2ー11

 救助ポイントの所に戻ると、レフカが背負っている冒険者を擬乱人グールだとして警戒されたが、何とかして誤解を説いてすぐに癒繭コクーン・バリアで包んで貰った。安静にしていれば大丈夫だろう。それよりも本題だ。


「レフカ。実はさっき、たくさんの……」

「ああ、擬乱人グールの群が通ったのだろう」

「お、おう……。お前も知ってたのか」

「当たり前だ。何体かがすぐ横を通ったからな」


 なるほど。それなら気付かない訳がないか。説明する手間が省けたから良しとする。

 とにかく、この異常事態をどうにかするべく様子を見に行かなければなるまい。そのことを伝えると、レフカの表情が固くなった。


「止めておいた方が良い。いくらお前に浄化の魔法が使えたとしても、一度に多くの擬乱人グールを相手取る力はない。それに、お前が言った通りここで救助を待つことが大事だ。町に戻ってギルドに伝えてからでも遅くはないはず」


 くっ……、一人にする時間を与えたら急に冷徹になったな。しかも正論なのがまた悔しい。

 確かにここで救助を待つことにしたのは俺の提案だが、そういう訳にもいかないのが現状。噂話にしか過ぎないとはいえ、この森で行方不明者が増えているという話も小耳に挟んだからな。

 もしかしたら、癒繭に包まれてる冒険者もそれにカウントされるのかもしれない。謎の噂に踊らされた者の一人としてだ。


「それに、今の私ではお前の力にはなれない気がするのだ」

「は? それはどういうことだよ」


 一体何を言ってんだこの女騎士は。今の俺の力になれないとか、唐突なカミングアウトにしては冗談が過ぎている。

 日の光を遮る森の枝葉を吹き飛ばした風の魔法は何だ? 今し方使った結界魔法は? どれもミスなく発動出来ていたじゃないか。それのどこに問題があるというのだ。


「さあな……。もしかしたら、私はおかしくなっているのかもしれない。大切な人が行方を眩ませたこと。そして、その人が持っているはずの物が私の手元にあること。心配……いや、恐怖が言葉としては正しいか。もしかすれば、もうこの世界からいなくなっているかもしれないと考えてしまったのだ」


 なるほど。つまりレフカは恩人が生存しているかどうかの不確定な現状に恐怖心を抱いてしまい、戦意が萎えてしまっているらしい。

 俯いて消沈気味なレフカの左手を見ると、メイの短剣が握られている。よっぽど心配なんだな。まぁ、気持ちは分からない訳ではないが、それは過度な心配だと思うぞ。


「おいおい、レフカ。お前の恩人は武器一本落としたくらいでやられる人じゃないんだろ? 行方不明なのも、もしかしたら遭難してたら別の地域に抜けてった可能性もあるだろ。心配し過ぎると神経を擦り減らすから、気楽に考えるのが一番だぞ?」


 確かに無事である確証は無いが、だからといってまだ死んだという証拠もない。それは事実としてここに存在している。要は考えすぎだってことだ。

 今の俺が出来るアドバイスはこんなものか。思ったことをそのまま言葉にしただけではあるが、何かしら伝わってもらえるといいのだが。


「……なぁ、フウロ。私は弱いな」

「大男三人を相手取って余裕で勝てるレフカさんが弱い、ねぇ……?」

「いや、腕っ節のことじゃない。心の方だ。まさかお前に諭されて納得してしまうとはな」


 俺が正論掲げて悪かったな。だが、これは効果あったみたいだ。

 レフカは恩人の得物を自分の顔の前に持って行くと、一瞬目を閉じた後にそれを胸元に抱き寄せた。一応手甲で持ってるとはいえ危ねぇな。

 うん、どうやら俺の言葉は少しだけ届いたみたいである。大事そうに抱え持っていた双剣の片割れを胸元から離すと、それを左の腰に提げている剣の帯部分に引っかけた。


「フウロ。私を励ましてくれたことは感謝する。だが、それでも私は行くのを勧めはしないぞ」

「えっ、何でだよ。魔法も別に不調って訳じゃなさそうだし……。気持ちの方も大丈夫になったろ?」

「確かについ先程まではそうであったが、今の問題はそこではない。あれだ」


 そう言って指さした先。そこには大きな繭が日光の下で輝きを放っていた。先程、擬乱人グール化から解放した冒険者の男を入れた『癒繭』である。


「いくら聖魔の加護があるとはいえ、寄せ付けないのは擬乱人やゴーストだけ。動物型などに効果はない。ただでさえ弱っているのだから、ここに放置なんて出来る訳がない」

「あっ、そっかぁ……。言われてみればそうだわ」


 どうやら俺は人助けをしたと同時に、レフカへ枷を付けてしまったらしい。見知らぬ他人とはいえ弱っている人を見逃す訳にはいかないだろうな。

 う~ん、ならばどうすべきか。大量に集まって来ている擬乱人グールや噂のことも気になる。とはいえ一人で行くのも何かアレだ。

 せめて全てのモンスターを寄せ付けない強力な加護……あるいは壁みたいなのを作れればいいんだが……。ん?


「『壁』……! そうか、こうすればきっと……!」


 そうか、そうだよ。閃いたぜ。何だか今日の俺はどの方面でも冴えている。

 この突然の閃きに、レフカは俺の方を見て首を傾げている。ふっふっふ、そう見るなよ。

 このアイデアを実現させるには彼女の協力が必要となる。レフカさん! 『癒繭』さん! 魔法の力、お借りします!


「レフカ。『癒繭』って最大でどれくらいの大きさを出せる?」

「え?」





「これが今の私が出せる最大の大きさだ」

「うわ、思ったよりでかいな。サンキューだぜ」


 薄緑色に光る糸壁から出てきたレフカ。うん、でかいな。

 そんなこんなで、レフカには少し無理して最大サイズの『癒繭』を展開して貰った。その大きさは縦に約五メートル、横の最大幅は七メートル近い。周囲の木の一部も結界内に取り込む大きさ故か、楕円形が若干潰れて饅頭の様にも見える。

 さて、ここからが俺の仕事。まずはステータスの再確認だ。


癒繭コクーン・バリア 種別:結界魔法 発動者:レフカ・エオ・ガイヴィナンド 他詳細』


 うん、問題なく出たな。では次の作業に移ろうか。宙に浮く画面の『他詳細』に触れると、そこからさらにもう一つのウィンドウが表示される。


『聖騎士育成学校の聖魔法科の講習を全て受講した者のみが受けられる試験に合格した生徒に教授される高等結界魔法。身に纏わる糸の一つ一つに強力な退魔の力が宿り、聖なる魔法が包んだ者の傷を癒す。

 ・聖魔の加護:強力な死霊系モンスターへの退魔効果と、発動者の力量に応じて回復効果が上昇する』


 ………………ん? 『聖騎士育成学校』? 『聖騎士』?


 ……は?


「えっ、えええええぇぇぇぇッ────!?」


「!? ど、どうした? 敵か!?」


 し、しまった。あまりにも衝撃的なテキストを目の当たりにして、思わず大声出して驚いてしまった。そのせいでレフカは警戒態勢を一気に引き上げる。


「あっ……、いや、何でもない。ただ、癒繭の大きさに驚いただけだ……」

「今になってか!? 反応するの遅すぎないか?」


 危ない危ない。これ以上の余計な力を使わせるところだったぜ。今後のために魔力は温存させておかなくては。

 にしてもなぁ。こいつがまさか『聖騎士』を育てる学校に在籍していたとは……。意外っていうレベルじゃねぇぞこれ。てか、こんなのが『聖騎士』なのか?

 少し前に一回くらい会ってみたいとは考えてはいた気がするが、うーん……。何かちょっと冷めそう。


「そ、そういえばレフカ。『癒繭これ』って騎士学校の特別な試験に合格しないと教えて貰えない珍しい魔法なんだよな……?」

「よく知ってるな。これは確かに聖騎士育成学校で受けられる聖魔法の講習全てを受けた者にのみ挑戦出来る試験、それに合格した者だけが使えるようになる。私が誇れる自慢の一つだな」


 あたかも存在だけ知っているみたいな口調で訊いてみると、ふんすと女性用鎧に覆われた胸を張ってドヤ顔をキめるレフカ。おいおい、仮にも騎士が自慢て……。

 それはともかく、ステータスが証明する様に、こいつは聖騎士育成学校いう施設で聖騎士になる勉強に励んでいたのは事実らしい。では、もしかするとこいつは本当に……?


「へ、へぇ~、そうなのか。じゃあ、極論になるけども、お前って『聖騎士』……なの?」


 この問いに対し、聖騎士育成騎士学校の生徒であるレフカ・エオ・ガイヴィナンドの答えは──。


「…………」


「……ど、どした? さっきのドヤ顔はどこに行った?」


 何というか、俺のボキャブラリーで言い表すなら、似たような発音の言葉の区別がつかなそうな、あるいは投資に失敗して全財産を溶かした人の顔をしている。つい数十秒前までに浮かべていた表情の面影は欠片も見当たらない。

 ついぞ見たことの無い名状し辛い顔。そこはかとない不安が俺を襲う中で、レフカの『つ』の形に歪んだ口がやっとこさ動き出す。


「……聖騎士になるために必要な聖隷騎士昇格試験に十回連続で落ちてな……」

「あっ……」


 あー……、そっか、そういう系かぁ……。ちょっと悪いこと訊いてしまったみたいだ。

 聖隷騎士なる謎の騎士級の存在は一旦棚に上げておいて、どうやらレフカは俗に言う浪人生的な立ち位置にいるらしい。それも十浪。そんなのマンガとかでしか聞いたことねぇよ。


「い、いやでも、落ちたなら受かるまで何度も受ければ良いじゃん。間違えたと思った箇所を見直したりとか……」

「昇格試験は一人九回までしか受けられないのを、特別にもう一度受けさせて貰ってこの様だ。恩師と両親に顔向け出来ない程、私の面子とプライドは傷付いたさ……」


 励ましのつもりで言ったら、今にも泡を吹いて倒れそうなくらいの絶望顔で黒歴史をほじくり返させてしまった。それを聞いた俺も辛くなってきちまったよ。

 きっとその聖隷騎士昇格試験ってのは人生に関わる大きな出来事だったんだろうな。俺は高校を一発合格だったから、余計可哀想に思えてきた。


「……何か、ごめん」


 まるでお通夜の空気感。気まずいっていうレベルじゃねぇな。

 もう、この話題には金輪際触れないでおこう。その方がお互いに幸せになれる気がする。

 聖騎士になるのも大変なんだな。自己中心的な考えであるというのは分かっているが、仙人の選択で異世界の貴族になって生まれ変わるっていう選択を選ばなくて正解だと心底思ってしまった。

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