プロローグ 3

「さて、有川楓路よ。そろそろワシらのことについても話そう」


 最後の選択を選び終えた俺は、出発前に最後のレクチャーを受けることになった。

 何でも転生する前に自分らの目的などを伝えるとのこと。その辺りがしっかりとしているのは個人的にも高評価を上げたいところだ。

 突如として俺をここに喚んだ理由。ラノベの展開としてはありきたりだったため、あまり気になっていた訳ではないのだが、教えてくれるのはありがたい。


「我々は五人で一人の神として存在している。永いこと生きていると、神とはいえ飽きには逆らえなくてな」

「そこで私達は暇潰しとしてあなたの様な若くして死んだ人間の魂をここに召還して、別世界へ転生。その人の人生を見て楽しむって魂胆よ」

「つまり、俺は転生先で一生涯に渡って観察され続けられるってこと?」

「ふむ。まぁ、そう思って貰っても構わん。備考を付け足すなら、常にお前さんを見続けている訳ではない。ワシらとて神としての仕事を割り当てられている身。全員が見ている時もあれば、誰一人として見ていない時もある」


 つまり、神様達は俺の人生という名のドラマを仕事の合間に鑑賞する様な物だと考えた方が例えとしては正しいのかもしれない。

 神々の退屈を紛らわすために生き返され、もう一度人生をやり直させる──。人によっては、もしかしたら逆鱗にも触れかねない理由だ。


「一つ質問いいかな? 俺の人生を見て楽しむってことは、そっち側が俺の人生に細工か何かを仕込んで狂わせる可能性はあるのか?」

「いや、基本的にはその様なことをするつもりは無い。だが、可能性としてなら決して無い訳ではない。お前の歩む人生があまりにも起伏が無かったり、早死にするようなことがあればこちらも考えねばならん。そこは気を付けてくれ」


 偽呂布神の説明から察するに、異世界スローライフ系の人生を送るのはあまり好まれないらしい。

 まぁ、俺自身アニメやラノベがあまりにもつまらなすぎたら途中で切ってしまうこともあるので、気持ちは分からなくもない。

 スローライフはほどほどに。それが異世界転生後の条件の一つと見た。


「次に、お前さんが転生する世界についてじゃ。どれ」


 神側の目的がはっきりしたところで、仙人はおもむろに虚を掴み、引っ張る。すると、またもやどこからか銀幕が降りてきた。

 映写機を使わずにぱっと明るくなると、スクリーンにはその世界の光景と思われる自然や国の風景が流れ出した。


「その世界の名は『ゴーディアム』。かつて魔王と呼ばれた暴君が魔族、人間、亜人を巻き込んだ大戦争を起こした世界です」

「えっ魔王!? 何それ怖い」

「安心してくれ。今は名も無き勇者によって討伐され千年以上が経過。魔王の残滓である魔物の脅威こそあるものの、現在は比較的平和な世の中になっている」


 世界の説明に声を出すのは、魔法の神様と技能の神様。二人は俺の真横に立ち、スクリーンに映し出される世界についてナレーションをする。

 何やらファンタジーでお馴染み過ぎる単語が次々と出て来た。説明を聞くと勇者なる存在によって今はもう居ないとのこと。


「ちなみに名も無き勇者というのは、以前に私達が送り出した異世界人のことです」

「彼、もの凄く頑張ってたよ。元が正義感にあふれてた人物だったからね。本とアニメと僅かな友人だけしかなかった生前の君とは大違いさ」

「ばっ、馬鹿にすんなよ。俺も人並みの正義感くらいあるわ!」


 技能の神様から辛辣な言葉が投げかけられた。もっとも、事実なので強くは言い返せないのが悔しい。

 そんなことよりも、どうやら俺の行く世界にはすでに先客が居て、しかも魔王を倒した強者になっていたらしい。どういった体でその世界に行ったのかはさておき、基本的には平和な世界ということらしいので、安心だ。


「とりあえず、君はオラリオ国のリリダ領内と呼ばれる場所で目覚めることになっている。安心しなよ。その領内は特別強い魔物は居ないし、地元の騎士とかもいるから、生活に慣れるまではそこに居ると良い」


 丁寧にも、俺が目覚める場所も教えてくれた。国や領地の名前も事前に知ることが出来るのは何とも幸いである。


「先に教えられる情報はここまでだ。後は自分の目、足、手、で触れて感じてくれ」

「あなたの新しい人生が良いものになるのを、私達は空から見守っています」


 二人がそう言うと、目の前のスクリーンは一瞬にして消滅。そして、代わりにいつの間にか失せていた他の三神が俺の前に再び姿を現した。


「さて、こちらもお前さんを異世界へ送る準備を整えた。では、最後に有川楓路よ。今一度問うが、お前さんは異世界に行くことを後悔はしないんだな」

「ああ。神様に監視されながら生きるってのはちょっとアレだけど、折角拾った命なんだ。ちゃんと悔いの無い生き方をしてみせるさ」

「うむうむ、それくらいの気持ちがあるなら十分じゃ。それでは、異世界へと旅立たせるとよう」


 すると、仙人はさっと手を横にスライドさせると、俺のすぐ後ろに白い穴を開かせた。どうやらこれに乗ると異世界に行けると見た。

 覗いて見ると、何も無い。ただただ真っ白い空間がある中で、唯一理解したことがある。それは……。


「な、なぁ。これって、魔法陣とかじゃなくて、ただの穴……だよな?」

「そうじゃよ。異世界に繋ぐ穴じゃ。お前さんは今からこの中に落ちてもらう」


 なん……だと……!?

 さも当然と言わんばかりに発言された真実。ちなみに『落ちる』という単語とは、


『物の重みで上から下へ位置が変わる。落下する』


 という意味である。


「いやいやいやいや、待って待って待て待て待って下さい! 落ちるってどういう──」

「ほーれ、人生楽しんでこーい」


 ゲシッ、と。穴を覗き込んでいた俺の臀部に痛みが生じた。それと同時に、俺の体に一瞬の浮遊感。


「ぎにゃあああああああ!?」


 このジジイィィ! 俺の懇願を無視して蹴り飛ばしやがったぞこの野郎ォォ!!

 そのままホワイトホールへ落下する俺は、寸でのところで縁に手を掛けた。体はほぼホールの中だが、全体重を支える俺の両指合計八本が神の空間に残った状態だ。

 危ねぇー! 状況的には全く助かってないが、とりあえず落下は防げた。


「ん~? 何じゃ、しぶとい奴じゃのう」

「何しやがんだ、このっジジイッ──!! 殺す気かッ──!!」


 あの野郎、ギリギリ落ちずに済んでいる俺に向かって今度は「しぶとい奴」とか言いやがった。こいつマジで神様なのか?

 次に「はぁー」とため息まで! もう許せねぇぞオイ!


「お前さん、高所恐怖症とかだったかの? 先代や先々代、そのまた先代達も今のと同じ形式で異世界に行ったというのに」

「その形式がおかしいって言ってんだろ! 穴に落ちるって何だよ!? せめて魔法陣とかどこで自主規制ドアとか、もっと安全な形で異世界に送れないのかよ!?」

「あ~、もう煩いのう。さっさと転生せんか」

「あっあっあっ、や、止めっ……!」


 しびれを切らしたこのジジイ。ついに凶行に打って出る。

 ホールの縁に掴まってる俺の指を剥がしに来やがった。それも、小指、薬指と力の入りが弱い指から順にだ。

 これ、絶対わざとだ! これが神様のすることかよおおおぉぉぉ! 


「ま、待て、落ち着け仙人! 指を剥がすんじゃない! あっあっああああ……!」

「では改めて。ほーれ、人生楽しんでこーい」


 そして、最後の四本が奴の魔手によって縁から引き剥がされた。

 これで真の意味で俺を支える物は無くなった。先ほど感じた刹那の浮遊感が、今度は長く全身を包み込む。

 瞬間、「あ、終わった」って思ったのは言うまでもない。


「ちっくしょおおおおおおおォォォォッ──……!!」


 真っ逆様に異世界へと繋ぐ穴に落ちていく俺。クソ舌打ち仙人、もう絶対ぜってぇ許さねぇ!

 悪態を吐きながら落ちていくと、少しずつ意識が薄くなっていくのを感じた。

 そういえば、飛び降り自殺すると途中で意識が無くなるって聞いたことがあるな。恐怖だったかなんだかでふっと消えるらしい。

 多分、この感覚もそれに近いんだろうな。俺はもうすでに遠くの場所にある神の間を見ながら、真っ白な空間の中で完全に意識を失ってしまった。










 はっ、と目が覚めた時の感覚は、少し肌寒いという感じだ。

 そよ風が俺の肌を撫で、ほんの僅か体温を奪ったからだ。当たり前か。

 体を包んでいた浮遊感は今は感じない。むしろ、俺は横になって倒れていた。すぐに上体を起こして周辺確認をする。


「うーん……確か、俺はあのクソ仙人に突き落とされて──って、本当に異世界じゃねーか」


 案の定、周囲は平原。少し奥の辺りに森が見えており、また別の方向を見回すと、小高い丘の上に長い壁の様な建築物が建っているのを確認した。

 目をこらすと門と思われる箇所に人らしき小粒点がいるのも分かる。生きている町と思ってもいいな。

 本当に異世界に居る。生前の交差点も、コンクリートの地面や建物、車も無い完全なファンタジーな世界観。それが、実際に目の前に存在していた。


「確か、オラリオ国のリリダ領内だっけ……? おっと」


 俺は完全に体を起き上がらせると、落下した時の感覚が残っていたのか少しだけふらついたが、何とか体勢を整える。

 そして小さく深呼吸をして異世界の空気を味わい、頭がシャキッとしたのを実感。一度目を閉じ、改めて異世界の情景をこの目に認める。


「とりあえず、今の目標はあの町だな。そういえば服装も……転生前の私服じゃん。仕方ないから売って資金を集めますかな」


 自身の体を見ると、事故直前の安いスニーカーとジーパン、そして無地のパーカーという時代差誤な格好だ。流石にこれでは怪しまれるのは避けられないので、服屋かどこかで買い取ってもらうとする。

 目的が決まれば、まずは前進。俺は二度目の人生で初めての一歩を踏み出した。





 こうして、命の仙人に酷い方法で異世界に転生された俺は、ようやく新たな人生を異世界で歩むこととなる。

 ありきたりでありふれた、吐き気を催す程にテンプレートな世界で。

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