3ー7

「……よし、準備はいいな」


 現在俺は再び商店から無断で救難信弾を補充他を終えて前線にいる。

 斜め前に視線を移動させると、グロブスターがもう何度目かも分からない伸しかかかりで外壁を破壊している光景が見える。

 あーあ、人が作った建造物を壊しちゃって。いくら壊しても俺はそこに隠れてないっつーの。


「頼むぜ、レフカ。お前が頼りなんだからな」


 今は別の場所で待機している相方に陰で期待を寄せる。

 ギルドの冒険者らには申し訳無いが、俺達は独自の作戦を立ててグロブスターの撃退、あわよくば討伐を目論んでいた。


 ここにはいないレフカは現在、グロブスターが到達するであろう壁の上の通路にて待機中だ。彼女はこの作戦において攻撃を担当している。俺の考えが合っていれば、奴にダメージを与えることが出来るのだ。まぁ、成功すればの話だがな。今は運と神に祈るだけだ。


 ちなみに俺は補助を担当。ん? 遠くにいるから補助もクソもないんじゃないかって? うむ、反論の余地はないな!

 俺自身も魔法は使えるが、レフカと比べるとろくなものはない。せいぜい魔力供給係がいいとこだ。事実、奴に接近して捕まるという失態もしてるしな。


「ん、そろそろかな」


 タイミングを見計らっていた俺は、グロブスターがレフカの待機場所の近くまで迫っているのを確認する。次の伸しかかりで圏内に入るだろう。

 うん、もういいくらいだな。これを合図とする。


 グロブスターが体を大きく上げて最頂点に達した時、俺は先ほど創った『救難魔弾』を本来の使い方で使用した。

 青空に向かって飛んだそれは、ぱーんと弾けてグロブスターの前に対峙しているレフカへ合図が届く。すると、次の瞬間には異変が起きる。


 壁を破壊しようとしたグロブスターは急に動きを鈍らせると、そのまま後ろへと倒れてしまった。バランスを崩してひっくり返る巨体は、大きな地響きを鳴らして大地へ伏す。


「や、やった。成功した!」


 この結果に俺は大喜び。そう、俺の憶測は正しかったのだ。それが目の前で証明され、グロブスターに初めて明確なダメージを与えられたのだ。

 この快挙に至るまでには、作戦の立案する数分前にまで遡る。





「熱を帯びさせた鉄球をぶつけるだと?」


 次の移動先にした商店街までの道のりにて俺は作戦の内容を説明した。

 勿論、返ってきた反応は予想通りのもの。しかし、問題は無い。


「ああ。奴は普通の魔法は効きづらいのに『炸裂せし玉石の飛礫ストーン・バースト・スプラッシュ』は少しだけ効いた。んで、何故か武器ですらない救難信弾に対してはかなり強い反応を見せた。

 攻撃でも魔法でも無いのが何で効くのかなーって思って考えたら、もしかすれば信弾から出る『熱』に反応してるんじゃないかって思って。信弾を使うと持ち手部分が熱くなるってことは、中身が発熱してるってことじゃん? だから、可能性として『熱』が弱点なんじゃないかなってさ」

「なるほど……」


 上手く説明出来たかはともかく、この理論にレフカは唸りつつ納得してくれた。

 ちなみに救難魔弾は『真っ直ぐ飛ぶ』『途中で破裂して音と煙が出る』に実物のイメージを合わせて作ったので、救難魔弾自体に熱という概念は無い。だから奴には通じなかったという訳だ。


 正直なところ俺自身に確証みたいなのは無い。何しろ戦いに不慣れなやつが提案した作戦。信憑性には大いに欠ける。

 だが、今はこれしかない。そして、これを実行に移せるのは現時点でレフカだけだ。


「……分かった。その賭けに乗ろう」

「マジでやってくれんのか? あくまでも可能性の話なのに」


 少しだけ沈黙したレフカは俺の作戦を了承してくれた。

 意外と現実的な面がある彼女なら、この案を一蹴するのかと思ったのだが、意外や意外である。


「ふっ、当たり前だろう。お前はこの数日間で私の起こしたいざこざに付き合ってくれた。なら、私がお前のいざこざに手を貸さないのは不公平だろう?」


 おお……、何かかっこいい。そうか、レフカには俺に対する義理があるのか。

 理由は何であれ、そう言ってもらえるとありがたいことこの上無い。この恩義は素直に受け取っておこう。


 お互いに覚悟は決まった以上、もう迷う必要も考えを改める時間は無い。作戦の役割を伝えると、俺達は各自行動に移った。





 そういうやり取りが数分前にあって、今に至るという訳だ。

 ちなみにレフカに伝えた役割というのはグロブスターが攻撃する際に俺が合図をして『炸裂せし玉石の飛礫ストーン・バースト・スプラッシュ』を放つというもの。


 無論、あの巨体にパチンコ玉程度の大きさでは流石に効かないので、数を犠牲にしてソフトボールくらいの大きさにし──もっとも、俺の場所からではほとんど見えないが──、さらに一つ一つの鉄玉……もとい鉄球には魔法でかなりの高熱を帯びさせてもらった。


 無駄に大きくて熱い物体を自分の側に置いておくだけでなく、目の前に巨大なモンスターが迫って来るという状況になるのを分かって作戦に乗ってくれたレフカには感謝しかない。


「よし、第一段階クリア! 次!」


 だが、まだまだ作戦は続いている。俺は第二段階へと移行した。

 すると、技が放たれた壁の上から人らしき影が地面に落ち、俺の方へと走って来る。うむ、どうやらレフカあっちも次の段階に入った模様。

 まずは合流だ。おそらく、あの最大出力+高熱付与によってレフカの魔力は底を突いているだろうから、魔力の供給をするのである。


「レフカ! 第一段階は成功だ!」

「ああ、次だな。案の定魔力は底を突きかけだ。早く供給を」


 ふむ、ここまでは計画通りだな。無事に合流すると、俺はすぐに供給の体勢に入り、レフカのうなじに触れる。こんな状況だ。今は異性など感じている場合じゃない。


 供給を行っている間にグロブスターは動きを取り戻す。ゆっくりとした速さで触手を動かすと、それを目の前の壁……つまりレフカが先ほどまでいた場所に叩きつけた。

 派手に飛び散る瓦礫が壁外へと飛んで行く。うわ怖ぇ、粉々だ。もし、あのままあそこで待機してたら、大ダメージは免れなかったな。


「次はどうすればいい?」

「レフカはそのまま攻撃を続けて奴を牽制だ。俺はその間に仕掛けをな。準備が終わったら信弾で合図をする。そうしたら攻撃を止めてくれ」


 供給を終えたら、第二段階ではまたレフカに頑張ってもらうつもりだ。引き付けている間に俺は奴に対する強力なを作成する。


 グロブスターが苦手としているのが熱であると証明された今、奴を撃退するにはより強力な熱を放つ物が必要となる。当然、この世界に火炎放射器やミサイルみたいなのは無い。

 そう、無いなら創ればいい。如何なる魔法も──条件付きではあるが──創造することが出来る力が俺にはあるのだからな!


 再びレフカと別れ、俺はかつて壁だった所を通り抜けて壁外へ移動。そして、すぐに行動を開始した。

 望む効果は『可燃性』に『着火は炎塊の魔法で可能』という条件を重ね、付け加えるイメージに灯油を想像して創造する!


「──『ビルド』!」


 すると、俺の掌から粘度のある液体が溢れ出てきた。よし、ここまではイメージ通り。後は実践だ。

 俺はもう片方の手から『炎塊』を発動させ、液体が垂れ落ちた場所に近付けると、そこから火柱が立ち上がったのを確認。後はこれを奴の体全体が収まるくらいに大きく周囲に散布するだけだ。


 本当はグロブスターに直接この魔法をかけて発火させるのが一番なのだが、近付いたところで当てるどころか攻撃されかねない。故に『罠』としての利用を選択した。


『新しい魔法を創造しました。ネームを決定して下さい』


「これ短縮ショートカットすることって出来ないのかな? とりあえず『S』にしとこ」


 不満を溢しつつ仮称ネームを決定。それはそれとて、レフカがグロブスターの注意を引いている間に終わらせなければ。

 範囲なんて知らん! とにかく魔力を使い切るくらいの勢いで地面に広く発火魔法『S』を落としまくる。


 こんな裏作業に没頭していると、またもグロブスターから悲鳴が。しかも、今度のは何やらどかーんという爆発音も聞こえる。……ん、爆発?

 いや、違う。これはただの爆発音じゃない。もしかして大砲の発砲音か?


 ここからでは壁とグロブスターが壁内を遮っているので分からないが、ギルドか何かの組織が用意したのだろうと解釈しておく。何はともあれ、助太刀はありがたい。


 そして、レフカの技や大砲らしき物による攻撃によって徐々にダメージを重ねられていくグロブスターは、その巨体を揺らして動き出した。向かってくる方向は壁外……つまり、俺のところである。


「えっ、えぇっ!? ちょっ……まだ終わってないんだけれど!?」


 こいつぁ、最悪だ! まだ散布作業は半分程しか進んでいない。ぶっちゃけると半分なのかすらも危ういのだけれども。


 奴の移動する速度がそこまででもないのが幸いだが、だからと言って安心する要素ではない。ともかく今は作業をスピードアップ。

 多少の雑さを妥協して、俺は罠を完成させる。多分、直径は十メートルくらいかも。その罠から離れた場所へと発火魔法を続かせて導火線も再現したので、これで遠くからでも発火が可能となっている。


 とりあえず作る物は作った。俺はすぐに救難魔弾を発動し、攻撃中であろうレフカに停止の合図を送る。


「後は俺の仕事だ! 行くぜ、挑発魔法!」


 作戦遂行のために危険な役割を引き受けてくれた相方。その勇気は賞賛に値する。故に、俺もあいつのために勇気と覚悟を決めるだけ!


 俺は作った罠の前に立つと、昨日創った挑発魔法『J』を発動した。その対象は勿論グロブスターである。

 壁内からの反撃に怯んだ奴は、壁外にいる俺を再び標的に捉えてその移動速度を上昇させる。

 来たな。しかし、今度はそう簡単にはいかせねぇよ。


「俺のとっておきを食らいやがれ! 『炎塊』!」


 さぁ、ショータイムだ! 希望の魔法使い並の台詞を心の中で決めると、ほぼ同時にグロブスターは罠の中へと体を踏み入れた。そして、俺は発動した炎の魔法を導火線に近付ける。


 発火の特性が付与された魔法は、唯一のトリガーである炎塊によって起動。勢いよく燃え出したそれは、瞬く間に仕掛けた罠全体に炎が行き渡り、目標の周囲を取り囲った。

 白い体を包む炎に焼かれ、苦手とする熱に苦しむグロブスター。フフフフフ、ハハハハハ、ザマァ無いぜ!


 作業に妥協した故か罠の一部から炎を確認出来なかったが、これで十分だったみたいである。

 熱と炎に耐えきれず、グロブスターはここ一番のスピードで動き出す。白い体にはいくつもの燃え移った炎や焦げを作り、地面を削りながらその巨体を町の反対方向へと進んで行った。


「…………終わったのか?」


 敗走する巨体を見送りながら、ぼそりと呟く。

 これは、俺達の勝ちでおけ? だってグロブスターは逃げたっぽいし、帰ってくる様子でも無さそうだ。


 ……そうか、勝ちか。何というか、長い様であっという間だった気がする。

 この作戦を成功させたのはレフカのおかげだな。俺からのリクエストを形にし、グロブスターにダメージを与えた。流石は元聖騎士候補生といったところか。


 壁の内側から聞こえる声。おそらくは事後処理を始めているだろう。壁を何十メートルにも渡って破壊されたのだから、当たり前か。

 俺は壁内に戻ると案の定大砲が用意されており、冒険者らしき人々が疲れた様子で片付け等を始めていた。


「はてさて、レフカはどこかな──っと」


 今回の功労者はどこに行った? あいつのことだから処理の手伝いをしていることだろうと思って辺りを見渡すものの、それらしき人物は見受けられない。


 ……あれ、もしかしてもう奥に行ったのか? そう考えを巡らせていると、誰かが俺に声をかけてきた。


「そこの君。今壁外から入って来なかったか?」

「え、俺?」


 声のした所を見ると、いかにも中堅以上熟練者未満な感じの冒険者らしき男性が俺を見てきてた。ちょっときつい眼が怖い怖い。

 一体何用だ? とりあえず事情を話しておこう。


「俺はさっきのでっかいのを燃やしに壁外に罠を作って、無事に成功させたから戻っただけだ。別に無許可で入ってきた訳じゃないぞ?」

「君が今の怪物の撃退を……?」


 と訳を話すと冒険者は訝しげな目で俺を見る。うん、まぁそうだよな。こんな装備すらまともじゃない俺がグロブスターを撃退したって主張するんだから当然だ。


「証人もいるぞ。さっきまで壁の内側で魔法を飛ばしてた女騎士がいただろ? あいつは俺の仲間なんだ」

「女騎士……。ああ、もしかしてあの……」

「そいつに聞けば俺がこの迎撃に参加してたことが聞ける。てか、今そいつを探してるんだけど、どっかで見かけなかったか?」


 俺の潔白を証明してくれる者をこの冒険者は目撃していたっぽそうだ。ついでに今はどこにいるかも訊ねてみる。

 しかし、この冒険者の浮かべる表情は暗い。そして、しばらく沈黙をした後に衝撃の言葉を口にした。


「君の言う女騎士と俺が見た女騎士が同一人物なのであれば、彼女は途中であの怪物に捕まった。そして──」


 一呼吸を置き、冒険者は台詞の続きを言う。


「奴に……食われた」


「……は?」

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