1ー3
「失礼する」
「ん? おお、いらっしゃい。今日もかね?」
「これを」
その声は女性のものだ。俺は咄嗟に商品の陰に隠れ、来客の様子を見る。
相手は常連なのだろうか? 一旦作業を止めた店主は俺の時とは違い、来客者の用件を知っているかの様にも聞き取れる発言をした。
「これはこれは……。この辺りで被害が広まっていたモンスターの毛皮か。相変わらず上手な解体だ」
「そう褒めるな。私とてまだ半人前。これでも苦労したのだからな」
何やら会話に盛り上がりが見られますねぇ……。解体やら半人前が何とか。店主と来客の親しさが顕著だ。
気になるのが人の
強めの口調からして察してはいたが、店主と会話していた女性はなんと金髪の女騎士。コミケのコスプレよりも完成度の高いドレスアーマーを着用し、腰には剣。そんな自身の姿に何ら羞恥を抱いていない堂々とした振る舞いで白髭の店主と談笑していた。
「そういえば、先ほど東口の門番の様子がおかしかったのだが……。確か店主の友人であろう? 何か心当たりとかはないのか?」
俺がモノホンの女騎士に驚いている中で、何やら門番について話題を口にし始めた。
ん? デジャビュを感じる。俺の知る情報が正しければ、その話の原因は俺じゃないか? てか、多分そうだ。
「様子? どんなだ?」
「何というか、惚けている様な、ぼーっとしていた感じだった。一応、私が気付けをして元には戻したが、夢でも見ていたのか、変わった服装をした若い男が何とかとも言っていたぞ」
あ、はい。完全に俺がしでかしたことでした本当にありがとうございます。
しかも、女騎士の証言によって店主の顔もまた変わった。あっ……。
「ミグナの様子はともかく、変な服といえば、今丁度見たことのない素材で出来た服を着た若い男性客からその服を買い取って、代わりの新しい服を選別してたところだ」
「つまり、
あっあっあっ、何暴露してんだこのオジサン! 仕方ないといえば仕方がないのだが。
確かに門番にチャームの魔法を掛けて入った事実は認めるが、それでもしっかりと門番から町に入っても良いという声は聞いている。よって、不法侵入などでは決してない、はず!
俺の不安を余所に、女騎士は店内に視線を向けまくっている。間違いなく、俺を捜しているご様子だ。
どうする? この女騎士、見た目は美人ではあるが、それと同時に凛とした整った顔立ちが融通の利かなそうな人物にも見える。服屋でモンスター素材の買い取りが出来る点には一旦目を瞑り、如何にも高貴な家柄出身であろう人物がどうして田舎領に居るのか。
考えられるのは、修行的なアレで家を出て、旅費を稼ぐために冒険者紛いのことをしているというパターン。だとすれば、俺を見つけようとしている理由もおおかた判明する。
不法侵入者である俺を衛兵的な組織に引き渡して、賞金を得ようとする。これに尽きるな!
「そ、そんな目に遭ってたまるか! 転生初日にして牢獄軟禁生活なんて勘弁だぞ……!」
まぁ、町の外で野宿よりかはマシだろうが、それでも寒いところで眠りにつきたくはない。
俺はこの現状を乗り切るべく、本日三回目となる魔法の創造に挑む。欲しいのは逃げることに特化した魔法。
候補その一、透明化!
『この魔法を創造するにはレベルが足りません』
知ってた。流石に今のレベルで体に変化を起こす魔法は使えないよな。うん。
ならば二つ目、高速化!
『この魔法を創造するにはレベルが足りません』
これも駄目か。スピードアップ程度なら許容範囲内だとは思ったが、そうではないらしい。某モンスター育成RPGなら序盤でも覚えられるというのに。
一つ、二つが無理なら三度目がある。煙幕!
『この魔法を創造するにはレベルが足りません』
レベル1イイイイイイイイイィィィィッッッ!!!!
これには無言の怒りも致し方がないよ。
魔法を創る魔法は確かに強い。時と場に応じて適切な魔法を使えるのだから、制限があっても道理。しかし、いざ制限が掛かっている状態で来るべき時が来ると、煩わしいことこの上ない。
恨むぞ、技能の神様。ついでに仙人。
「見つけたぞ」
そう恩人に対し心の中で恨みを募らせていると、声を掛けられてしまった。
この凛々しい声。間違いない。女騎士さんご本人の声だ。
「少し話があるんだが……」
腕組みからの見下し目線。おいおい、異世界転生で初めての女性との絡みがまさかこんな感じで始まるとか。数あるラノベを探してもそう無いだろうな、こんな展開。
気付いた時には、俺はすでに店の外へと駆けだしていた。
「ぬぅおおおおおおおッ!! 捕まってたまるかってんだこんちきしょおおお!」
全力疾走で駆け抜ける町の通り。周囲から奇異の視線が馬鹿みたいに向けられるが、そんなこと気にしてる場合ではないのは頭の中では理解していた。
「ん? あっ、やっべぇ、まだ服を渡してないのに先に持ってた銀貨まで持って来ちまった!」
そう。俺は女騎士から逃げることに全ての意識を向けてしまったがために、まだ服の引き取りを終えていないのにも関わらず、その手に硬貨を握っていたままだった。
これはつまり、立派な犯罪行為の成立である。この場合はなんという罪だったか。とにかく、冤罪から本物の犯罪者にグレートダウンしてしまった。
「すぐに戻って返せば……あ、でも女騎士が……」
「逃ぃ~げぇ~るぅ~なぁ~! そこの、男ォ!!」
「アイエエエ!? オンナ=キシサン!? ナンデ!? オイツカレソウナンデ!?」
確かにこの体は偽呂布神から身体能力の増強を頼んで貰い、生前と比べて十倍近く速度は上がっている。今現在進行形で実感しているので、間違いはない。
だが、それとは別に、背後にはすでに例の女騎士の表情が目に見えるくらいに近付いていた。あっちは鎧という枷があるはずなのに、俺の全速力に追いつこうとしている。
このままでは捕縛まっしぐら。どうにかして切り抜けなければ……!
「そうだ、魔法。チャームがある!」
ことの発端であり、現時点で所持している魔法──とは言ってもたったの二つだが──の中で最強の効果を持つアレを使えば良い。
いささか女性にこの魔法を使うのは気が引けるが、現状打破のためには仕方がない。
俺は追いつかれてしまう前に、まずは自ら走る足を止めて急制動。すぐに反対方向をむき直し、手の平を前方に翳して構えを取る。
この世界には無いであろう列車の如く迫る女騎士。狙いは彼女だ。
「『チャーム』ッ!!」
まるで自分の身を犠牲に放つ最終兵器の如き迫真の詠唱。それに呼応して俺の手から出た小さな桃色の火炎は、まっすぐ接近してくる女騎士の胸に命中する。
初使用時と同様、一瞬だけ纏わった炎はすぐに消え、女騎士は疾走にブレーキを掛けた。
「ふぅ、手こずらせやがって……」
悪役の様なセリフだが、俺は気にしない。
女騎士はうつむいてはいるものの、状態としては門番の時と似ている。自らでは沈黙を破らない、命令待機中といった感じだ。
とりあえず「追いかけるのは止めろ」と「硬貨を服屋に返しておいて」でいいだろう。まさか民衆の目が刺してくるこの場所で意味深極まりない命令などさせるはずもない。
そんな訳で少しだけ油断してしまった俺は、命令をするために不用意に近付いてしまったのが運の尽きってやつである。
ガシッと掴まれたのは俺の手首。ミシミシミシッと鳴ったのも俺の手首。
ギギギギギ、と縦に動いたのは女騎士の頭。その半笑いな表情を見せてくれた。
「捕まえたぞ……!」
「…………痛いです」
フウロ、確保──
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