3ー8

 ──レフカが、食われた?


 俺が作業してる間にか……? いや、ありえない。ってか普通信じられるかよ。

 男三人を同時に相手取っても勝てるやつが食われたなんて、あまりにも突飛な展開。


 きっとこの町のどこかにいる──そう信じたいが、マップを確認してもその姿はどこにも見当たらないのもまた事実。

 本当に、そうなのか……? あの人みたいな口の中に放り込まれてしまったのだろうか──?


「現在、目標の仮称グラトニオン・グロブスターはここから西方面へ逃走中です。あのままの速度で進路を直進した場合、深夜には隣町に到着するでしょう」

「となると、我々デトロイア・ギルドはその追撃をすればいいのか?」

「それが次の被害を最小に抑える方法かと」


 呆然とする俺を差し置いて話を進めているこの集まりは逃げたモンスターをどうするかを決める会議で、俺は実際に交戦して残った者として参加を強要された身である。

 ちなみに俺の不法侵入疑惑は壁外に仕掛けた罠を調べたり、メイが証人になって貰ったりして無実を証明された。


 しかし、今はそんなのはどうだっていい。もし、レフカが本当に食われたのであれば、俺のするべきことはたった一つ。


「行くなら、俺も連れて行かせてくれよ……!」


 そう、レフカがあのモンスターの腹に入ってるのなら、今すぐにでも追いかけて救い出さないといけない。相方として見捨てるなんてことをするつもりはない。


 実際、食われたと聞いた瞬間に俺はグロブスターを追おうとして飛び出した。色々あって今はこうして落ち着きを取り戻してはいるが、内心では今すぐ向かいたい気持ちでいっぱいだ。


「その意志は尊重するが、今行ったとしても何も対抗策が無い以上は無意味だ」

「レフカや他の冒険者らを助けるにはまず私達が策を練らねばならないからな」


 奮い立つ俺に制止をかけたのは、メイと先ほど俺に疑いをかけてきた冒険者の二人。男の方の名前はルウクと言うそうだ。

 聞けばこの男、デトロイアでも随一の実力者で、しかも中堅じゃなくてメイと同等クラスの優秀な人物だとのこと。人は見かけによらないんだな。


 ちなみにグロブスターに食われたのはレフカだけではない。俺が戦線に出る前に向かった冒険者らも同じように捕まり、その体内に納められたそうだ。

 話は戻って格上には大人しく従っておくことにする。焦る気持ちを抑え、一旦落ち着き直した。


「ギルドマスター。ここは俺とメイに追撃作戦の指揮を執らせてくれないか? 他に何人もグラトニオンに食われたのを見て戦意を喪失した者もいるだろうが、俺なら彼らを動かせる自身がある」

「……分かった。この案件は君達に任せよう。事後処理は請け負おう」


 ルウクの説得に同席していたギルマスは即決。他の同席者も異論を上げる者はいなさそうだ。流石はデトロイア・ギルドのツートップ。様々な人から信頼を得ているのだろう。

 そして、追撃作戦の責任者リーダーとなったルウクは俺の方を向く。


「君はグラトニオンに明確なダメージを与えられる方法を知っているだろう。だから、君には追撃作戦の案を考えて欲しい」

「俺に……?」

「ああ。俺は今から追撃作戦を実行するに当たって参加してくれる奴らを探しに出る。なるべく今日中に出発したい」


 面と向かって言われたのは追撃作戦の案を考え出すこと。それはつまり、作戦を考えろということだ。

 この抜擢に俺は困惑を隠せない。いくらグロブスター……もとい、グラトニオンの弱点を知っているからとはいえ、あまりにも責任重大過ぎる。

 不安に駆られる俺に、メイは肩に手を掛けてきた。


「大丈夫だ、フウロ。何もお前一人で全部を考えろって言ってる訳じゃないんだ。私も作戦の方に手を貸すよ」

「メイ……」

「なに、心配すんなよ。これでも私は昔、パーティーじゃ作戦係だったんだからな。こういうのは得意分野だ」

「えっ、そうなの? 意外」


 それは知らなかった。レフカからの情報を意訳するとパワータイプの冒険者と思っていたが、まさか頭脳派の一面を持っているとはな。

 それはともかく、決して一人では無いという訳か。これなら問題はないはず。


「じゃあ、俺は人集めに行く。帰るまでに一番良いやつを頼む!」


 そう言い残してルウクはこの部屋から出た。ギルマスも含めた他の冒険者達も別の用事などで退室し、残ったのは俺とメイを合わせてほんの数名。

 少し人手が足りない様な気もするのが俺の感想だが、メイの方はそうでもないみたいだ。


「よ~し、あの化け物をぶっ潰す作戦、考えるぞ~」


 意気揚々とどこから取り出した大きな用紙をテーブルに広げるメイ。

 何か楽しそうですね……。まぁ、嫌々作業に取りかかられるよりかはマシか。とりあえず、今は二次被害を少しでも抑えるための作戦を考えるだけだ。





 時刻は日が傾いた頃。ルウクが人員集めから戻ってきた時には、俺は作戦を完成させていた。

 勿論、俺一人の力じゃない。メイや他の協力者達がいてこその賜物。デトロイアの町に甚大な被害をもたらしたグラトニオン・グロブスターを必ず討伐するという満場一致の思いで作った物。


 そして、現在。俺達は追撃作戦のために数台の馬車を回していた。行き先は奴が移動時に残した地面の跡の先である。


「……とまぁ、作戦はこんな感じだ。各自、積んでるブツの取り扱いには注意しておいて」


 俺の乗る馬車で、今作戦の内容をルウクらデトロイアの冒険者に復習する。

 グラトニオンを討伐する作戦は至極簡単な物だが、その分危険性は高い。失敗すれば奴の体内にあるレフカ達を危険に晒されかねないからな。


 しかし、内容が危険であっても奴に効果的な作戦であるのもまた事実。確実に仕留めるために危険を承知で選択したまでだ。


 そんな思いを抱きつつしばらく進むと、右方向に森を見つける。あそこは俺達が擬乱人グールと遭遇した場所で間違いない。何故そうだと断言出きるのかというと、一部が完全に踏み潰されたように木々が薙ぎ倒されていたからである。

 酷い有様だ。おそらく俺達が森から出た後に肥大化したからこうなったのだろう。


「見えたぞ。奴だ」

「よし、じゃあ作戦開始だ」


 ルウクがそう言うと、俺は前方を見て目標の姿を確認する。

 夕暮れの逆光でシルエットしか見えないが、その大きさは紛れもなくグラトニオンその物。ようやく追いついたな。


 そして、すぐに作戦は開始される。

 一層のスピードを上げた馬車群は、グラトニオンを追い越してその前に出る。後ろからは奴の前方部分が追いかけてくる形となった。


「発火樽、投下!」


 この号令と救難魔弾による合図で、全馬車の荷台に積まれていた大樽がグラトニオンへと向かって転がされた。


 発火樽──。読んで字の如く中に俺特製の発火魔法の液体を入れて作った爆弾。これが作戦のミソだ。

 いくつもの大樽がグラトニオンの体に当たり、その中身を散らす。粘性の高い液体はその体に纏わると、すかさず俺は魔法を発動させた。


「食らえ! 『炎塊弾』!」


 この魔法は発火魔法『S』のトリガーである『炎塊』の上位互換として作戦開始前に創った。

 従来のが手元に炎を出すだけで、相手に向かって飛ばすことが出来なかったのを可能にしただけ。無論、『弾』なので発火魔法には反応する。故に──


 着火した液体はものの数秒でグラトニオンの体に炎を発生させた。

 白い表皮は赤く爛れ、そして黒く焦げていく。あの時地面に仕掛けた罠よりもその量は多いので、さらなる熱地獄が奴を襲う。


 その威力は表皮の下に隠されたグラトニオンの大口が悲鳴を上げたのを確認出来た程だ。間違いなく、この作戦は奴に通じる。


「はっはー! やったぜ!」

「まだだ。奴が倒れるまで攻撃を止めるな! 次!」


 炎に焼かれる姿を見て歓喜するメンバー。だが、ルウクの言った通りまだ倒せてはいない。現にスピードは落ちているもののグラトニオンの進行は以前継続中だ。


 その後も燃料を投下して炎をキープ。このまま奴を焼き殺してくれる!

 蓄積される熱ダメージは次第に奴の動きを鈍らせていき、そして遂にその進行を止めるまでに達した。


「動きは止まったのか?」

「いや……」


 まだ分からないさ。故にここで改めて奴のステータスを確認する。


『グラトニオン・グロブスター 種族:不明 他詳細』


 む、種族こそ不明のままだが、名前が更新されただけでなく前のステータスには無かった他詳細の表記が復活している。これは確認しないと。


『デフィルの森で発見された謎のモンスター。軟体動物に酷似した身体は物理攻撃を軽減し、熱と炎系統以外の魔法攻撃を無効化する。体内に納めた生物の魔力を吸収し、擬乱人グール化を引き起こさせる。成長度:5』


 な、何だと……!? ステータスが示したグラトニオンの説明に俺は驚愕を隠せない。

 あの体の中に入れられると、魔力を吸収するだけでなく擬乱人グール化をも引き起こす……!? そんなことがありえるのか……?

 いや、思えば俺は見ていたじゃないか。この目でメイが擬乱人グール化して出てきた瞬間や、彼女のステータスを確認した時もMPがほぼ半分以下にまで減少していたのも見ている。

 いや、まさか……。だけどステータスは嘘を表示するはず無い。信じたくはないが、もしかすれば……!


「お、おい! 奴が動き出し──!?」


 驚愕の情報に呆然としていると、メンバーがある発見をした。

 はっと我に帰ってその示した場所に視線を動かすと、それは案の定起きてしまう。

 焼け爛れた表皮を持ち上げると、グラトニオンはその大口から幾数人ものを吐き出した。濁った白色の粘液と共に現れたのは……。


「そ、そんな! あいつらは……!?」

「マジで……擬乱人グール化してやがる……!」


 先の説明にあった通り、奴の体内から現れたのは擬乱人グールと化した者達。俺は場から離れていたことが多くて誰が誰なのか検討はつかないが、他のメンバーの様子を見る限りだと、彼らは最初の襲撃でグラトニオンに食われた冒険者らだということは理解に容易い。


 でも、その中にレフカの姿は無かった。まだ奴の体内にいるのか。あるいは消化されたとか……いや、マップはまだ青点を表示してるから、それはないな。

 ここにいる誰もが今の光景に驚き、そして固まる。それを隙と言わんばかりに彼らは動き出す。




「「「──ぅがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」」」




 絶叫を上げながら襲い来る擬乱人グールの群。彼らもまだ生きているにも関わらず、その勢いは生気を感じられない不気味さがあった。

 俺もこれを目の当たりにするのは二度目だが、今回のは数が違う。とてもじゃないが捌ききれない。

 大地を走る擬乱人グールは俺らの馬車を狙って突っ込んで来る。

 このままでは発火樽をグラトニオンに送ることが出来ない。早く擬乱人グールをなんとかしないと……!


「おいっ! 止めろ! 俺のことが分からないのか!?」


 馬車に縋り付いてくる擬乱人グールにルウクは呼びかけるも、それは全く意味のない行為。いくらデトロイアの冒険者で一番とはいえ、こいつらにはしっかりと浄化と成仏の魔法をかけてやらねばどうしようもない。

 故に、俺は移動と攻撃の妨害をしてくる擬乱人グールに向かって浄化魔法を放ち、一秒でも早く体勢を立て直す。

 だが、この隙を狙ってグラトニオンは再び動き出した。


 奴が低い唸り声のような鳴き声を上げた瞬間である。急にもの凄い風が吹いたと思ったら奴の体が浮かび上がり、そのまま浮遊したのだ。

 えぇ……!? レフカの時も思ったけど、この世界の生き物って普通に空飛べんの?


「くっそぉ……! 逃げんなゴラァ!」


 大地を這って進むよりも早くグラトニオンは空を浮遊し、あっという間にこの場から去ってしまった。どうやらこの擬乱人グールは足止め用らしい。

 だが、まだレフカはアイツの体の中! ふざきんな! せめて全員吐き出してから行けよォ!



 結局、擬乱人グールは俺の魔法で何とか対処は出来たものの、追撃作戦は失敗に終わった。畜生。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る