ってきたことに驚いたんだろう。レフカの顔の向きが微妙に動いた。

 そんな多少の変化を気にすることなく、俺は言葉を続ける。


「さっきから本心が声とか体の動きに出てるぞ。前から思ってたけど、お前って内心で考えてることをあんまり抑えれないよな。……特に悲しい時は」

「……っ!」


 この十日間で俺はレフカの癖みたいなのをいくつも知った。例えば今みたいに内心では酷く落ち込んでいたりするの隠そうとすると、決まって隠しきれずに少しずつ表面に浮かんできたりすることとかな。


 レフカはこの十日間を一瞬と言ったが、俺から言わせてみればかなり長期間だった。初日に出会って食らった握撃の痛みを未だに覚えてるくらいにな。


「俺の本心はな、レフカ。もう少しだけお前の旅に同行したいって思ってる。世間知らずな俺に色々教えてくれるし、頼りになる。そしてなにより、俺自身これからの人生をどうやって生きていくかすら決めてないのに、お前は何かの目的を持って旅をしてるだろ? その辺り、羨ましいなって思ってるんだ」

「……羨ましい?」

「そうだ。どうせ俺は今のままじゃ冒険者にはなれないし、お前みたいに旅って言っても一人じゃ野垂れ死ぬ自信しかない。ぶっちゃけると、俺一人じゃ生きてける気がしないんだよ。依存っていう訳じゃねぇけど、もう少しだけお前と手を取り合っていきたい。お前の『』として、まだ隣に居たいんだよ! ……駄目か?」


 気付くと俺はレフカに叫んでいた。自分でも驚くほどスムーズに出てきた本心からの言葉だ。

 あいつが俺に対して抱いている思いを偶然耳にした時、少し恥ずかしかったが同時に嬉しくもあったし、ちょっとだけ離れると不思議と寂しさも感じた。

 これはもはや、レフカの相方としての自覚があると言っても過言ではないのかもしれない。

 これが、今の俺だ。


「何でお前はそんなに愚直になれるんだ……。これで最悪の事態になったら、本当に会えなくなるかもしれないというのに……」

「旅は道連れ世は情けってな。旅に付き添って行く以上、お前の起こしたトラブルには限界まで巻き込まれてやるよ」

「……この、馬鹿が……」


 再び俺の方に体の正面を向けたレフカは、その顔を濡らしながら笑みを浮かべている。それはさっきのとは違い、心底嬉しそうだった。

 どうやら俺の言葉を受け取ってくれたらしい。ここで俺たちは解散ではなく、本当の旅の仲間として再スタートを切ることになる。


「んじゃあ、手を出して。レフカの新しい相棒、そして俺にとって初の相棒記念に俺と握手」

「……ふっ、何だそれは。だが、良いだろう」


 軽く笑われたが握手は承諾された。目の前に差し出された手と俺の手は繋がる。

 そういえば、初めてレフカの素手を触ったな。いつもガントレットに剣を持ってるからか硬くてしっかりしていて、それなのにちゃんと女性らしさのある綺麗な手だった。

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魔法創造者の異世界人生 ~テンプレ世界を謳歌せよ!~ 角鹿冬斗 @tunoka-huyuto

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